第90話 消えた索敵
風が、草原を撫でていた。
同じ景色。
同じ空。
だが――
もう“同じ場所”ではない。
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誰も、軽口を叩かなかった。
さっきまでの空気は消えている。
残っているのは、緊張だけだ。
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神崎ユウマは、無意識に剣を握り直した。
掌に汗が滲む。
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(囲まれてる……?)
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レオンの言葉が、頭から離れない。
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「既に囲まれている可能性が高い」
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視界は開けている。
隠れる場所はない。
なのに――
見えない。
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敵が。
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白石ミサキが、小さく呟く。
「……遅いね」
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誰も答えない。
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桐生カズマが索敵に出てから、数分。
体感では、もっと長い。
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橘レンが低く言う。
「……予定より遅い」
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黒崎ガイが舌打ちする。
「迷ってんじゃねぇの?」
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その軽口も、どこか乾いていた。
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秋葉ソウタが首を振る。
「それはない」
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「桐生先生は、ああいうの慣れてる」
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その言葉が、逆に重くなる。
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“慣れている人間が戻らない”
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それが何を意味するか。
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ユウマの喉が鳴る。
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(まさか……)
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その時。
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「……来る」
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レオンが呟いた。
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全員の背筋が凍る。
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だが。
何も来ない。
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風だけが吹く。
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数秒。
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そしてレオンは、ゆっくりと目を細めた。
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「違うな」
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低く言う。
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「“来させている”」
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レンが息を呑む。
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「誘導……継続中……?」
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レオンは頷く。
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「桐生は捕まってはいない」
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一瞬の希望。
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だが次の言葉が、それを砕く。
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「――動けなくされている」
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沈黙。
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ミサキの指が震えた。
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「それって……」
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レオンは言い切る。
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「釘付けだ」
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「こちらと合流させないためのな」
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ユウマの背筋に冷たいものが走る。
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(分断されてる……?)
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その時だった。
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草が揺れる。
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今度は、はっきりと。
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「来るぞ!」
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レンが叫ぶ。
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影が走る。
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魔族兵。
だが――
数が違う。
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一人じゃない。
三。
五。
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同時に飛び込んでくる。
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「チッ!」
ガイが前に出る。
拳を振るう。
一体を吹き飛ばす。
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ユウマも剣を振るう。
斬る。
確かな手応え。
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だが。
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敵は、深追いしない。
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一撃入れて、すぐに引く。
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「逃がすかよ!」
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ガイが追おうとする。
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「追うな!」
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レオンの一喝。
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足が止まる。
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その一瞬の隙に。
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敵は消えた。
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静寂。
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ソウタが息を荒げる。
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「なんだよこれ……」
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「戦う気あるのか……?」
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カズマの言葉が蘇る。
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『戦場ではな』
『生き残った奴が勝つ』
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ユウマは、歯を食いしばる。
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(戦ってる……)
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(でも、違う)
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正面からじゃない。
ぶつかってこない。
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削ってくる。
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「……消耗戦だ」
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ソウタが呟いた。
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その時。
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レオンが言う。
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「全員、円陣を組め」
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即座に動く。
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背中を預ける形。
死角を潰す。
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レオンは周囲を見渡しながら言う。
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「敵の狙いは明確だ」
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一拍。
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「分断」
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その言葉が、重く落ちる。
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「既に一人、外されている」
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誰のことか。
言うまでもない。
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ミサキが震える声で言う。
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「……桐生先生……」
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レオンは否定しない。
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それが答えだった。
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ガイが吐き捨てる。
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「クソが……!」
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拳を握る。
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「助けに行くぞ!」
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その瞬間。
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レオンが言った。
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「行かせない」
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冷たい声。
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ガイが振り返る。
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「なんでだよ!」
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レオンは一歩も動かない。
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「それが敵の狙いだからだ」
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沈黙。
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「今動けば、さらに分断される」
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「最悪、全滅だ」
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言葉は冷酷だった。
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だが。
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正しい。
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ユウマは歯を食いしばる。
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(じゃあどうするんだよ……!)
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その答えは、誰も持っていなかった。
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風が吹く。
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草が揺れる。
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同じ景色。
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だがもう――
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ここは完全に“敵の戦場”だった。
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その時。
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遠くで。
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何かが弾けた。
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轟音。
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地面が震える。
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ガイが顔を上げる。
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「……なんだ?」
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レオンの目が細くなる。
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「陽動が来たか」
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低く呟く。
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その瞬間。
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全員が理解した。
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これは偶然じゃない。
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すべてが――
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仕組まれている。
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ユウマの背中に、冷たい汗が流れる。
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(俺たち……)
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喉が乾く。
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(完全に、嵌められてる……)
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誰も言葉を発しなかった。
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ただ。
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戦場だけが、静かに牙を剥いていた。
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