第81話 甘い罠
夜。
王都は、昼とは別の顔を見せていた。
灯りが揺れ、音楽が流れ、笑い声が溢れている。
その中心。
ひときわ華やかな通りに、二人の男がいた。
「……やべぇな、ここ」
ソウタが呟く。
視線の先には、煌びやかな店。
着飾った女性たち。
甘い香り。
誘うような視線。
「だろ?」
ガイが笑う。
すでに酒が入っている。
「王都最高だわ」
「いや絶対これ……」
ソウタは言葉を濁す。
分かっている。
何かがおかしい。
だが――
引き返す理由も、ない。
「ほら、行くぞ」
ガイが腕を引く。
そのまま、店の中へ。
⸻
扉が開く。
温かい空気。
香り。
笑顔。
「いらっしゃいませ」
柔らかな声。
女性が近づいてくる。
「お疲れ様です、勇者様」
その一言で。
ソウタの思考が止まる。
(……知ってる?)
名前は出していない。
だが、相手は分かっている。
それでも――
「すごいですね、今日の訓練」
別の女性が言う。
「もう兵士の方たち、全然敵じゃなかったですよ」
ガイが笑う。
「見てたのかよ」
「ええ、少しだけ」
柔らかい笑み。
距離が近い。
自然に。
当たり前のように。
座らされる。
酒が出る。
料理が並ぶ。
「どうぞ」
グラスが差し出される。
ソウタは一瞬、躊躇する。
だが――
「……あー、いただきます」
受け取る。
口にする。
甘い。
飲みやすい。
「おいしいでしょ?」
笑顔。
距離が近い。
近すぎる。
ガイはもう、完全に溶けていた。
「最高だわ」
肩に手を回す。
女性が笑う。
拒まない。
むしろ――受け入れる。
(……なんだこれ)
ソウタは思う。
違和感。
だが。
居心地は悪くない。
むしろ――良い。
褒められる。
持ち上げられる。
必要とされる。
それが、心地いい。
「ソウタ様は、魔法がすごいって聞きました」
女性が言う。
「いや、まだ全然だって……」
「そんなことありません」
即答。
「とても綺麗でした」
真っ直ぐに見られる。
嘘かもしれない。
でも――
嫌じゃない。
「……ありがと」
小さく言う。
ガイが笑う。
「ほらな、悪くねぇだろ?」
「……まあな」
否定はできない。
もう、遅い。
足は完全に踏み入れていた。
⸻
一方。
王城の廊下。
ユウマは歩いていた。
隣にはミサキ。
「……あの二人、大丈夫かな」
ミサキが小さく言う。
「分かんねぇ」
ユウマは短く答える。
正直、気になってはいる。
だが――
「放っとくしかねぇだろ」
強くは言えない。
自分だって、誘われれば――
(……いや)
頭を振る。
考えるのをやめる。
「……ユウマは、行かないの?」
ミサキが聞く。
少しだけ、不安そうに。
ユウマは一瞬だけ考える。
そして。
「行かねぇよ」
短く答える。
「……なんで?」
「なんでって……」
言葉に詰まる。
理由は、いくつかある。
だが――
「今やることじゃねぇだろ」
それが一番、しっくりきた。
ミサキは小さく頷く。
「……うん」
少しだけ、安心したように。
⸻
その時。
「ほう」
低い声。
二人が振り向く。
そこにいたのは――
カズマ。
壁に寄りかかり、腕を組んでいる。
「行かないのか」
ユウマを見る。
「行かねぇよ」
即答。
カズマは小さく息を吐く。
「正解だ」
短く言う。
「……やっぱり、何かあるんですか」
ミサキが聞く。
カズマは少しだけ視線を上げる。
「ある」
断言。
「分かりやすいくらいにな」
ユウマが眉をひそめる。
「じゃあ止めた方がいいんじゃ――」
「無駄だ」
被せるように言う。
「今のあいつらは、聞かない」
その言葉は、冷静だった。
そして――現実だった。
ユウマは拳を握る。
「……チッ」
苛立ち。
だが、どうしようもない。
「放っておけ」
カズマが言う。
「自分で選んだことだ」
突き放すようでいて。
どこか、諦めにも似ている。
ミサキが俯く。
「……でも」
小さく呟く。
「このままじゃ……」
誰も、答えなかった。
⸻
翌日。
訓練場。
六人が揃う。
だが――
空気が違う。
「よっ」
ガイが手を上げる。
いつも通り。
だが、どこか軽い。
「……おう」
ユウマが返す。
短く。
ソウタもいる。
だが、目を合わせない。
「昨日、楽しかったか」
カズマが言う。
淡々と。
ガイが笑う。
「最高だったな」
「だろ?」
ソウタも頷く。
「たまにはああいうのもアリだわ」
その言葉に。
レンが眉をひそめる。
「……訓練中だぞ」
「分かってるって」
ガイが軽く返す。
「息抜きだよ」
軽い。
あまりにも。
ユウマが口を開く。
「今はそんな場合じゃ――」
「お前はいいよな」
遮られる。
ソウタだった。
初めて、はっきりとユウマを見る。
「……何がだよ」
「ミサキがいるから」
その一言で。
空気が凍る。
ミサキが息を呑む。
ユウマが眉をひそめる。
「関係ねぇだろ」
「あるだろ」
ソウタの声が、少しだけ強くなる。
「こっちはさ」
言葉を選ぶように、続ける。
「ずっと訓練でさ」
「結果も出てるか分かんなくてさ」
一瞬、止まる。
そして。
「くらい、いいだろ」
吐き出す。
その言葉は――
軽くなかった。
ガイが肩をすくめる。
「別に裏切ってるわけじゃねぇだろ」
「ちゃんとやるときはやる」
その通りだ。
間違ってはいない。
だが――
何かが、ズレている。
レンが一歩前に出る。
「それでも――」
「もういい」
ユウマが止める。
短く。
レンが口を閉じる。
ユウマはソウタを見る。
「……勝手にしろ」
それだけ言う。
背を向ける。
ミサキが戸惑う。
「ユウマ……」
「行くぞ」
振り返らない。
そのまま歩く。
ミサキは一瞬迷い――
ついていく。
レンも、無言で続く。
その場に残るのは。
ガイとソウタ。
そして――
カズマ。
静かに見ている。
何も言わない。
ただ、事実だけを見ている。
⸻
空気は、もう元には戻らない。
⸻
小さな亀裂。
だが確実に。
⸻
広がり始めていた。
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