第94話 氷姫の盤上
戦線は、静かに崩れていた。
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「……押されてる?」
ミサキが呟く。
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違う。
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押されているのではない。
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“削られている”
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ユウマが歯を食いしばる。
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「なんだこれ……!」
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敵は強くない。
一体一体なら、問題なく対処できる。
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だが――
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数が減らない。
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「交代してる……?」
ソウタが低く言う。
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視線が走る。
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(違う)
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補充されている。
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一定のリズムで。
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前に出る個体。
引く個体。
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まるで――
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「……回してる」
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ソウタの声が冷える。
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「戦線そのものを」
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その時。
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遠くで、光が走った。
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「……っ!」
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一瞬。
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魔族兵の動きが変わる。
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僅かに。
だが確実に。
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“噛み合う”
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レオンの目が細くなる。
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(来たか……)
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「指揮官がいる」
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断言。
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「この動きは統制だ」
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ユウマが振り向く。
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「どこにいる!?」
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レオンは答えない。
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見えていないからだ。
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だが。
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分かる。
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“見えない位置から操作している”
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その時。
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再び光。
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今度は別方向。
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それに合わせて。
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敵が、流れる。
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穴を埋めるように。
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「……やばいな」
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ソウタの声が低くなる。
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「完全に盤面を握られてる」
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一歩、前に出る。
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「このままだと――」
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言い切る。
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「戦線、崩壊する」
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ミサキが息を呑む。
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「そんな……!」
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遠くで。
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王国兵が倒れる。
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一人。
また一人。
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回復が、追いつかない。
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「……ああ……」
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ミサキの声が震える。
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「兵士の皆さんが……」
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ユウマが叫ぶ。
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「このままでいいのかよ!?」
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レオンは、答えない。
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いや。
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答えられない。
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分かっている。
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このままでは崩れる。
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だが――
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(動かせば、終わる)
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カズマは既に分断。
ガイも離脱。
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ここでさらに一人失えば。
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完全崩壊。
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ソウタが言う。
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「俺が行く」
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静かな声。
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「指揮を潰せば止まる」
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レオンが即座に否定する。
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「ダメだ」
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「それが狙いだ」
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ソウタは食い下がる。
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「でもこのままじゃ!」
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レオンの声が低くなる。
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「分かっている」
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一拍。
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「だからこそ、動けない」
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沈黙。
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遠くで、また一人倒れる。
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ミサキが目を逸らす。
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ユウマが拳を握る。
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ソウタの呼吸が、荒くなる。
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(分かってる)
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(これは罠だ)
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(でも――)
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視線の先。
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崩れていく戦線。
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(見捨てるのか?)
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その言葉が、頭に浮かぶ。
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「……っ」
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一歩。
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踏み出す。
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レオンが言う。
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「ソウタ」
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止める声。
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だが。
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止まらない。
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「悪い」
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振り返らずに言う。
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「これ、放置できない」
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ユウマが叫ぶ。
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「待てソウタ!!!」
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ソウタは走る。
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一直線に。
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光の方向へ。
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レオンは、動かない。
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動けない。
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ただ、見送る。
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(……また、か)
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内心で呟く。
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(正しい判断が)
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(戦線を壊す)
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目を閉じる。
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そして。
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開く。
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「……全員、持ち場を維持しろ」
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声は、冷静だった。
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「これ以上、崩すな」
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その言葉の裏で。
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三人目の分断が、完成する。
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遠く。
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氷の気配。
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静かに。
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獲物を迎え入れるように。
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待っていた。
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