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11月14日・午前……3

 ……嘘でしょ? これじゃあ、初めて会った時と同じだ。

 敵と味方に分かれて睨み合っていた、あの頃と……!


『おい、早くツインタワーへ行くぞ!』


 呆然としている僕に、柚彦が急かすように声を掛ける。


『このままじゃ全員、皆殺しだ!』

「でも、リコ達は!?」

『放っておけ! まずは皆を助け出すことが先決だ!』

「う、うん……!」


 恐らく柚彦も、まだ心の整理が付いていないんだろう。一斉に襲い掛かってくる異端審問官の手をかわすと、逃げるように飛び立ってしまう。


「な、何? この速度……!?」


 ドロセラの力を吸収した柚彦の移動速度は、異常な程速かった。正直、しがみ付いているのがやっとな位で……!

 しかし驚いたのは、その後ろを異端審問官がピッタリと付いて来ていることだ。


第四刑罰(ポエナクァットル)……十字着用クルルチェムデフェルレ!」


 特にリコは、速攻で十字型の炎を飛ばしてくるほど好戦的だった。

 だがそれは、銀の膜を張るまでもなく追い風にかき消されて――


「チッ、やっぱりドロセラ並に固くなってるわね!」

「オジョーサマ、下手に攻撃を仕掛ける必要はないっスよ」


 軽快に舌打ちをするリコに、コルちゃんが声を掛ける。


「あの二人の弱点は、一心同体だってことっス! 二人が接触していなければ、何もできなくなるっスよ!」


 ……そうだ。

 みんな、僕達の弱点を熟知しているんだ。あれだけ一緒に戦ってきて、手の内も全て晒してきた仲なんだから……。

 そう思ったら、無性に悲しくなってきた。


「リコの…………き……」

「ん? 何か言った? 声が小さすぎて聞こえな――」

「嘘つきって言ったんだよ!」


 怒りから、拳を振り下ろしながら僕は叫ぶ。


「僕が秋丁字と共犯なんじゃないかって疑われて……それから帰って来た時、リコは言ってくれたじゃないか! 僕達のこと、友達だって! だから、柚彦の罪も許してくれるって!」

「ああ、あの時のこと?」


 リコはつまらなそうに顔をしかめた。


「それだったら、別に嘘は付いてなくない? アンタ達のことは友達だって、今でも思ってるし」

「は、はぁ……!?」


 開き直ったような言葉に、僕は言い返すことができなかった。

 分かり合えたと思っていた人が、考えていた人物像とかけ離れていた。自分を信頼してくれているんだと思って受け止めた言葉が、全く違っていた……。


「それにアタシ、異端審問はしないっつったけど処刑をしないとは言ってないでしょ? あ、異端審問っつーのは簡単に言うと裁判ね。『アンタは異端か否か?』ってことを話し合う場。あの時した約束は、裁判をスルーして一気に処刑してあげるっつーこと」

「そ……そんなの、詭弁じゃないか……!」

「詭弁? 言いがかりはよしてよ。アンタが勝手に勘違いしただけなのに」


 リコは嘲笑うように肩を竦める。


「知らなかったとはいえ、結果的に柚彦がしたことは異端じゃん。それに椿だって、どう足掻いても蟲でしょ? だったら、処刑するしかないじゃん。罪には罰を。異端者には死を。これは万国共通の常識でしょ?」


 ……異端審問官って、こういう生き物だったのか。

 どこまでも潔癖で、罪を憎んでいて。それゆえに、全く融通の利かない存在で……。


「実はアタシ達、早い段階から異端者の目星は付けていたのよ。アンタか覆面の男――秋丁字のどっちかが術者に違いないって」


 聞いてもいないのに、リコは推理を披露する探偵のように語り出す。


「蠱毒が発動してから一週間。来日したアタシ達は、それはもう身を粉にして働いたわ。邪法の教養を持つ奴も、夜間外出者も、異端審問に掛けて罰しまくって。この時点で、堂々と夜間外出してる柚彦と、巨大な犬を連れた覆面野郎はマーク済みだった」


 当時のことを思い出しているんだろう。リコは随分遠い目をしていた。


「アタシは、すぐにアンタ達を調べたわ。秋丁字はガードが固くてサッパリだったけど、アンタの方は、ちょっと調べたらボロボロと情報が出てきた。アンタがあの高名な民俗学者・夏見橘平の息子であることも、式を連れているらしいってことも。だから、まずは夏見柚彦――アンタから接触してみようとしたのよ」


