不意打ちをする者は相手の不意打ちを最も警戒する
『スキルツリーの解錠者』のコミック1巻が秋田書店より発売しました。作画は『魔物喰らいの冒険者』でウェブトゥーンをやってくれた壱松先生です。よろしくお願いします。
合計三百回にも及ぶ素振りを終えると、水分補給を兼ねた小休止となる。
寒い冬とはいえ、これだけ動くと汗をかくし、喉も乾くものだ。
ミーナが用意してくれたレモン水で乾いた喉を潤し、縁側に腰掛けながら額から流れる汗をタオルで拭う。
「お疲れ、アル」
「シルヴィオ兄さんもお疲れ」
俺が一息ついていると、シルヴィオ兄さんが隣に腰掛けた。
俺は身体から汗が噴き出しているが、シルヴィオ兄さんはほんのりと汗をかいている程度だ。
その涼しげな表情からは確かな余裕が見てとれる。
「俺は久しぶりの運動でバテバテだけど、シルヴィオ兄さんはまだ元気そうだね?」
「アルが王都に行っている間、姉さんとずっと稽古をしていたから」
シルヴィオ兄さんが苦労を滲ませる笑みを浮かべた。
「……なんだか俺が屋敷を留守にする度に、シルヴィオ兄さんが逞しくなっていくような気がする」
昔は俺と同じくらいしか体力がなかったのに、いつの間にか体力では追い越されているし、身体つきも以前よりもしっかりしてきたように見える。
あくまで細身であることには変わりはないが、室内に籠っているようなひょろりとした身体に見えないだろう。見る者が見れば、しっかりと身体を動かしているとわかるはずだ。
ただでさえイケメンなのにスタイルまでよくなってしまったら増々人気者になってしまうな。
「僕としては、もう少しアルに姉さんの相手をしてあげてほしいんだけど……」
「やだよ。真面目に相手していたら体力がもたない」
俺とシルヴィオ兄さんが休憩している間、エリノラ姉さんはノルド父さんから指導を受けて素振りの見直しをしていた。
あんな体力お化けに付き合っていたら身体がいくつあっても足りないよ。まともに相手するなら残機が五つくらいは欲しいところだ。
「さて、今日は久しぶりに模擬戦をやろうか」
そうやって十分ほど休憩していると、ノルド父さんから号令が上がった。
みっちりと基本をやる日は、素振りの後に型稽古に流れることが多いが、今日は模擬戦を多めにやる日のようだ。
「アル、あたしとやるわよ!」
隣に座っているシルヴィオ兄さんに声をかけようとするが、それよりも早くにエリノラ姉さんが割って入ってきた。
さっきまで中庭の中央にいたっていうのに、いつの間にここまでやってきたのやら。
「やだ! シルヴィオ兄さんがいい!」
「アルに拒否権はないわ」
むんずとエリノラ姉さんに腕を掴まれて連行されてしまう。力が強い。
ずるずると地面を引っ張られてしまう。
「エリノラ姉さんは冬将軍なんてすごい魔物を撃退できるんでしょう? 今更俺なんかと稽古しても意味ないじゃん!」
「すべての稽古に意味はあるわ。どれだけ相手が未熟だろうと、あたしは自分の課題と向き合うだけよ」
さらっと俺を未熟扱いするエリノラ姉さん。まあ、未熟なのは事実だけど。
「それなら相手は誰でもいいってことじゃん。だったらシルヴィオ兄さんでよくない?」
「シルヴィオは飽きたわ。ここ一か月でたくさんやったもの」
理由はわかるけど言い方が酷い。かなり稽古に付き合ってくれただろうに……。
「だったらノルド父さんでいいじゃん」
「父さんにはあとで相手してもらうからいいのよ!」
ノルド父さんというメインディッシュの前に控える俺。完全に扱いが前菜だな。
「どうせアルのことだから王都でちゃんちゃらおかしくやっていたんでしょう? あたしが鍛え直してあげるわ!」
「心外だね。俺が王都で遊び惚けていたとでも――」
エリノラ姉さんの言葉に反論しようとして王都の出来事を振り返る。
ミスフィード家の屋敷を探検したり、ウォーターショーを披露したり、ヴァーシェルを弾いたり、ラーちゃんと一緒に枕やお土産を買ったり、串揚げパーティーを開いたり……あれ? こうやって王都での出来事を羅列してみると、完全に遊び惚けている。
「……そこで言葉が止まるってことは、相当自堕落な生活を送っていたのね」
「ぐぬぬ」
エリノラ姉さんがジットリとした視線を向けてくる。
