第77話 届かない制御と、届いている現実
静寂。
重たい空気が満ちていた。
王城の地下深く――宮廷魔導士たちの訓練区画。
石造りの広間の中央に、ソウタは立っていた。
その周囲を、淡い光の魔法陣がいくつも浮かんでいる。
「いいか」
白髪の老魔導士が言う。
「魔法とは、“撃つ”ものではない」
「……いやいやいや」
ソウタが顔をしかめる。
「普通に撃ってましたけど?」
「だから外れる」
即答だった。
「うっ……」
言い返せない。
「魔力は流れだ」
老魔導士は指を鳴らす。
空中の魔法陣が、一つ、滑らかに回転した。
「制御し、束ね、解放する」
「そのどれか一つでも欠ければ――」
パチン。
光が弾け、消えた。
「暴発か、不発だ」
ソウタは唾を飲む。
(全部やってるつもりなんだけどな……)
「やってみろ」
「……はいよ」
深呼吸。
魔力を感じる。
流れを、意識する。
(束ねて……流して……)
手をかざす。
「ファイアボルト!」
詠唱。
魔法陣が展開する。
――だが。
ブレる。
軌道が揺れる。
発射。
ビュンッ!!
明後日の方向へ飛んでいく。
壁に当たり、爆ぜる。
「……はい失敗」
ソウタが額を押さえる。
「原因は分かるか」
「いや、分かんねぇから困ってるんだけど……」
老魔導士はため息をつく。
「“焦り”だ」
「……は?」
「当てようとしている」
「結果、流れが乱れる」
ソウタは黙る。
(……当てたいに決まってんだろ)
戦闘で外したら終わりだ。
当てなきゃ意味がない。
だが――
「当てるな」
老魔導士が言う。
「制御しろ」
真逆だった。
「制御できれば、当たる」
「順序が違う」
ソウタは歯を食いしばる。
(クソ……難易度高ぇ……)
「もう一度」
「……あいよ」
再び構える。
今度は――
“当てる”を捨てる。
流れだけを追う。
束ねる。
逃さない。
整える。
撃つ。
――発動。
一直線。
壁に命中。
爆ぜる。
「……お?」
思わず声が出た。
今のは――
ちゃんと飛んだ。
「それだ」
老魔導士が頷く。
「だがまだ遅い」
「マジかよ……」
肩を落とす。
だが、その目は死んでいない。
(できる……気はする)
少しだけ。
本当に少しだけ。
手応えがあった。
⸻
一方、王都中央。
大聖堂の奥。
静かな祈りの間。
ミサキは、膝をついていた。
両手を組み、目を閉じる。
だが――
(……出ない)
何度やっても。
回復の光が、安定しない。
「焦らないでください」
穏やかな声。
司祭の女性が、優しく言う。
「……はい」
ミサキは頷く。
だが、心は落ち着かない。
(焦らないなんて、無理だよ……)
あの訓練の日。
誰も回復できなかった。
ユウマも、ガイも、レンも。
みんな傷ついていたのに。
自分は――何もできなかった。
「もう一度、試してみましょう」
「……はい」
手をかざす。
魔力を込める。
「ヒール……」
光が――
揺れる。
不安定。
消える。
「……っ」
唇を噛む。
悔しい。
情けない。
「大丈夫です」
司祭が言う。
「あなたの魔力は十分にあります」
「……でも」
「問題は“想い”です」
ミサキが顔を上げる。
「想い……?」
「誰を、どうしたいのか」
「それが曖昧だと、力は形になりません」
ミサキは言葉を失う。
(誰を……どうしたいか)
そんなの、決まっている。
みんなを助けたい。
守りたい。
でも――
(それじゃ、ダメなの……?)
ぼんやりしている。
広すぎる。
だから届かない。
「一人でいいのです」
司祭は続ける。
「まずは、たった一人」
ミサキは目を閉じる。
思い浮かぶのは――
倒れていた姿。
息を荒げていた顔。
無理に笑っていた横顔。
「……ユウマ」
小さく呟く。
その瞬間。
胸の奥が、ぎゅっと締まる。
(助けたい)
はっきりと。
形になる。
手に力が入る。
「ヒール」
光が――
灯る。
弱い。
だが、確かに。
消えない。
「……!」
ミサキの目が見開かれる。
「それです」
司祭が微笑む。
「ようやく、“届きました”ね」
ミサキは震える手を見つめる。
(まだ……小さいけど)
でも。
確かに、そこにある。
(届いた)
初めて。
ほんの少しだけ。
⸻
同じ頃。
王城の裏手。
人目のない訓練場。
静寂。
風の音だけが響く。
その中央に――
カズマが立っていた。
対峙するのは、黒装束の男たち。
王国軍暗部。
「始めるぞ」
短い合図。
次の瞬間。
――消える。
複数の気配。
同時に動く。
だが。
カズマは動かない。
ほんのわずか、視線を動かすだけ。
背後。
気配。
来る。
――踏み込む。
振り向かない。
短剣が閃く。
ガキン。
一人の刃を弾く。
そのまま体を捻る。
二人目の懐へ。
首元に刃。
「……一本」
低く呟く。
そのまま蹴り。
三人目が距離を取る。
だが遅い。
一歩で詰める。
視線の死角。
刃が止まる。
喉元。
「終わりだ」
静かに言う。
沈黙。
黒装束たちが距離を取る。
「……相変わらずだな」
一人が呟く。
「無駄がない」
カズマは肩をすくめる。
「仕事だからな」
息も乱れていない。
汗も、ほとんどかいていない。
圧倒的だった。
その場にいた全員が理解する。
(レベルが違う)
同じ“勇者”のはずなのに。
明らかに。
違う。
カズマは空を見上げる。
(……まだ足りない)
誰よりも動ける。
誰よりも戦える。
だが――
(“あれ”が来たら、足りない)
感覚で分かる。
もっと上がいる。
もっと強いものが来る。
その時。
今のままでは――
(守れない)
目を閉じる。
開く。
「もう一戦だ」
短く言う。
黒装束たちが構える。
再び、静寂。
そして――
影が、動いた。
⸻
同じ空の下。
それぞれの場所で。
それぞれが、壁にぶつかっている。
届かない。
足りない。
追いつけない。
それでも――
止まらない。
止まれない。
止まりたくない。
⸻
だが。
一つだけ、はっきりしていることがあった。
⸻
“差”は、確実に存在している。
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