15 . 祝福
それからわたくしは一ヶ月眠り続け、目が覚めた時には、ユーリウスとは会えなくなっていた。
夢現に聞いた『必ず迎えに来る』と言った台詞は、わたくしの救いとなり、母を大いに喜ばせた。
そう、母はわたくしの血の目覚めを喜んでいた。
狂喜と言わんばかりのはしゃぎよう。
母は世界に、【母】に、聖女に、ユーリウスに感謝していた。
母はわたくしに、ペンダントを身につけるように言った。
そして、ユーリウスと再会した時に、ユーリウスに渡すように言った。
幼いわたくしにはまだ、器が小さすぎて、力を行使することが負担になってしまうから。
ユーリウスのいない環境で、彼の愛を求めて暴走しないように、厳重に思考に鍵をかけて、ペンダントに封印していたのだ。
だけれど、わたくしがユーリウスにペンダントを渡すことはなかったし、母が望んだ愛も手に入れることができなかった。
母が何を願い、わたくしとユーリウスが愛し合うことを望んでいたのかはわからない。
それとも、母はわたくしがユーリウスを愛することは望んでいても、ユーリウスがわたくしを愛することは望んでいなかった?
わたくしがユーリウスの愛を得るために必死になるように、愛こそすべてだと話していたのは、ユーリウスに受け入れられない時に、力を暴走させるため?
疑心暗鬼だろうか。
母を疑いすぎているのだろうか。
過去に打たれていたことを無意識の内に根に持っているのだろうか。
愛してない子のために、幸福を望むだろうか。
愛のない世界を憎み、破滅を望むのではないだろうか。
「聖女様」
物思いに耽るわたくしに、司祭は尋ねた。
「あなた様を目覚めさせたのは誰ですかな」
わたくしはこの質問に答えるべきか、考えた。
状況がどう転がるかわからない今答えたところで、利点がない。
いくらわたくしが世間知らずだろうと、初対面の人間を信用できないし、おそらくこの答えはそのままわたくしの弱点に繋がる。
「わたくしがそれをお話すると思われているのかしら」
「今までのことから、誤解されるかもしれませんが、我々は決して貴方様に害をなすつもりはございません」
驚いた。
怒鳴りつけるところだったわ。
どうやら、わたくしは怒っているみたい。
今までの仕打ちに対して、恨みや怒りを感じたことなどなかったのに、司祭様の一言が癪に障ったのは何故かしら。
軟禁状態だったから?
母を酷い目に合わされた上に殺されたから?
孤立無援にさせられたから?
ユーリウスと結婚させられたのに思惑があったから?
貴方たちがいなければ、違う人生を歩めたように思うから?
十分害された後で、もう害さないなど信用できない、ふざけたことを宣うから?
「我々は貴方様の手助けをしたいのです」
必要ないわ、と一言で切り捨てたかったけれど、ユーリウスという人質がいる状況で、相手に楯突くことは愚かなことだった。
わたくしは人の良さそうな司祭様の話を促す。
「過去の仕打ちに関しては謝罪いたします。ですが、今までの貴方様の血族への仕打ちは、我々の総意ではありません。我々にも思想が異なる派閥があり、国内も、国外の意見も異なります。そして、力が目覚めた今となっては、各々共通しているのが、貴方様に使命を全うしていただきたいということなのです」
「使命、ね」
「貴方様の意に沿うように、思うがまま、願うままをおっしゃってください。我々が手足となり、貴方様をお守り、露払いいたします」
サミュエル司祭は恭しく頭を垂れたまま言葉を紡ぐ。
しかし、わたくしはサミュエル司祭の固く握りしめられた手を見つめる。
「わたくしの使命とは何かしら?」
「それはもちろん魔物の根絶と」
「子孫繁栄?」
思わず笑ってしまう。
魔物の根絶は使命ではないし、子孫繁栄に至っては、わたくしを母のようにするつもりなのかしら。
「愛に目覚めた今となっては、愛のない結婚では力を暴走させてしまうのです。ですから、我々は早急にでもユーリウス閣下と離婚していただき、貴方様の想い人との幸せを実現したいと」
あまりに勝手すぎる。
愛が目覚めないように軟禁し、俗人との関わりを絶ち、白い結婚までさせておいて、いざわたくしが聖女に目覚めたら今度は愛する人と子どもを作れって?
正直さは美徳だけど、無神経さが是とされるわけでもなくてよ?
「ユーリウス閣下は何て仰ってるの」
「貴方様のお好きなように、煮るなり焼くなりしてくれと」
「…わたくしが望んでいるのはそんなことではありません。どうして理解してくれないのでしょう」
苛立ちは我慢の限界に到達していた。
眉尻を吊り上げて睨みつける姿は、貴方がたが望む聖女様には似つかわしくなかっただろう。
サミュエルは怒りを落ち着けようと、謝罪と慈悲を求める。
「…ユーリウスを連れてきてくださる?」
「それは」
「あなたは後でユーリウスが来ると仰ったわ。わたくし、ユーリウスの口から直接聞きたいの」
沈黙を破り、サミュエル司祭が掠れた声を絞り出す。
「…御意に」
嗄れ声に含まれるのは諦観と畏怖。
背筋をピンと伸ばしたまま踵を返す後ろ姿だったが、足取りは重く、鉛を引きずるかのように扉へと向かっていく。
「そういえば使命ですけれど、貴方がたは勘違いされていますわ」
振り返るサミュエル司祭が口を開く前に告げる。
「わたくしは聖女ではありませんから、わたくしの使命はあくまでも人類の救済。残念ながら、魔物の根絶でも子孫繁栄でもありませんの」
過去の聖女様が行った魔物の浄化は、愛する人の平穏を守るための副次的な話に過ぎない。
それに魔物にとっては、浄化というのも厳密には違うかも知れない。
地上の生き物は、海では生存できないから、結果的に死んでしまうのだ。
「【母】に人類の魂を【還す】こと。それだけがわたくしたちの使命であり、【世界】の意志でもあります。摩耗した魂には休息と浄化が必要なのですわ。ですから、わたくしは増えすぎた人類を救済しなければならないのです」
「…お聞かせいただけないでしょうか」
「どうぞ」
「我々の調査で、貴方様の力を行使した痕跡を確認しておりますが、全てを把握しきれたわけではございません。なぜなら広範囲に渡りすぎているのと、全て消え失せてますので。一体どれほどの人数を救済したかだけ教えていただけないでしょうか」
「111人」
わたくしはにこりと笑った。
「【母】は全人類を救えと仰るけれど、わたくしの身体は一つですの。貴方がたも望んでいる、使命の全うには程遠いですわね」