先ほどのちゃんちゃらおかしくやっていたという言葉を何も否定できなかった。悔しい。
「ほら、構えなさい」
歯噛みしていると、真正面にいるエリノラ姉さんが木剣を突きつけてきた。
さっさと構えないと、この姉は本当に打ち込んでくることを肉体で理解しているので俺は速やかに構えた。
エリノラ姉さんの動きを観察しようと視線を向ける。
ほんの一瞬、瞬きをしたタイミングでエリノラ姉さんが距離を詰めてきた。
「……ッ!?」
素早く距離を詰めて木剣を袈裟に振るってくる。
その速度に目を剥きながら俺は身体を反らして何とか回避。
エリノラ姉さんは回転の勢いを利用して、そのまま水平斬りを放ってくる。
滑らかな移る連撃を前に俺はバックステップで範囲外に出る。
「……サボっていた割に身体の反応はいいわね?」
一時的に距離が開くと、エリノラ姉さんが感心の声を漏らす。
「まあね。王都で剣の稽古はしていなかったけど、それなりに身体は動かしていたから」
あくまで剣の稽古をしたのはラズール王国での話だ。嘘は言っていない。
「それより、エリノラ姉さん、いつの間にそんな賢しらな戦術を取るようになったの?」
長年一緒に稽古をしてきたが、このような仕掛けをされたのは初めてだ。
「それくらいの隙を狙わないと冬将軍には斬りかかれなかったから」
エリノラ姉さんにそうまでして言わせるとは、冬将軍とやらは本当に隙のない化け物だったらしい。
冬将軍のせいでエリノラ姉さんが余計な知恵をつけ始めている。
エリノラ姉さんはスピードやパワーこそあるものの基本的な動きは一直線なことが多いので俺なんかでも何とか相手取ることができたけど、そこに不意を打つような動きやら高度な駆け引きが加わってくるとなるとかなり困る。それはもう手が付けられなくなってしまうからだ。
「にしても、いいタイミングでいったと思ったのだけど……」
あの不意打ちが防げた理由は簡単だ。
「俺もエリノラ姉さんが瞬きするタイミングを狙っていたから」
「なるほど。不意打ちをする者は、相手の不意打ちを最も警戒するのね」
エリノラ姉さんがまたしても距離を詰めてくる。
喉元まで迫っていた脅威を弾き、距離を取らせるために木剣を振るう。
しかし、エリノラ姉さんは身をかがめながら前に出てきた。
牽制の一撃だったために素早く木剣を戻し、胴体を狙ってきた一撃を防いだ。
真正面から力比べをしていたら押し込まれるため、素早く木剣をずらして流す。
しかし、エリノラ姉さんもそれは織り込みずみだったのか、体勢を崩されることもなくあっさりと引いてみせた。
あまり後手に回ると、進化したエリノラ姉さんがなにを仕掛けてくるかわからない。
どうせ防御に回ったところでエリノラ姉さんのスピードとパワーに翻弄されて、タコ殴りにされるだけだ。
こっちからも仕掛けるべきだ。
とはいえ、真正面から相対したってエリノラ姉さんに叶うはずがない。
魔法が使えない剣の模擬戦で、どうすればエリノラ姉さんを翻弄できるか。
思いついたのは、前回サルバから無理矢理習わされたラズール王宮剣術だった。
たった一日習っただけだが、サルバからは性格が悪いからピッタリなどという不名誉な褒め言葉を賜り、滅多に人を褒めることのないシャナリアも才能を認めてくれるほどだった。
……意外とエリノラ姉さんを相手にしても何とかなるのかもしれない。
ただあの剣術を披露しようとにも、このサイズの木剣では難しい。
「エリノラ姉さん、土魔法でちょっと得物を作るけどいい? 別に強度を変えたり、なにかを仕込んだりしないから」
「得物を? 別にいいけど……」
エリノラ姉さんから許可を貰うと、俺は木剣を地面に置き、代わりに土魔法で得物を作り直す。
右手に握り込んだのは刃渡り十五センチほどの湾曲したナイフだ。
サルバとの稽古の時に使ったジャンビーヤナイフというものだ。
もちろん、刃の部分は丸くしているので相手を傷つける心配はない。
「……それ、ルーナの家に飾ってあった武器じゃない。確かジャンビーヤナイフだっけ?そんな癖のある短剣を使えるの?」
「さあね。それは試してみないと」
俺は半身になると、ジャンビーヤナイフを真正面に構え、左手を後ろに回した。




