久ぶりの剣の稽古
魔物喰らいの冒険者、アニメ放送中!
「今日は剣の稽古をするよ」
屋敷に帰ってきてから四日目。
ノルド父さんが朝食を食べ終えるなり、そんなことを告げた。
「やりましょう!」
即座に反応したのは剣の稽古が大好きなエリノラ姉さんである。
「えー? まだ寒いし剣の稽古はよくない? ほら、朝だと雪とか残っているし」
春先が見えつつあるとはいえ、まだ季節はしっかりと冬だ。
外に出ればとても寒い。
そんな環境下でわざわざ外に出て、木剣を振りたいとは思わなかった。
消極的意見を述べると、エリノラ姉さんが余計なことを言うなとばかりに睨んでくる。
「さっき確かめたけど中庭に雪はほとんど積もっていなかったし、凍結もしていなかった。問題なく稽古はできるよ」
「そ、そうなんだ」
こっそりと氷魔法で地面を凍結させてやろうかなと考えたが、ばっちりと下見をされてしまっているのでそれも難しい。
「そういうわけで準備をしたら中庭に集合だ」
エリノラ姉さんならともかく、当主であるノルド父さんが正式な号令をかけてしまえば覆すことはできない。
俺たちはそれぞれ違った温度感の返事をしてリビングを退出する。
自室に戻って平服から稽古服に着替える。
稽古服に袖を通すのも随分と久しぶりだった。子供なので短期間で成長し、袖が入るか不安になったが我が家には優秀なメイドがいるため新調されている。
今はその優秀さする恨めしい。少しブルーな気分になりながらも壁に立てかけてあった木剣を手にして屋敷を出た。
「寒い」
冬の盛りを過ぎたとはいえ、早朝の気温はまだ一桁だ。
冬用のインナーや長袖を着込み、その上に革製の鎧を着込んだところで寒さに抗うことはできない。
ああ、屋敷の中なら暖房の魔道具が効いていて暖かいのに。早くも引き返したい気分であった。
「アルもこっちにきて準備運動をしなさい」
「はーい」
中庭では既にノルド父さん、エリノラ姉さんシルヴィオ兄さんといった面々が揃っていた。ノルド父さんに呼ばれ、俺もそちらで準備運動を開始する。
首、肩を回し、手首、肘の回旋を行い、股関節を回し、膝の屈伸をする。
「アル、背中を押して」
「はいはい」
身体を温めながら関節をほぐしていると、エリノラ姉さんが動的ストレッチに移っているエリノラ姉さんからのご命令がきた。
地面に腰を落としているエリノラ姉さんの後ろに回る。
「それじゃあ、押すよ?」
「ええ」
エリノラ姉さんの背中を押すと、上体がすんなりと前に倒れていく。
「あ、あれ? まだ大丈夫なの?」
いつもはこのくらいで止まっていたが、今日はまったく止まる様子がない。
「平気よ。もっと押して」
「う、うん」
念のために声をかけるが、エリノラ姉さんの表情は至って平気そうだった。
少し怖いけど、そのままゆっくりと背中を押していく。
柔軟性の高いエリノラ姉さんの上体はぐんぐんと前に倒れていき、やがて額が地面に触れるほどに沈んでしまった。
そのままの姿勢を十秒ほど維持すると、エリノラ姉さんはゆるやかに身体を起こした。
「エリノラ姉さん、そんなに身体が柔らかかったっけ?」
前々からエリノラ姉さんの身体は柔らかったけど、ここまでの柔軟性はなかったはずだ。
「冬はあまり稽古ができないからストレッチに力を入れたの。身体の可動域が広い方が剣の冴えもよくなるし」
「へえ、そうなんだ。すごいね」
股割りができるほどに筋肉の柔軟性が上がれば、剣のパフォーマンスが良くなることは誰にでもわかるが、わかっていても中々できないものである。
相変わらずエリノラ姉さんは剣技に関することの意識が高いな。
感心していると、シルヴィオ兄さんがエリノラ姉さんに微笑ましそうな視線を向けていた。
おそらく、俺が屋敷にいない一か月の間に、シルヴィオ兄さんが柔軟の手伝いをしていたんだろうな。
「次はアルを手伝ってあげるわ」
「え? いや、いいよ」
エリノラ姉さんに背中を押されるとかシンプルに怖い。
