第33話 氷姫セレナ
王国軍は後退していた。
崩れてはいない。
だが、余裕もない。
炎将バルグ。
あの怪物が戦場に現れた瞬間、前線は地獄になった。
兵士たちは今もその恐怖を引きずっている。
それでも軍が壊れない理由は一つ。
「隊列維持!」
レオンの声が響く。
「盾兵、前!」
「弓兵、後列!」
王国兵たちは必死に動く。
血の匂い。
焦げた土。
戦場の空気は重い。
副官が言った。
「レオン様……」
「炎将が追ってきません」
レオンは前を見たまま答えた。
「来ない」
「奴は戦う怪物だ」
「追撃は別の者がやる」
副官が眉をひそめる。
「別の者?」
レオンの声が低くなる。
「氷姫セレナ」
副官の顔色が変わる。
魔王軍四天王。
最も冷静。
最も残酷。
戦場を盤上の駒のように操る女。
その時だった。
斥候が叫ぶ。
「敵影確認!」
「丘の上です!」
兵士たちが振り向く。
遠くの丘。
そこに、一人の女が立っていた。
銀色の長い髪。
白い外套。
透き通るような青い瞳。
氷姫セレナ。
彼女は戦場を見下ろしていた。
まるで
盤面を見る棋士のように。
隣に立つ魔族が報告する。
「炎将が敵軍を突破しました」
セレナは小さく頷いた。
「予定通り」
部下が言う。
「さすが炎将です」
セレナは静かに首を振る。
「彼は役目を果たしただけ」
彼女の視線は王国軍へ向けられている。
「本番はここから」
彼女の腰には一本の細剣が下がっていた。
細身のレイピア。
黒い柄。
無駄のない造形。
部下がそれを見る。
「それは……」
「炎将と同じ鍛冶師の武器ですか」
セレナは静かに答えた。
「ええ」
柄に触れる。
「魔力の流れが綺麗」
少しだけ微笑む。
「合理的な剣ね」
それは
タクミが打った細剣だった。
セレナはゆっくりと剣を抜く。
だが敵を斬るためではない。
空へ向ける。
青い光が走る。
魔法陣が空中に広がった。
部下が驚く。
「指揮魔法……!?」
セレナは言う。
「いいえ」
細剣を軽く振る。
光が戦場へ走る。
「武器よ」
そして命じた。
「右翼」
細剣が空に線を描く。
「後退」
魔王軍右翼が動く。
それを見た王国兵が叫ぶ。
「敵が下がった!」
「右翼が崩れてる!」
別の兵が叫ぶ。
「今なら押し返せる!」
副官がレオンを見る。
「レオン様!」
「敵右翼が崩れています!」
レオンの目が細くなる。
「……違う」
副官が戸惑う。
「え?」
レオンは低く言った。
「罠だ」
だが。
すでに王国軍の一部が動いていた。
「突撃!」
「押し返せ!」
兵士たちが敵右翼へ突っ込む。
その瞬間。
セレナが言った。
「左翼」
細剣が空を切る。
「前進」
森の中から魔王軍が現れる。
王国兵の側面を突く。
兵士が叫ぶ。
「敵だ!」
「森の中に!」
セレナはさらに剣を動かす。
「中央」
青い魔法線が戦場を走る。
「後退」
中央の魔族が下がる。
王国兵はさらに前へ進む。
そして。
セレナは言った。
「包囲」
細剣が円を描いた。
その瞬間。
丘の裏。
森の奥。
川の向こう。
あらゆる方向から魔王軍が現れた。
王国兵が叫ぶ。
「なっ……」
「囲まれた!?」
完全包囲。
戦場が凍る。
レオンが呟いた。
「……見事だ」
副官が叫ぶ。
「どうします!?」
レオンは戦場を見渡す。
敵配置。
地形。
兵数。
そして言う。
「北」
副官が驚く。
「北!?」
「あそこにも敵が!」
レオンは頷く。
「少ない」
副官が息を呑む。
「突破……」
レオンは言う。
「ここで止まれば」
「全滅だ」
その頃。
丘の上。
セレナは静かに戦場を見ていた。
部下が報告する。
「王国軍包囲完了」
セレナは言う。
「殲滅」
その時だった。
別の魔族が叫ぶ。
「敵軍!」
「北へ突破!」
セレナの目が細くなる。
遠く。
王国軍が一点突破していた。
レオンが先頭に立っている。
部下が言う。
「追撃しますか?」
セレナは少しだけ考えた。
そして。
小さく笑った。
「優秀ね」
部下が首をかしげる。
「え?」
セレナは言う。
「普通の指揮官なら」
「全滅している」
細剣を見る。
タクミの武器。
「いい剣」
そして戦場の向こうを見る。
「次がある」
遠くで
地面が震えた。
森の奥から咆哮が響く。
王国兵たちが凍る。
巨大な影が現れる。
獣の耳。
岩のような体躯。
突撃軍団の王。
獣王ガルド。
彼は笑った。
「逃げたのか」
拳を鳴らす。
ゴキン。
「なら」
前を見る。
「次は俺だ」
丘の上。
セレナは細剣を鞘に収めた。
「戦争は」
静かな声。
「まだ終わらない」
もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価、感想などをいただけると執筆の励みになります! よろしくお願いいたします