 リコは穏やかな表情で、宙に浮かぶ柚彦を見つめる。


「そんな時よ、事件が起こったのは。なんと、あの夏見柚彦と覆面野郎が夜の街で戦っているじゃないの。そこでアタシ達は初めて知ったわ。夏見と秋丁字が知り合い同士なんだってことを」


 その戦いというのが、全てのきっかけになったものなんだろう。

 僕が初めて柚彦の前に姿を現し――そして、僕と柚彦の精神を入れ替えてしまった、あの戦い……。


「じゃあもしかして、その時に救急車を呼んでくれたのは……」

「そう、アタシ達よ。そのおかげで命が助かったんだから、感謝してよねー!」


 ケラケラと、ふざけるようにリコは笑う。


「でも困ったことにさ。アンタ、あの後記憶喪失になっちゃったじゃん」


 そう言いながら、リコは高々と手を挙げる。

 すると異端審問官達が一斉に突撃して来る――が、それも柚彦のシールドに弾かれる。


「記憶がないんじゃ、異端審問に掛けるわけにもいかないでしょ?」

「でも、どうせ始末するつもりだったんだろ!? なら、さっさと殺せば良かったじゃないか!」

「ダメよ。アタシ達の仕事は異端者の断定とその存在の抹殺だもん。だから異端者からの自白と、その証拠が必要不可欠なのよ」

『それを得るために、我々に近づいたということか!』


 けん制のために柚彦が放った矢が、リコの頬を掠めて飛んでいく。

 柚彦が本気で殺しに来てないことに、リコは気付いているんだろう。その攻撃で家が一軒吹っ飛んだが、全然動じていなかった。


「そうよ。だって近くに居れば、記憶を取り戻した時にすぐに訊問できるじゃん? もし記憶が戻らなくても、ふとした瞬間にボロを出すかもしれないっしょ? 味方のフリをしてりゃ油断もしてくれるし、一石二鳥じゃん」

「じゃあ、柚彦を『最後の一匹』にするって作戦は……!」

「もちろん、嘘よ」


 何を当たり前のことを、と言いたげにリコは笑う。


「どうせ蟲なんて根絶やしにするんだから……最後に生き残るのは、手の内知っている奴の方が楽じゃない」

『では、退魔の手袋は? あれはどういう意図で私達に渡した!? あれだけ便利な道具を……!』

「ああ、あれはただの判断材料の一つよ」


 事も無げにつぶやきながら、リコは再度異端審問官達に視線を送る。彼女の指の動きに合わせて、黒マントの集団が僕達を中心に円形に広がった。


「だって退魔の手袋程度のステルス能力なんて、アタシ達には通用しないでしょ? だから、ああいう特別な道具を渡すことによって、容疑者であるアンタらがどう行動するのか見てみたかっただけ。雪柳に渡したのも同じ理由ね。まぁ、秋丁字まで手に入れてるとは思わなかったけど」


 自嘲気味に笑いながら、リコは言う。


「でも、こんな茶番ももう終わり! 秋丁字は自分の罪を認めたわ。その秋丁字も、もう死んじゃったことだし……後は、秋丁字に知恵を貸したアンタを始末するだけ!」


 高らかに言い切ると、リコ達は一斉に突撃をかましてきた。


 ――その時僕は、真正面からリコの顔を見てしまった。


 リコは心の底から笑っていた。口を大きく開けて、目じりを下げ、無邪気に、そして楽しそうに。そう。一緒に公園で遊んだ時と同じ晴れやかな笑顔で……。


 それを見た途端、心臓がぎゅっと握りつぶされるような感覚に陥った。

 だって……こんな裏切り、リコにとっては何でもないんだと思い知らされた気がして。

 怒りに呼応して、じわじわと体の奥底から力が湧き上がってくる。それまで柚彦と一本しか繋がっていなかった回路が、一気に何十本も増えた。そんな感覚……!


「ふざけないでよ!!!!」


 気が付いたら僕は、異端審問官を右手で薙ぎ払っていた。

 本来ならリーチが足りないはずの一撃。でもそれは、銀色の衝撃波を引き起こし――!


 そして、爆散した。


 轟音、轟音、轟音!

 その被害は、まるで核爆弾でもブチ込んだような惨状だった。ビルも一軒家も工場も、全て跡形もなくなぎ倒れていて……。


「……こ、これが最強の蟲となった証なの……?」


 たった一振りで廃墟と化した街を、僕は顔面蒼白で見下ろしていた。

 さっきまであんなにまとわりついていた異端審問官も、全員吹っ飛ばしてしまったらしい。ざっと周囲を見渡してみたが、どこにも姿が見えない。

 まさか、今の一撃で……?


