第73話 訓練開始
乾いた風が訓練場を抜けた。
王城の外縁に設けられた広大な演習場。
土は踏み固められ、所々に剣の跡や爆ぜた魔法の焦げが残っている。
――ここが、戦場に最も近い場所。
ユウマは無意識に、腰の剣に手を添えていた。
「……ここでやるのか」
小さく呟く。
隣でミサキが杖を抱きしめるように持っていた。
「ちょっと……怖いかも」
その声は、かすかに震えている。
「大丈夫だよ」
ユウマは反射的に言った。
だが、自分の声もまた、少しだけ硬かった。
⸻
「全員、揃っているな」
低く通る声が、空気を引き締める。
振り向くと、そこに立っていたのは――
騎士団長、レオン。
重厚な鎧をまといながらも、その立ち姿には無駄がない。
戦場で生き残ってきた者だけが持つ、静かな圧があった。
レンが一歩前に出る。
「勇者パーティ、全員揃っています」
その声は落ち着いているが、どこか張り詰めていた。
レオンは一人一人を見渡す。
ユウマ、ミサキ、レン、ソウタ、ガイ、カズマ。
一瞬の沈黙。
「……未熟だな」
淡々とした一言だった。
だが、重い。
ガイが眉をひそめる。
「いきなりそれかよ」
レオンは視線すら動かさない。
「事実だ」
その一言で、場の空気が凍る。
⸻
「だが」
レオンは続けた。
「未熟であることは問題ではない」
「問題は――」
一歩、踏み出す。
土がわずかに鳴った。
「自分が未熟だと理解していないことだ」
誰も言葉を返せない。
その中で、カズマだけが静かに頷いていた。
⸻
「まずは基礎を見る」
レオンは剣を抜いた。
音が、やけに鋭い。
「ユウマ。前へ」
「……はい」
ユウマは一歩踏み出す。
心臓が早い。
手の中の聖剣が、微かに熱を帯びた。
――いける。
そう思った。
⸻
「来い」
その一言。
ユウマは踏み込んだ。
速い。
自分でも分かる。
身体が軽い。
剣が自然に動く。
「はあっ!」
振り下ろす。
――当たる。
そう確信した瞬間。
消えた。
「――っ!?」
気づいた時には。
首元に、剣。
冷たい感触。
レオンの声。
「遅い」
動けない。
完全に、見切られている。
⸻
「な……」
ユウマは言葉を失った。
今の一撃は、自分の中では“最速”だった。
それが。
「これが現実だ」
レオンは剣を下ろした。
「神造兵器を持っていようと」
「使い手が未熟なら意味はない」
その言葉が、胸に刺さる。
⸻
「次。ガイ」
「おう!」
ガイは楽しそうに前に出た。
斧を肩に担ぐ。
「ぶっ壊していいんだよな?」
「やってみろ」
レオンは構えない。
ただ立っている。
それだけ。
⸻
「行くぜぇ!!」
ガイが突っ込む。
地面が抉れる。
圧倒的なパワー。
斧が振り下ろされる。
ドン!!
衝撃。
土が舞い上がる。
だが――
「軽いな」
レオンは片手で受けていた。
「はぁ!?」
ガイの目が見開く。
押しているはずなのに、動かない。
まるで、壁。
⸻
「力任せでは通じん」
軽く弾かれる。
ガイの体が後ろに吹き飛んだ。
「ぐっ……!」
地面を滑る。
「くそ……!」
悔しそうに歯を食いしばる。
だが、その顔には
どこか楽しそうな色もあった。
⸻
「次。レン」
「はい!」
レンは盾を構える。
慎重な構え。
「防げ」
レオンが言う。
次の瞬間。
消えた。
ドンッ!!
衝撃が盾に叩き込まれる。
「ぐっ……!」
レンの体が押し込まれる。
足が地面にめり込む。
だが、耐えた。
⸻
「……ほう」
レオンがわずかに目を細める。
「防御は悪くない」
レンは息を荒げながら言った。
「防ぐことは……できます!」
「だが、それだけでは守れん」
レオンの言葉。
レンは黙る。
分かっている。
防ぐだけでは――勝てない。
⸻
「ソウタ」
「はいはい、来ましたよっと」
軽い口調。
だが、目は真剣だ。
魔導書を開く。
「じゃあ遠距離から――」
魔法陣が展開される。
「撃つ!」
光弾。
高速。
正確。
だが――
全部、斬られた。
「は?」
ソウタが固まる。
「ちょ、待って」
「今の全部計算して――」
「遅い」
レオンが一歩で距離を詰める。
「うわっ!?」
慌てて後退。
転びかける。
「くそ……!」
歯を食いしばる。
「処理は早い」
レオンが言う。
「だが、戦場はそれ以上に速い」
ソウタは悔しそうに笑った。
「マジかよ……クソゲーじゃん」
⸻
「ミサキ」
「は、はい!」
ミサキは杖を握る。
震えている。
「回復を試せ」
「え……でも」
「いい。やれ」
⸻
ミサキは目を閉じる。
祈るように。
光が溢れる。
温かい。
優しい光。
ユウマの傷が癒えていく。
「……すごい」
誰かが呟いた。
だが。
「遅い」
レオンの一言。
「戦場では間に合わん」
ミサキの肩が震えた。
⸻
「最後。カズマ」
「……了解」
静かに前に出る。
短剣を構える。
「本気でいいか?」
カズマが言った。
レオンは短く頷く。
⸻
次の瞬間。
消えた。
「――」
気配が消える。
完全に。
レオンの目がわずかに動く。
影。
背後。
カズマが現れる。
刃が走る。
キィン!!
止められた。
だが――
「……今のはいい」
レオンが言った。
カズマは一歩引く。
「まだ足りないな」
「当然だ」
レオンの目が細くなる。
「だが、お前は戦場を知っている」
カズマは何も言わなかった。
⸻
全員が並ぶ。
息が荒い。
誰一人として、通用していない。
レオンが言う。
「いいか」
「お前たちは強い」
「だが――」
一拍。
「まだ弱い」
沈黙。
⸻
「これから訓練を始める」
「生き残るための訓練だ」
その言葉は、重かった。
⸻
ユウマは剣を握る。
悔しい。
圧倒的な差。
だが。
「……やるしかない」
小さく呟く。
隣でミサキが頷いた。
「うん……」
レンが拳を握る。
「必ず、守ります」
ソウタが笑う。
「攻略しがいあるなこれ」
ガイが笑う。
「燃えてきたぜ!」
カズマだけが静かに言った。
「……甘く見るな」
その一言で、空気が締まる。
⸻
レオンはそれを見ていた。
(悪くない)
未熟。
だが、折れていない。
それだけで十分だ。
⸻
風が吹く。
戦場の匂いが、わずかに混じる。
訓練が始まる。
そして――
戦いもまた、近づいていた。
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