第82話 未完成の出撃
王城、作戦室。
重厚な扉の向こうに、緊張が満ちていた。
円卓を囲むのは、王国の中枢。
国王、宰相、将軍たち。
そして――
騎士団長、レオン。
卓上には地図が広げられている。
王国北西部。
国境付近。
赤い印が、いくつも打たれていた。
「魔族軍の動きが活発化している」
将軍の一人が言う。
「小規模な衝突が連続。だが――」
指が一点を叩く。
「これは“前触れ”だ」
空気が重くなる。
誰もが理解している。
これは。
大きな戦の始まりだと。
「迎撃戦力は」
王が問う。
「通常部隊で対応可能か」
「厳しいかと」
即答だった。
「敵の質が上がっている」
別の将が続ける。
「従来の装備では押し切られる恐れがあります」
沈黙。
視線が、一人に集まる。
レオン。
彼は分かっていた。
次に何が言われるか。
「勇者だ」
宰相が言う。
「投入する」
静かに。
だが、決定事項のように。
「……まだ早い」
レオンが言う。
即座に。
「未完成です」
空気が張り詰める。
「連携は形になったが、それだけだ」
「個の力が足りない」
「武器の力も引き出せていない」
言葉を重ねる。
「この状態で戦場に出せば――」
「壊れる」
はっきりと言い切る。
沈黙。
だが。
「時間がない」
王が言う。
それだけだった。
反論の余地を与えない。
「戦は待ってはくれぬ」
「……」
レオンは口を閉じる。
分かっている。
理屈は。
正しい。
だが――
「レオン」
王が続ける。
「お前に任せる」
一瞬、空気が緩む。
だが。
「勝てとは言わぬ」
その言葉に、全員が息を呑む。
「“見る”のだ」
レオンの目が細まる。
「実戦を経験させろ」
「それが、今できる最善だ」
宰相が頷く。
「生き残れば、価値がある」
冷たい言葉だった。
レオンの拳が、わずかに震える。
「……承知しました」
絞り出すように言う。
それしか、できない。
⸻
夜。
訓練場。
六人が呼び出されていた。
空気が重い。
誰も口を開かない。
あの夜以来。
完全には戻っていない。
やがて。
レオンが現れる。
全員の視線が集まる。
「任務だ」
短い。
それだけで、空気が変わる。
「国境付近に出る」
沈黙。
「魔族軍との接触が確認されている」
その言葉に。
全員の背筋が伸びる。
「明朝、出発」
一瞬。
誰も動けなかった。
それほどまでに。
唐突だった。
「……マジかよ」
ガイが呟く。
だが、その声にいつもの軽さはない。
ソウタも黙っている。
ユウマが一歩前に出る。
「……俺たちが、行くんですか」
「そうだ」
レオンは頷く。
「実戦だ」
短く。
重い言葉。
ミサキが息を呑む。
「……まだ」
言葉が出る。
「まだ、私たち……」
未完成だと。
言いたい。
だが――
「分かっている」
レオンが言う。
遮るように。
「だからこそだ」
全員を見る。
「これは“勝つための戦い”ではない」
その言葉に、全員が顔を上げる。
「生きて帰ることを最優先にしろ」
静かに。
だが、強く。
「それが任務だ」
沈黙。
ユウマが拳を握る。
(逃げる戦い……?)
違和感。
だが――
理解もできる。
まだ足りない。
それは、分かっている。
「編成はそのまま」
レオンが続ける。
「俺も同行する」
その一言で。
わずかに空気が緩む。
ガイが笑う。
「なら何とかなるな」
「油断するな」
即座に釘を刺される。
「相手は“人”ではない」
その言葉が、重く落ちる。
⸻
その後。
解散。
それぞれが、静かに動き出す。
準備。
装備確認。
誰も無駄口を叩かない。
⸻
ユウマは剣を見つめる。
手の中。
静かに。
(……まだ、使えてない)
レオンの言葉が浮かぶ。
“承認”。
“解放”。
まだ遠い。
それでも――
(行くしかない)
拳を握る。
⸻
ソウタは魔導書を開く。
ページをめくる。
文字が目に入る。
だが――
頭に入らない。
(……大丈夫かよ)
自分に問いかける。
答えは出ない。
⸻
ガイは斧を担ぐ。
振る。
重い。
だが、扱える。
(やるしかねぇだろ)
笑う。
無理やりに。
⸻
レンは盾を磨く。
黙々と。
一切の迷いなく。
(守る)
それだけ。
⸻
ミサキは手を見つめる。
震えてはいない。
だが――
強くもない。
(間に合うかな……)
小さく呟く。
⸻
カズマは空を見上げる。
夜空。
星が瞬く。
(来るな)
直感が告げている。
強いものが。
確実に。
⸻
そして。
夜が明ける。
⸻
門が開く。
王都の外。
朝日が差し込む。
六人が並ぶ。
その前に――レオン。
「行くぞ」
短く言う。
誰も、返事をしない。
だが――
足は動く。
⸻
未完成のまま。
⸻
戦場へ。
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