『力は吸収できてない。まだ、誰も殺してはいないだろう』


 僕の動揺を悟ったんだろう。柚彦が冷静に告げてくる。


『それより、ツインタワーだ。倒すべき者はそこに居る』

「う、うん……!」


 そうだ、今はこんなことで動揺している場合じゃない!

 すぐに助けに行かないと、母さんが、雪柳が……!


 ――そうやって、数十メートル先のツインタワーを仰ぎ見た瞬間だった。


『帰って来なさい、バルデス! タイムアップよ!』


 イヤホンから、妙に浮かれた声が流れてきた。

 すると、僕達と入れ替わりに黒い影がツインタワーから飛び降りて来て――


「え……!?」


 一瞬、何が起こったのか分からなかった。ただ、物凄い勢いで影が走り去ったのだけは確かで。

 今、インカムから流れてきたのはリコの声だったよね!? じゃあまさか……今のは、作戦のために放たれた異端審問官!?


『くっ……! 追うぞ!』


 柚彦の判断は早かった。すぐさまUターンをすると、全速力でそいつを追いかけ始める。もちろん、銀色の矢で追撃をしながら……!

 しかしそいつは、上手い具合に建物の裏に隠れながら移動していた。そのため、銀色の矢は障害物に当たって爆ぜてしまう。


「こうなったら、衝撃波で……!」


 先ほどの感覚を思い出しながら、左手を振り下ろす。

 すると銀色の衝撃波は、津波のように広がりながら建物を縦横無尽に薙ぎ倒しまくった。これで、男の進路は全て破壊し終えたけど――


『まだだ! 力を吸収できていない!』


 くそっ、攻撃が大振り過ぎて当たらなかったか……!


『ねぇバルデス。何人くらい殺った?』

『半数ほどです』

『うんうん、上出来じゃない』


 砂埃の中、そんな会話がインカムを通して聞こえてくる。

 この調子だと、リコも他の異端審問官も無事らしい。どれだけ力を付けたのかは知らないが、そんな人物と異端審問官に連携されるのは厄介だ。

 攻撃を受ける前に、彼女達を見つけないと!


 ――だが。


「さぁ、アンタ達。これが聖戦の始まりよ」


 驚いたことに、リコはすぐに姿を現した。

 場所はビルの屋上。そこでリコは、祈るように槍を天に掲げていた。

 その周りにはいつも通り、同じポーズをした異端審問官達が整列していて……。


慈悲の期限(タン・ド・グラース)は過ぎ去り、滅ぼすべき異端が残った。ここに至るまでに、我々はどれだけの罪なき人々を葬ったことだろう。どれだけの異端に手を染めたことだろう」


 リコは語る。異端審問官の長に相応しい冷厳さと雄々しさを兼ね揃えた表情で、粛々と言葉を紡ぐ。

 何なんだろう。あの異端審問官達が居るところだけ、空気が違うような……。


 ――怖い。

 迷っている場合じゃない。すぐにでも決着を付けないと、何か大変なことになる予感がする!


「柚彦……力を貸して!」

『ああ!』


 大きく腕を振りかぶって――一気に下ろす!


 瞬間、凄まじい衝撃と破壊音が雪崩のように彼らに襲い掛かった。

 そのまま衝撃波は、異端審問官を貫通するかと思われたが――


「しかし、恐れること無かれ! 最後には真実が得られる!」

「『最後には真実が得られる』!」


 リコと異端審問官の復唱が重なった途端、見えない壁に阻まれたように掻き消えてしまった。


「なっ……!?」


 ――その時、僕らは見た。

 彼らが天に掲げた槍に、次々と炎が点っていくのを。

 それはまるで、山火事のように燃え広がっていき――


「全て殺せ! 主はおのれの者を知りたまう!」


 呪の詠唱が終わった途端、灰となって燃え尽きてしまった。

 しかしリコが持つ槍だけは、以前と変わらぬ姿を保っている。

 いや、むしろ黄金色に光り輝いているような……。


「待たせたわね。クソ蟲、出番よ!」


 人の悪そうな笑みを浮かべながら、リコはその槍を大きく振り下ろす。

 すると――


『クソ蟲、とはわしのことか?』


 飴色の肌を持ち、四肢を義手義足で補っている――目の潰れた昆虫が姿を現した。


『小娘め、何度も言っておろう? 我が名は木蓮。インドボダイジュの実に住まう、イチジクコバチの木蓮じゃ!』

「うっせ! 蟲の名前なんか、一々覚えてらんないっつーの!」

『わ、わしの主が冷たい……!』


 そんな会話を聞きながらも、僕は、目の前に現れたものを素直に受け入れることができなかった。

 間違いない。蟲だ。

 タイプとしては柚彦と同じものだろうか? 体が透けて、ホログラムのようになっている。声も、脳味噌に直接響くような感じだ。柚彦が自転車という媒体に宿っているのと同じように、彼もリコの武器――インドボダイジュに宿っているらしい。

