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愛人のいる夫から逃げ出したら、聖女と呼ばれ、真実の愛を知る  作者: 御仕舞
本編

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16/27

幕間







 その円卓には十を超える影が集っていた。

燭台の炎が揺れるたびに彼らの顔に深い陰影が刻まれる。



「…やはり殺すべきだ!」



 老齢の男が立ち上がり、テーブルを叩いた。

怒りと見え隠れする恐怖に押しつぶされぬよう、声を張り上げているようだった。

それは虚勢にも似ていた。



「この場にこのような不信心者がいるなど、神も嘆かれるだろう。ああ、神よ、お許しください。傭兵上がりの貴様が死ね」

「黙れ小童!あの忌まわしい力を見て何も思わぬのか?悍ましい【魔女】め!」



 老司教が唾を飛ばしながら叫んだ。

円卓に集う者たちの間でざわめきが広がる。

蝋燭の火が不安定に揺れ、壁に映る影が踊るように動く。

最年長と思しき司教がゆっくりと口を開いた。



「確かに聖女様の力は常軌を逸している。だがそれは、神の力が我々の理解を超えただけのこと。神の御心を疑うという愚行を繰り返すわけにはいかぬ。我々にはあの方が必要なのだ」

「平和呆けしたのか、爺。アレは既に目覚めたのだぞ!今以上の犠牲者を出すわけにはいかん!」

「貴様も爺じゃろ!」



 最年少の司教が、恐る恐る、諍い合う二人の会話に口を挟む。



「ぎ、犠牲ではありません。あれが救済なのです。罪深き者の魂が浄化された証です」

「ならば貴様らは救済を受けるのか!」



 当然のように円卓の男達は頷く。

「狂信者どもめ」と老司教は歯ぎしりをし、ドカリと乱暴に椅子に座り込むと、部屋には再び重苦しい沈黙が落ちた。

蝋燭の火が激しく揺れ、壁に映る影は歪んでいる。



「しかし、これはユーリウス閣下の責任問題にもなりませんか?」



 太った脂肪を蓄えた男が汗をハンカチで拭きながら、ユーリウスの過失を問おうとする。

経理を担当しているせいか、聖職者のくせに現世利益にうるさく、優しげな顔の割に、虎視眈々と人の粗をつつくのが好きである。

三つ隣の眼鏡をかけた司教は細い指でトントンと苛立つように机上の羊皮紙を叩きながら、



「責任問題を問うて権力闘争をするのは結構ですがねえ、目前に迫る問題から目を逸らすのは賢明とは言い難いですね。あと聖女様を殺すのは私も反対です。その発言だけであなたを絞首刑に処せますが、どうして信仰心の欠片もないのに聖職者の道をお選びに?」



 その冷ややかな宣告に、室内の温度が一際下がる。

会議室の空気が緊張感に満ち、他の司教たちが息を呑む。

若い司教は青ざめた顔で俯き、最年長の司教がため息をついた。



「黙れ!111人の犠牲を出したのだぞ!だとすれば【魔女】と認定すべきだ」

「こちらで把握できている人間だけですが、聖女様によって浄化された人間の名簿を見ていただけました?彼ら彼女らの前科や再犯率の高さ、犯罪の凶悪さは?法で裁けない罪人に、神は罪の多寡を問わず、罪人もお救いなさったのです」

「ユーリウス閣下が彼らを統制していた手腕は素晴らしいな。誰もが聖女様に愛されてはいけないとはいえ、使用人として雇うにしても寝首を掻かれたら終わりだろうに」

「屋敷全体が牢獄のようなものでしたからね。使用人全員に奴隷の首輪をつけ、他者へ攻撃したと判断されると首輪から毒針が出て突き刺さると聞きました」



 最年長の司教が苦渋に満ちた表情で「罪があろうとなかろうと命の優劣などない」と言うが、若い司教は恍惚とした表情で追従する。



「そ、そのとおりです!神の前では命に貴賎もありません!貴族の血をひいているからといって、法の裁きを逃れ続けた鬼畜生共が浄化されるなんて、ああ、神よ、感謝します」



 眼鏡の司教がその言葉に頷く。

その表情には狂信的な喜びが滲んでいた。



「そうでしょう?神は見ておられるのです。そして聖女様を通じて正義を行われている」



 最年長の司教が深い皺を刻んだ額を押さえて呻くように言った。



「だが聖女様もまた人間なのだ。人を裁く権利など持ち合わせてはいまい」

「もちろん、人を裁くのは神です。神の指示を受けて、聖女様が浄化対象者を選別しているではありませんか。それは神の裁き…いいえ、救済と言えませんか?」

「それが聖女様の意思ではなく、神の意思だと断言できる根拠は?我々には神の意思を推し量る術はない」

「それが神の意志でないという根拠は?水掛け論になりますね」



 円卓の空気は重く淀んでいる。

それぞれの心の中で考えを巡らせていた。



「発言宜しいですか?どちらにせよですが、反転の腕輪の準備をしては如何ですか?実際、馬から落ちた時は効いているような様子でしたし」



 普段聖遺物の研究をしている司教が手を挙げると、奥に控えていた痩せた老人が嗤うように唇を歪める。



「妥当な案だねえ。制御不能となった場合の備えとして必要だねえ」

「反転の腕輪で拘束し、魔除けの兵器とするのだ!要塞に配置すれば民衆は安堵し教会への貢納も倍増するであろう!」



 最年長の司教が杖で床を強く打った。



「聖女様を兵器に使うなど、それこそ神の冒涜ではないか。先程から過激な発言ばかり繰り返しているが、その地位を追われたくないのであれば口を閉ざすのが賢明だと思わんかね?」

