アルのラズール王宮剣術
「……なんか妙に様になっているわね?」
「そう?」
俺の構えを見て、エリノラ姉さんが少し警戒を引き上げるような素振りを見せた。
なんでそんなに警戒するんだろう。たった一回しか習ったことのない剣術なんだけど。
ジャンビーヤナイフは小さいが、真正面に突き出すことで刃が常に視界に入り、相手に大きなプレッシャーを与えることができる。
突き、斬りへの移行が早く、その先を取ることができるが、左手は使わないために防御や組み付きへの対応力は弱い。長期戦ではなく、短期戦を狙った攻めの一点突破の構えだ。
「大胆ね。でも、間合いはこっちが有利よ?」
「わかってるよ」
エリノラ姉さんも構えからそれがわかっているようだ。
挑発的な笑みを浮かべながら言ってくる。
それでも問題はない。元よりエリノラ姉さんを相手に長期戦をしても勝てっこない。
だったら防御のことは考えずに攻め続ける方がいい。
俺は地を蹴った。
真正面に突き出したジャンビーヤナイフを僅かに揺らしながら間合いを詰める。
エリノラ姉さんは木剣を構えたまま微動だにせず、迎え討つ気配を漂わせる。
だけど、俺は怯まない。一拍置き、軽い切り上げを見せる。
相手はすぐに反応し、木剣を合わせてくる。
それに対して俺はすぐに刃を翻して、低い軌道で胴体を狙った。
「……ッ!」
エリノラ姉さんの木剣が遅れる。
いや、遅れたのではない。俺が意図的にリズムを崩したせいで反応が遅れたのだ。
土魔法で象られたジャンビーヤナイフと木剣が衝突する。
俺はすぐにジャンビーヤナイフを逸らすと、エリノラ姉さんの横側へと身体を滑り込ませた。ラズールの砂漠を快適に歩くための重心移動を最小限にした移動法。それがエリノラ姉さんの目測を誤認させる。
「なっ……!」
エリノラ姉さんは驚愕するが、すぐに反応して木剣を振ってくる。
しかし、その鋭さはいつものものではない。
俺の刻んでいる不規則なリズムが、彼女の反応を狂わせているようだ。
身体をひねることで木剣をいなし、素早くジャンビーヤナイフによる突きを放つ。
エリノラ姉さんは咄嗟に木剣を引き戻して防いだ。
普通の人だったら、あれだけ虚を突かれたら反応できないはずなんだけど、さすがはエリノラ姉さん。化け物だ。
「なに? 今の歩法は?」
「さあね」
俺はそのまま勢いを止めずに攻撃を畳みかける。
一拍遅れて踏み込むとか思えば、急加速して牽制から本命へと繋げる。
「……やりづらいわね」
緩急自在のナイフにエリノラ姉さんは翻弄されており、表情には少し焦燥のようなものが滲んでいた。
いつも剣の稽古では、いいようにやられているのでエリノラ姉さんを翻弄してやっているのが楽しい。
……おっと、いかん。そんな性格の悪いことを考えているからサルバたちにラズール王宮剣術の道へと勧誘されてしまうのだ。
今は心を無にしてエリノラ姉さんの嫌なことをやり続けることにしよう。
上段へ誘っては急に引いて、軽く見せては重く攻撃を叩き込む。
俺のジャンビーヤナイフが弧を描く度に、エリノラ姉さんの剣筋が確かに乱れていく。
このまま緩急の差で揺さぶり続ければ、エリノラ姉さんに一撃くらいは入れられるんじゃないだろうか?
後手に回らず、このまま押していこうと思った瞬間、エリノラ姉さんと視線が合った。
「ああもう! 面倒くさいわね! 細かい駆け引きは無しよ!」
エリノラ姉さんの瞳から迷いが消えた。
次の瞬間、木剣が閃く。
読みも駆け引きも捨て去った、ただ純粋な力と速さの一撃。
「……危なっ!」
俺は慌ててジャンビーヤナイフで受け止めた。
腕に痺れが走る中、俺は慌てて体勢を整えて再び連撃を見舞う。
切っ先を揺らし、弧を描く切り上げを叩き込む。
だが――。
「そこ!」
「なっ!?」
エリノラ姉さんの木剣が閃いた。
俺の振るった不規則な軌道を描くナイフが正確に弾かれる。
歯を食いしばり、構わずに二撃、三撃目と畳みかけた。
不規則なリズム、定石を無視した軌道。その全てがことごとく弾かれてしまう。
なんだこれ? エリノラ姉さんが急に変わった?