 そんな蟲が、リコの後ろに守護霊のように寄り添っていた。


「う、嘘でしょ……? な、なんで異端審問官が蟲なんかを……!」


 震える声をそのままに、僕はリコに問いかける。


「だってその木の枝は、ご利益があるもので……蟲が入ってるなんて、君は一言も……!」

「ああ、最初にしてやったインドボダイジュの説明、信じてたの?」


 僕の狼狽えっぷりに、リコはにたりと笑った。そしてゆっくりと槍を構えると、


『まずい! 上空に回避しろ!』

「バッカじゃねーの!? あんなの嘘だよ!」


 柚彦の注意喚起と、リコの罵倒が重なった。

 瞬間、視界が真っ赤に染まり上がって――


「うっひょー! 何コレ、すっげええええ!」

『これが我の力じゃ。どうじゃ小娘、見直したじゃろ?』


 辺り一面、炎の海と化していた。

 寸でのところで回避が間に合ったからいいものの、あれをまともに受けていたら、今頃どうなっていたことか……!


 ――インドボダイジュの実に住む、イチジクコバチ。

 おそらく彼は、対蠱毒の術のために異端審問官が用意した異端の武器なんだろう。

 異端審問官がずっと付けていた退魔の手袋も、今思えばイチジクコバチを他の蟲に感知させないためのものだったんだ。


「でも、なんであんなに強いの!? 今の僕達は、ドロセラもオオスズメバチも吸収したっていうのに!」

『……共食いだ』


 唇を噛みしめながら、柚彦がつぶやく。


「異端審問官のあの槍には、全てイチジクコバチが宿っていたんだろう。先ほどの儀式は、その力をリコリスの槍に集中させるものだった……』

「共食いをして、より力を高める。これは、秋丁字琢磨もやっていたことっしょ?」


 いつの間にこんなに距離を詰めていたんだ!? リコが、不敵な笑みを浮かべながら切りかかってくる!


「アタシ達は、異端を滅ぼすためなら何でもする。異端者の真似事も! 異端の力を利用することも! それは、前から言ってあったわよね!?」

『くぅっ……!』


 は、速い! 柚彦がシールドを展開してはいるけど、一撃一撃が重すぎて攻撃に回れない!

 なら、僕が!

 そう思って、腕を振りかざすけど――


『そうはさせぬぞ、小僧!』


 後ろのイチジクコバチが、花粉のような粉をまき散らして、衝撃波を相殺してしまう。

 その流れるような攻撃の数々に、こちらは防戦一方となってしまっていた。


「汝が生命を保つこと、また四肢を切断されざることを愛憐をもって望みつつも、止むなく汝を棄てて世俗の法廷に付する!」


 緑の十字架の前で印を組むと、リコはふたたび槍を構え直した。


第一刑罰(ポエナウーヌス)……(クォド・)俗の腕(ディクティタッセト)!」


 瞬間、業火を纏った槍が抉るように突き出される。

 それは、まっすぐに銀色の膜を貫いて――


「なっ……!?」


 シールドが、破壊された。


「今よ!」


 その好機を、異端審問官達が見逃すはずがない。

 突如全方位から現れた異端審問官達が、杖で僕の腕を叩き折る。蹴り飛ばす。

 そんな嵐のような攻撃を受けて、自転車に乗っていられるはずがなかった。


『椿!!!!』


 柚彦の叫び声が頭蓋骨の中で反響する。

 柚彦が目に涙をいっぱい溜めながら、僕に手を伸ばしている。


 ああ、泣かないでよ柚彦。

 僕、頑張るよ。絶対、ぜったいに、大好きな柚彦を守ってみせるから。君の手を、必ず取ってみせるから。


 ……でも、ダメだ。

 どれだけ手を伸ばしても、今度は届かない――……


第一刑罰(ポエナウーヌス)……」


 地に落ちゆく僕が最後に見たのは、紅蓮の炎で自転車を粉砕する……黒い修道女と飴色の蟲だった。


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