そのまま背中をバキバキにへし折られそうだ。
「大丈夫。たとえアルが拳を振るってきても受け止められるから」
「いや、そんな暴力的衝動が湧き出るほど背中を押されたくないんだけど!?」
そんな命の危機を感じるレベルまで追い込むようなストレッチはごめんだ。
「冗談よ。ちゃんと加減して押してあげるから足を広げなさい」
警戒しているとエリノラ姉さんがスッと後ろに回り込んできたので、俺は仕方なく腰を地面に落とした。
「背中を丸めない。もっと骨盤を立てて」
「はい」
すっと両足を左右に開くと、エリノラ姉さんによって姿勢を矯正される。
「じゃあ、いくわよ?」
「うん」
姿勢が矯正されたところでエリノラ姉さんがぐっと背中を押してくれた。
息を吐きながら上体をグッと前に倒していく。いつもなら半ばぐらいで苦しくなるのだが、姿勢を矯正されたお陰かいつもより少しだけ前に倒れた。
「くっ……ふうっ!」
膝の裏が張り、身体が悲鳴を上げそうになった絶妙なタイミングでエリノラ姉さんが圧を止めてくれた。
そのままの状態を十秒ほど維持すると、ゆっくりと上体を起こす。
「はぁ……」
「どう? 問題ないでしょう?」
「なんとかね」
ギリギリなところで止めるのが妙に上手いのが腹立たしかった。
「少し走って身体を温めようか」
動的ストレッチを終えると、ノルド父さんの号令によりランニングだ。
ノルド父さんが先頭を走り、その後ろを俺たちはついていく。
先頭を走っているノルド父さんのペースがいつもよりも速い。
「……ノルド父さん、張り切っているね」
「ここ最近、領内の仕事をこなすためにずっと執務室に籠っていたから身体を動かせるのが嬉しいんだよ」
走りながらポツリと呟くと、シルヴィオ兄さんが苦笑しながら反応した。
歩幅が違うために俺とシルヴィオ兄さんはついていくのが少し大変だが、珍しく活き活きとしているノルド父さんを見るとペースを緩めてとは言いづらかった。
とはいえ、ウォーミングアップの範疇ともいえる速度なのでここは俺たちが頑張って合わせてあげよう。
しばらく中庭を走っていると、さすがに身体も温まってきた。
薄っすらと背中に汗がにじんでくる。
「よし、身体も温まってきたし、素振り稽古に移ろうか」
中庭を十周ほど走ったところでウォーミングアップは切り上げ、木剣を手にして素振りへと移ることになる。
俺もよっこらせっと木剣を手にすると、シルヴィオ兄さんの隣に陣取った。
「アルは真ん中よ」
しかし、エリノラ姉さんから指名がかかる。
「なんで?」
「端っこに行くと、見られてないと思って手を抜くでしょう?」
「…………」
まさに、そういった思惑があって端っこに陣取ろうとしていたのでぐうの音も出なかった。
俺はエリノラ姉さんに首根っこを掴まれて、中央に陣取らされてしまう。
エリノラ姉さん、俺、シルヴィオ兄さんが横に並び、対面にはお手本であり、監督者であるノルド父さんが陣取る形となる。
教卓の前に座らされる問題児のような扱いだが、この中で一番剣技が赤点なのは間違いなく俺なので仕方がない。
「それじゃあ、上段を百回、中段払いを百回、突き上げを百回ずついこうか!」
ノルド父さんが爽やかな表情でサラッとハードな回数を告げた。
監督者の言う事は絶対なので俺たちは返事をし、上段の構えを取る。
それからノルド父さんに合わせる形で、俺たちも木剣を振り下ろしていく。
こうやって中庭で木剣を振るうのも随分と久しぶりだな。
ここ最近は一か月ほど王都に行っていたので剣の稽古はできていないし、王都に向かう前も雪が積もっていたせいでほとんどできなかった。
そう思うと、屋敷で稽古をするのは二か月ぶりくらいになるかな?
いや、ラズールに転移した時にサルバから王宮剣術を習わされたので、まったくしていないわけではないか。そのお陰もあってか身体の動きは思っていた以上にスムーズだった。
そう考えると、あのありがた迷惑な稽古も悪くなかったのかもしれない。