「はっ、しゃらくせえな。貴様のその気取った物言いが昔から気に障る」

「私は賛成です。神の信仰を貫くためにも、我々には資産が必要ですから。人間は生きているだけでお金を使うんですよ。この教会の維持に必要な金額を理解している方いらっしゃいますか?冒涜?むしろ神の意思を最大限に活用していると言えるでしょう。人類の発展は神のお導きあってのことですから」



 賛同者ではあるものの、太った男は睨みつけるように、金食い虫である聖騎士団の団長と、傭兵上がりの老人を見た。

聖騎士団の団長は会議中は一言も話さず、会議の行く末を見守っている。



「待て、肝心なのは《対象》だ。候補者リストは?地方の青年貴族か?それとも騎士か?」



 別の司教が眉間にしわを寄せて口を開いた。

痩せた中年の男が首を振る。



「調査部からの報告待ちです。しかしあの方は外部との接触は絶たれていましたし、生き残っているごく少数の使用人も口を閉ざしています。状況の把握が追いついていません」

「怪しい者は全員身柄を押さえろ!反転の腕輪は最悪の場合の備えだ。それまでは下手に刺激せず、こちらに留まらせなければ」

「そもそも聖女様との接触は、教会法違反だ!」

「今はそんな話をしている場合ではないでしょう。人の法が、人命よりも大事ですか?人類の存続がかかっているのに?」

「静まりなさい」



 低く、しかし室内の隅々まで届く声音であった。

たった一言で、円卓を包んでいた緊張と喧騒がぴたりと収まった。

議場全体が静寂に包まれる。

サミュエルはゆっくりと円卓へと進み出た。



「サミュエル枢機卿猊下、聖女様のご様子は…」

「警戒なされているが現段階での敵対の意志は見えない。先人たちの過ちを繰り返すわけにはいかぬ。我々が真心を尽くして、あの方に尽くせば、いずれ我々の真意を理解してくださるであろう」



 震えながら質問する若い司教の肩を励ますように叩き、杖で地面を突きながら、円卓の空いている席に腰を下ろした。



「楽観論がすぎる。相手の性格さえ把握できず、過去の仕打ちを恨んでいる可能性の高い女に賭けるというのか」



 老司祭は憎々しげに舌打ちをし、椅子の背に深くもたれかかった。

サミュエルはその様子すらも柔らかな光を灯した目で見つめている。



「我々の教えは『信じる』ことから始まる。神を信じる。愛を信じる。他者を信じる。それは聖女様にも言えたこと。常日頃から人々に神の愛を信じるように伝えている我々が、聖女様を信じられなくて、一体何を信じることができるというのか」



 老司教はそれでも冷笑を浮かべたが、他の司教の中には目を伏せる者もいたし、熱心に頷くものもいた。

その中の一人が目に熱を灯しながら、熱に浮かされたような口調でサミュエル枢機卿を見つめる。



「神の意思を疑う者がこの場に立っているという事実が教会の堕落を示していませんか。サミュエル枢機卿猊下、神の意思を疑う愚か者どもは救済に値しません。我ら、DoGに大役をお任せください。不信心者に、聖女様の手を煩わせることはありません」

「貴様らのような血に飢えた獣が信者面をするな!」



 場が再び荒れ始め、サミュエル枢機卿は注目を自身に向けるように両手を叩いた。



「諍いをしている時ではない。我々の使命は彼女を滅することでもない。導き手が必要なのです」

「導き手、ですか」

「人類の終末を回避するために、人類は浄化する必要がないほど神の愛を信じ、魂は潔白だと訴えるのです」



 円卓では各々顔を見合わせて、サミュエルの話を聞きながら、自身の野望や希望や展望と照らし合わせていく。



「それでも、導き手がいても、聖女が全ての人類の浄化を望んだらどうするつもりだ?殺すのか?」



 老司教の皮肉気な台詞に、サミュエル枢機卿は首をふる。



「それも神のご意思ですから。その時は粛々と浄化の時を待ちましょう。ただ、問題はそれを拒む者がいた場合です。神のご意思に逆らうということは、それこそ不信心者の愚かな考えです。その時は貴方がた聖騎士団とDoG、影法師の出番になります」

「御意に」

「その台詞を待っていたぞ!だから儂らは神の下についたんだからな!女一人殺すより腕が鳴る!」

「しかし、その規模になりますと、隠蔽は不可能になります。反対勢力も出てくるのではありませんか。実際ユーリウス閣下の使用人たちの件は王国騎士団にバレていますし」

「それも私から陛下に伝えておきましょう。それでも、いずれ世界中の人々が気づくでしょう。我々人類の救済の時が来たと。ようやく母なる神の御元に【帰る】ことができるのだと」



 部屋の中からは嬉しさのあまりすすり泣く声が聞こえてくる。

異様な熱気の中、無意識に神に祈り出す男達の顔は喜びに歪んでいる。



「幸い哉、我々の代でこの魔の蔓延る地獄から、逃れる術を得たのです。何としてでも【対象者】を探しだし、聖女様には使命を全うしていただかなくては」










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