第70話 勇者、出陣
草原を、風が渡っていた。
青空の下。
王国軍の旗が遠くに見える。
その駐屯地へ向かい、一隊が進んでいた。
先頭を歩く男は、一度も振り返らない。
鋼の鎧。
無駄のない歩幅。
王国騎士団長――レオン。
王国最強の騎士。
その背中を追うように、六人の若者が歩いていた。
勇者パーティである。
しばらく無言が続いた。
だが――
最初に口を開いたのは黒崎ガイだった。
「ようやく実戦か」
拳を鳴らす。
骨が鳴る音。
「魔族をぶっ飛ばしてやる」
その声には緊張よりも高揚があった。
橘レンがすぐに睨む。
「黒崎」
「気を引き締めろ」
腕を組み、真面目な顔。
「ここはもう戦場だ」
ガイは肩をすくめる。
「わーってるよ委員長」
その時。
後ろから笑い声。
「フヒヒ……」
全員が振り向く。
秋葉ソウタだった。
眼鏡を押し上げる。
「ついに……」
「僕のチートスキルを披露する時が来た」
ガイ
「お前いつもそれ言ってんな」
ソウタ
「事実だから仕方ない」
レン
「静かにしろ」
その空気を和らげたのは白石ミサキだった。
小さく笑う。
「でも、ちょっと緊張するね」
そう言って隣を見る。
神崎ユウマ。
勇者。
ユウマは空を見上げていた。
「……うん」
正直に答える。
「緊張してる」
ミサキは優しく笑った。
「大丈夫」
一歩近づく。
「何があっても」
真っ直ぐに言う。
「私が守ります」
ガイが吹き出した。
「逆じゃね?」
レン
「黒崎」
「黙れ」
ガイ
「はいはい」
その時だった。
先頭を歩いていたレオンが足を止めた。
全員の足が止まる。
レオンは振り返らない。
だが、低い声が響く。
「私語が多い」
空気が変わった。
学生の空気が、一瞬で消える。
レオンは続ける。
「ここから先は前線だ」
「魔族領との境界線」
一歩、踏み出す。
「戦争の入口だ」
振り向く。
鋭い目。
六人を見渡す。
「お前たちは勇者だ」
「だが」
一瞬だけ言葉を切る。
「まだ兵士ではない」
沈黙。
レオンは言った。
「私の指示に従え」
「勝手な行動は許さん」
レンが即答する。
「了解しました!」
そして仲間を見る。
「レオン団長の指示に従う」
ソウタが小声で言う。
「完全に軍隊だ……」
その時。
後ろから声がした。
「軍隊だ」
静かな声。
桐生カズマだった。
教師。
そして――元自衛官。
全員が振り向く。
桐生は周囲を見渡していた。
地形。
風向き。
視界。
すべてを確認している。
そして言った。
「戦場ではな」
「強い奴が勝つんじゃない」
少しだけ目を細める。
「生き残った奴が勝つ」
ガイが眉をひそめる。
「どういう意味だ?」
桐生は答える。
「油断した奴は死ぬ」
「慢心した奴も死ぬ」
「状況を見ない奴も死ぬ」
静かな声。
だが重い。
「戦争ってのは」
「そういう場所だ」
誰も言葉を返さなかった。
ソウタが小さく呟く。
「……リアルだ」
桐生は続ける。
「能力に頼るな」
ソウタを見る。
「チートスキルでもな」
「状況を見ろ」
指を動かす。
「風」
「地形」
「敵の配置」
「味方の位置」
「全部読む」
「それが戦闘だ」
ソウタ
「……はい」
その時。
レオンが言った。
「桐生」
「後衛の警戒を任せる」
桐生は短く答える。
「了解」
その会話は短かった。
だが自然だった。
まるで昔から同じ戦場にいたかのように。
ユウマはその背中を見ていた。
(大人だ)
自分たちとは違う。
戦場を知っている人間。
その時。
レオンが指をさした。
「見ろ」
遠く。
丘の向こう。
王国軍の旗が見える。
駐屯地だ。
「もうすぐだ」
誰も喋らなかった。
ユウマはその旗を見つめていた。
ここから先は
訓練じゃない。
本物の戦争。
胸の奥が少し重くなる。
その時だった。
ふと。
思い出す。
あの日のことを。
夕方の教室。
オレンジ色の光。
ガイが窓の外を見ていた。
レンが日誌を書いていた。
ソウタはラノベを読んでいた。
ミサキと話していた自分。
そして。
教室の扉が開く。
「そろそろ閉めるぞ」
先生だった。
桐生カズマ。
全員が立ち上がる。
その瞬間――
床が光った。
魔法陣。
誰かが叫ぶ。
「は……?」
光。
衝撃。
そして。
世界が変わった。
ユウマは空を見上げる。
あの日。
あの瞬間から。
すべてが始まった。
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