人間離れした反応速度が、俺の攻撃を一合残らず迎撃している。
「もう惑わされないわよ」
次の瞬間、エリノラ姉さんの剛剣がジャンビーヤナイフを下から強かに叩いた。
痛烈な一撃にナイフは俺の手の平から離れて宙を舞い、地面にさっくりと刺さった。
そして、木剣の切っ先が俺の喉元に突きつけられる。
「……参りました」
「ふふん、あたしの勝ちね」
両手を上げて素直に負けを認めると、エリノラ姉さんが満足そうに笑みを浮かべた。
まあ、いくら新しい剣術を習得しようが、俺には剣の才能はないのでエリノラ姉さんに敵うはずはない。それが付け焼刃のものであればなおさらだ。
「ねえ、最初は結構苦戦していたと思うんだけど、どうして急に対応できるようになったの?」
ラズール王宮剣術の独特なリズム、緩急、定石を無視した攻撃にエリノラ姉さんは間違いなく翻弄されていた。しかし、途中からそういった攻撃が一切通じなくなり、いつもの剛剣でねじ伏せられた。その理由がわからない。
「アルが仕掛けてくる駆け引きをすべて無視しただけよ」
「……無視?」
「アルがどれだけ緩急をつけて、フェイントを織り交ぜてこようとも剣速はあたしの方が速いもの。だったら無駄な駆け引きはせず、ただ相手の攻撃の軌道を見て合わせればいいだけのことでしょう?」
「……なにそれ?」
強引過ぎて意味がわからない。
「ええ? これだけ言っても意味がわからない?」
「いや、そういうことじゃないよ。やっていることが非常識だって言っているだけ」
エリノラ姉さんの言わんとする理屈はわからないでもないが、常人にはそれができないから苦労するんだ。
人は戦う時に相手の視線の動き、身体の向き、得物の動きといったものを注視してしまう。それらの挙動をすべて無視して、相手より速く剣を振るだなんて脳筋が過ぎる。
でも、サルバもラズール王宮剣術がされて嫌なことは、駆け引きを無視した力によるゴリ押しだと言っていたな。よくも悪くも物事を深く考えないエリノラ姉さん相手に使用するのはあまり良くないのかもしれない。
「それよりもさっきの剣術って、ラズールのものよね? そんなものどこで身につけたわけ?」
「僕も気になるね。アルはミスフィード家の屋敷で魔法の稽古はしていたけど、剣術の稽古は一切していなかったはずだよ?」
俺たちの模擬戦を見ていたのか、ノルド父さんも会話に混ざってくる。
転移でラズール王国に行って、そこの第二王子から直々に教えてもらいました。なんて言えるはずがない。
だけど、その理由については用意している。
「香辛料を買いに行った時だよ。ラズールの商隊を護衛していた冒険者に教えてもらった」
「ラズールの冒険者か! 過酷な環境で育った彼らは腕利きだからね。納得だよ」
「ええ? でも、剣術嫌いのアルがわざわざよその国の剣術を学ぼうとするかしら?」
リアリティのある理由をでっちあげると、お人好しのノルド父さんは納得してくれた。
しかし、俺のことをよくわかってるエリノラ姉さんは疑念を抱いた視線を向けてくる。
……エリノラ姉さんが王都で積極的に異国の魔法を習ってくる。逆の立場になって考えてみると違和感が半端ないや。
「いや、なんか無理矢理習わされたんだよ。ラズール王宮剣術に適性があるって言われて……」
あくまで積極的に習いに行ったわけではないと弁明すると、エリノラ姉さんの瞳から疑念の色が薄れた。
「どれくらい習ったのよ? さっきの練度を見る限り、かなり時間を費やしたでしょう?」
「いや、半日くらいだよ」
いくら無理矢理とはいえ、剣術の稽古に何日も付き合うほど俺はお人好しじゃない。
魔法の稽古ならまだしも、剣の稽古だったら二日連続で逃げ出す自信がある。
「たった半日であの練度なの!? た、確かにそれは才能があるわね!」
「うん、これは才能だね」
お、おお。エリノラ姉さんとノルド父さんに初めて剣の才能があると褒められた。
でも、ラズール王宮剣術は性格が悪い奴ほど適性があるって言われたからまったく嬉しくない。むしろ、煽られているように感じる。
「それにしても困ったな。僕はラズール王宮剣術にそこまで精通していないんだよね。アルに教えてあげられない」
「別にいいよ。ラズール王宮剣術を極めるつもりなんてないし……」
「だったらルーナの母さんなんてどう? ラズールにいた時に王宮剣術を嗜んでいたって聞いたわ」
「ナターシャさんか! 確かかなりの使い手だってエーガルさんが言っていた! 一度、アルに指導をお願いできないか手紙で相談してみよう!」
「……二人とも俺の話を聞いてる?」
当事者である俺を置いて、ノルド父さんとエリノラ姉さんが勝手に盛り上がっている。
エキサイティングしたノルド父さんとエリノラ姉さんが新しい稽古メニューを考案してきたが、俺はすべて却下した。
俺にとって剣の稽古は週に一回――いや、二週間に一回やればいい程度の運動でしかない。
多少、才能があったからといってのめり込むつもりはなかった。
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