第87話 届かぬ刃
魔王軍工房。
炉の熱が、空気を揺らしていた。
火の音。
鉄の軋み。
いつもと変わらない光景。
だが――
空気だけが、違った。
「……来るか」
タクミは、火を見たまま呟いた。
誰に言うでもない。
だが、答えは返る。
「来るッス」
即答。
リアナだった。
腕を組み、いつもの調子。
だが、その目は真剣だ。
「四天王会議で決まったッス」
一歩、前に出る。
「勇者パーティを分断」
「各個撃破」
短く、はっきりと。
タクミの手が、わずかに止まる。
「……そうか」
それだけ。
だが、その一言に重みがあった。
リゼが口を開く。
「合理的」
短い言葉。
「連携未完成」
「分断すれば、脅威低下」
事実だけを並べる。
感情はない。
だが――
「勝率、上昇」
はっきりと言い切る。
カティアは静かに頷いた。
「ええ、最も堅実な策です」
腕を組む。
「そして最も厄介でもあります」
視線がリアナへ向く。
「あなたが接敵する可能性は高い」
リアナは肩をすくめた。
「むしろそれが仕事ッス」
軽い。
だが、逃げはない。
タクミが、ゆっくりと振り向いた。
「……リアナ」
名前を呼ぶ。
それだけで、空気が変わる。
「お前の剣は」
一歩、近づく。
「まだ、勝てる剣じゃない」
断言。
迷いはない。
リアナの目が、わずかに細くなる。
だが――笑う。
「分かってるッスよ」
軽く返す。
だが、言葉の裏は重い。
タクミは続ける。
「無理はするな」
短い。
それだけ。
だが、それが全てだった。
リゼが一歩前に出る。
「補足」
いつもの調子。
「現状の武装」
「対・神造兵器――非対応」
一瞬の沈黙。
「正面衝突」
「高確率で破損」
はっきり言う。
「最悪、折れる」
リアナが片眉を上げる。
「怖いこと言うッスねぇ」
リゼは表情を変えない。
「事実」
それだけ。
カティアが続く。
「ですので、正面から受ける必要はありません」
冷静に。
「あなたの強みは機動力です」
一歩、近づく。
「最高速度で動き続けなさい」
「止まらないこと」
指を立てる。
「一方向ではなく、多角的に」
「相手の認識をずらす」
リアナの目が、少しだけ鋭くなる。
「隙を作る」
「そこだけを叩く」
静かな声。
だが、確実に“生き残る道”を示している。
「真正面から勝つ必要はありません」
きっぱりと言う。
「役目は――足止め」
リアナは、ふっと笑った。
「みんな心配しすぎッス」
軽く、手を振る。
「これでも」
少し胸を張る。
「バルグ様とセレナ様に、稽古つけてもらってるッスよ?」
その言葉に。
空気が、わずかに揺れる。
重みがある。
本物だ。
リアナは続ける。
「俺の役目は足止めッス」
「分かってるッスよ」
一歩、後ろへ下がる。
「無茶する気はないッス」
笑う。
いつも通り。
明るく。
軽く。
――だが。
タクミは知っている。
その笑顔の奥を。
リゼも。
カティアも。
知っている。
だから――
三人は、同時に沈黙した。
「……」
言葉が出ない。
理屈は揃っている。
対策もある。
役割も明確。
だが。
それでも。
「……不安、だな」
タクミが、ぽつりと漏らした。
珍しく、素直な言葉。
リゼが小さく頷く。
「同意」
カティアも、目を伏せた。
「ええ……否定できません」
リアナは、その三人を見て――
少しだけ、困ったように笑った。
「そんな顔しないでほしいッス」
頭を掻く。
「ちゃんと帰ってくるッスよ」
軽く言う。
だが。
それは約束だった。
タクミは、しばらく黙っていたが――
やがて、小さく息を吐いた。
「……ああ」
短く。
「信じてる」
それだけ。
余計な言葉はない。
リアナは、にっと笑った。
「任せてほしいッス」
踵を返す。
出口へ向かう。
その背中を――
三人は、黙って見送った。
止めない。
止められない。
それが、戦場だから。
炉の火が、揺れる。
鉄が、軋む。
いつもと同じ音。
だが――
もう、戻れない。
戦いは、すぐそこまで来ていた。
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