第36話 殿戦
夜明け前。
空はまだ暗かった。
王国軍は歩いている。
止まらない。
止まれない。
鎧の擦れる音だけが続く。
兵士の一人が呟いた。
「……まだ歩くのか」
隣の兵士が答える。
「止まるな」
「止まったら終わりだ」
三日前。
王国軍は野営をやめた。
夜になると。
必ず誰かが死ぬからだ。
哨戒兵。
斥候。
伝令。
一人。
また一人。
気付けば消えている。
犯人は分かっている。
魔王軍四天王。
闇宰相。
ヴァルツ。
剣で軍を壊す男ではない。
軍そのものを壊す男だ。
だから王国軍は歩く。
昼も。
夜も。
歩き続ける。
その列の中央。
騎士団長レオンが歩いていた。
鎧の音も静かだ。
副官が横に並ぶ。
「レオン様」
「言え」
副官は低く言った。
「兵の疲労が限界です」
レオンは前を見たまま答える。
「分かっている」
「ですがこのままでは」
レオンが言った。
「止まれば死ぬ」
副官は黙った。
それも分かっている。
野営すれば。
夜が来る。
そして。
ヴァルツが来る。
レオンが小さく言う。
「奴は剣で戦わない」
副官が聞く。
「では何で?」
レオンの声は静かだった。
「恐怖だ」
その瞬間。
後方から叫び声が上がる。
「敵襲!!」
副官が振り向く。
森が揺れていた。
次の瞬間。
影が飛び出す。
魔族兵。
剣を掲げて突撃してくる。
副官が叫ぶ。
「伏兵だ!!」
王国軍後衛が混乱する。
兵士が斬りかかる。
魔族兵が受ける。
金属音。
ガン!!
だが。
折れない。
王国兵が目を見開く。
「……何?」
もう一度斬る。
ガン!!
火花。
刃が弾かれる。
魔族兵が押し込む。
王国兵が叫ぶ。
「剣が!」
「欠ける!?」
王国軍の武器。
魔力鋳造。
量産武器。
魔族兵の剣。
タクミ鍛造。
重い一撃。
王国剣の刃が欠けた。
王国兵が後退する。
その先頭。
赤い髪の少女がいた。
剣を掲げる。
「突撃ッス!!」
魔族兵が雪崩れ込む。
鋼がぶつかる。
火花。
怒号。
後衛が崩れる。
副官が叫ぶ。
「戦線が崩れます!」
レオンは振り返った。
そして見た。
赤髪の少女。
軽い剣。
速い踏み込み。
鋭い斬撃。
副官が言う。
「敵指揮官です!」
レオンは剣を抜いた。
静かに言う。
「来たか」
副官が凍る。
「まさか……」
レオンは言った。
「最後の一押しだ」
副官の顔が変わる。
レオンは振り向かない。
「指揮を引き継げ」
副官が叫ぶ。
「レオン様!?」
レオンは前に出た。
「軍を逃がせ」
「殿は俺がやる」
副官が震える。
「無茶です!」
レオンは答える。
「必要だ」
剣を構える。
「ここで止める」
副官は理解した。
この男は。
もう決めている。
副官が叫ぶ。
「全軍前進!」
王国軍が動く。
後方を残し。
撤退する。
魔族兵が追う。
だが。
一人の騎士が立っていた。
騎士団長レオン。
リアナが止まる。
剣を肩に乗せる。
「騎士団長ッスね?」
レオンが答える。
「貴様が隊長だな」
リアナが笑う。
「止めるッス?」
レオンは言う。
「当然だ」
リアナが剣を構える。
「じゃあ」
ニヤッと笑う。
「行くッス」
地面を蹴る。
速い。
剣が走る。
レオンが受ける。
ガン!!
火花。
レオンの目が細くなる。
「……疾い」
リアナが笑う。
「試作品ッス!」
剣を軽く回す。
「軽くて強い!」
刃が光る。
「最高ッスよ!」
再び踏み込む。
連撃。
速い。
鋭い。
レオンが受ける。
だが。
三撃目。
違和感。
ガン!!
レオンの剣が震える。
リアナが笑う。
「いい剣ッスね」
踏み込む。
「でも」
剣を振る。
「それ鋳造ッスよね?」
レオンの眉が動く。
リアナが剣を掲げる。
「こっちは」
刃が光る。
「鍛造ッス」
次の瞬間。
激突。
ガン!!
衝撃。
レオンの剣に亀裂。
レオンが小さく言う。
「……なるほど」
リアナが笑う。
「強いッスよ」
踏み込む。
「でも」
一撃。
火花。
「押すッス」
激突。
そして。
バキッ
レオンの剣の刃が欠けた。
副官の叫びが遠くで響く。
「レオン様!!」
リアナが止まる。
レオンを見る。
レオンは剣を見た。
そして。
笑った。
「いい武器だ」
リアナが答える。
「いい鍛冶師ッス」
遠くで角笛が鳴る。
王国軍撤退完了。
レオンが剣を下ろす。
リアナは追わない。
レオンが言う。
「軍は逃げた」
リアナが頷く。
「ッスね」
レオンが言う。
「殿は終わりだ」
リアナが笑う。
「今日はここまでッス」
レオンは背を向ける。
歩き出す。
リアナが言う。
「騎士団長」
レオンが止まる。
リアナが笑う。
「次は勝つッス」
レオンは振り向かない。
ただ言った。
「俺もだ」
そして去った。
戦場には風だけが残る。
リアナが剣を見る。
刃は。
欠けていない。
リアナが笑う。
「タクミ」
剣を肩に乗せる。
「最高ッス」
遠くの丘。
ヴァルツが戦場を見ていた。
部下が言う。
「王国軍撤退」
ヴァルツは微笑む。
「そうですか」
静かに言う。
「柱は折れませんでした」
だが。
目が細くなる。
「しかし」
崩れた軍を見る。
「建物は壊れました」
ヴァルツが笑う。
「十分です」
風が吹いた。
そして。
この戦場で。
一つの事実が生まれた。
魔王軍はもう弱くない。
その理由は。
戦場にはいない。
炉の前にいる。
一人の鍛冶師だった。
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