7 . 街の活気
裏口の鍵穴に、テセウス様が金属性の鍵を差し込み、器用に二度回す。
カチリという乾いた音と共に、錆びた蝶番が軋んだ。
砂利道が森へと続いている。
屋敷の外に出る時の移動は正門から馬車での移動で、こうして歩いたことすらなかった。
わたくしは足元の砂利の感触を楽しみながら、何度も躓きそうになる。
その度にテセウス様はわたくしの腕を掴み、苛立たしげに引っ張った。
「ほら、ちゃんと歩けって」
面倒くさがるように、わたくしの手を繋いで歩き出す。
父にも握られたことのない部位が、脈打つように鼓動している。
「テセウス様の手は温かくて大きくて安心感がありますのね」
ブーッとふきだし、呆気にとられた様子のテセウス様に首を傾げる。
「あのなぁ、俺はお前と淡い青春ごっこはしねえぞ!いいか、俺らのような貧乏人は愛だの恋だのに現を抜かしてる暇はねえの!」
「青春ごっこ?愛?恋?」
「余計なこと言ったわ」
「手を繋ぐのは、愛に繋がりますの?」
「繋がんねえって話をしてんだよ」
「でも先程の口ぶりだと」
テセウス様は嫌そうな顔をしても、わたくしと会話をしてくれる。
ユーリウス閣下も、わたくしの周囲にいた者は、会話すらしてくれなかった。
だからわたくしはいつになく、はしゃいで、喉がかすれかかるまでテセウス様との会話を楽しんだのだ。
森の中には小さな馬車小屋があり、そこに停まっていた荷馬車は、車軸がゆがんでいるのか不安定に傾いていた。
御者台に腰掛けたテセウス様が、わたくしを見る。
「乗れ」
わたくしは荷台に上がり、膝を抱えて座った。
しばらくして馬車が出発すると、遠くから見慣れた屋敷の尖塔が見えた。
それがどんどん小さくなっていく。
「それにしても、すんなりと外に出れたな。見張りや巡回の兵士たちすらいないってどういうことだよ。旦那様の帰還は明日だし、お出迎えするにしても全員出払うのはおかしいだろ」
御者台で手綱を握るテセウス様は、眉根を寄せて後方を振り返った。
森の木々の間に微かに見える邸宅は、いつもの威圧感を失っているように見える。
「なあ、何か聞いてないか?旦那様の帰還に合わせて特別な行事でもあるとか」
わたくしは首を横に振った。
社交の予定など知らされていない。
オットーはユーリウス閣下について行ってしまったので、余計にわたくしは外のことにも中のことにも無知だった。
「ふぅん…妙だな」
テセウス様の呟きに、わたくしは荷台に積まれた藁束に手を伸ばし、無意識にぎゅっと握りしめた。
不安はあったけれど、それよりも心は弾むばかりだった。
わたくしはあの鳥籠から出たかったのかもしれない。
自分でも戸惑う気持ちの揺れと共に馬車も揺れる。
城壁の門をくぐり抜けた瞬間、目も眩むような光の洪水が飛び込んでくる。
行き交う人々の熱気、牛乳の樽を担ぐ少年の掛け声、焼き栗の甘い香り…。
テセウス様は周囲を警戒するようにちらちらと視線を巡らせている。
その横顔は緊張で強ばっているが、わたくしは周囲の生き生きとした人々に夢中だった。
馬車から降り立ったわたくしの足は地面に着地した途端、思わずよろめいた。
「おい!気をつけろって」
テセウス様が慌てて腕を掴む。
彼の荒れた指が肘のあたりを強く掴み、痛いほどだった。
でも、その痛みさえ新鮮で、わたくしは小さく微笑んだ。
「ありがとうございます」
周囲を見回す。
狭い路地に並ぶ木造の店舗、幌を張った露店から溢れる野菜や果物、油にまみれた鍋を磨く職人。
たくさんの人の群。
わたくしは人々の熱気に圧されてしまう。
「俯くな。堂々としてろ」
思わず俯いてしまっていた自分に気付かされる。
その言葉に従い、わたくしは顔を上げた。
そのまま、一瞬躊躇うような仕草をしてから、テセウス様は再びわたくしと手を繋ぐ。
わたくしは嬉しくて、つい、うふふと笑い声を出してしまった。
テセウス様は一瞬、何かを言いかけた口を閉じた。
そしてわたくしの笑い声に釣られたように、ぎこちない苦笑いを浮かべる。
「なんだよ…」
その声には苛立ちと、奇妙な困惑が混ざっていた。
彼は先程よりも優しくわたくしの手を引くと、人ごみの中を縫うように歩き始めた。




