第31話 王国軍会議
王都軍事府。
重厚な石造りの建物の最上階。
長い楕円形の会議卓を囲むように、王国軍の高官たちが並んでいた。
壁には巨大な戦況図。
魔王軍との国境線。
赤と青の駒が無数に置かれている。
そのうち、青――王国軍の駒のいくつかには、黒い印がつけられていた。
損耗。
壊滅。
撤退。
静まり返った空気の中、誰も口を開かない。
やがて。
一人の男が口を開いた。
「……被害報告を」
低く、重い声だった。
王国軍第三軍団長。
グレイヴァス・アルドラン。
灰色の髭をたくわえた壮年の男。
王国でも屈指の歴戦の将軍である。
副官が資料をめくる。
「第三軍団前線部隊」
「三個大隊、戦闘不能」
「武器損耗率……七割」
ざわり、と会議室が揺れた。
「七割だと?」
「あり得ん……」
別の将校が吐き捨てる。
「魔王軍が強くなったのか?」
副官は首を振る。
「いえ」
「武器です」
沈黙。
全員の視線が一点に集まる。
「魔王軍の武器が……以前とは別物です」
そこで、一人の男が口を開いた。
長身。
黒髪。
鋭い目。
第三軍団所属。
レオン・アルヴァルト。
若き指揮官である。
「私も同じ報告を受けています」
静かな声だった。
だが会議室の空気を変えるには十分だった。
グレイヴァス軍団長が顎を引く。
「説明しろ」
レオンは立ち上がる。
戦況図の前へ歩く。
「魔王軍兵士の装備」
「これまで我々はこう認識していました」
レオンは机に置かれた剣を一本持ち上げた。
王国軍標準剣。
魔力鋳造によって作られた量産武器。
「魔王軍も同じ」
「魔力鋳造武器」
「我々より品質が低い」
「つまり」
レオンは剣を机に置く。
「武器では優位に立っていた」
将校の一人が頷く。
「その通りだ」
「魔族は個体能力は高いが装備が弱い」
「だから戦線を維持できていた」
レオンは静かに言う。
「その前提が」
「崩れました」
ざわめき。
「何だと?」
レオンは鞘から一本の剣を抜いた。
魔王軍兵士から回収された武器。
会議室の光を受けて、鈍い輝きを放つ。
「これが問題の武器です」
魔力鋳造製造部門の男が立ち上がる。
痩せた中年。
細い眼鏡。
王国の武器生産を統括する男。
魔力鋳造製造総監 ベルナーグ。
彼は剣を受け取り、じっと見つめた。
「……なるほど」
低い声だった。
将校が聞く。
「何が分かる?」
ベルナーグはゆっくり言う。
「これは」
「魔力鋳造ではありません」
会議室が凍る。
「何?」
「では何だ」
ベルナーグは剣の刃を指でなぞる。
「鍛造です」
「鍛冶武器」
その言葉に、何人かの将校が顔をしかめた。
「馬鹿な」
「そんな旧式技術が」
「戦場で通用するわけがない」
ベルナーグは淡々と言う。
「普通なら」
「その通りです」
彼は剣を机に置いた。
「ですが」
「この剣は別です」
将校が苛立つ。
「何が違う」
ベルナーグは短く答えた。
「硬度」
「靭性」
「魔力伝導」
「全て」
「魔力鋳造を上回っています」
沈黙。
誰も言葉を発せない。
やがて。
軍団長が低く言った。
「……つまり」
ベルナーグは頷く。
「魔王軍は」
「武器革命を起こしました」
その瞬間。
会議室の空気が重く沈んだ。
レオンが続ける。
「実際の戦場でも同じです」
「我々の剣は」
「折れる」
「欠ける」
「通らない」
彼は静かに言った。
「魔王軍の剣は」
「折れない」
「砕けない」
「鎧を斬る」
将校の一人が机を叩いた。
「馬鹿な!」
「そんなことが可能なら!」
「とっくに世界が変わっている!」
レオンは静かに答える。
「変わりました」
沈黙。
軍団長が低く言う。
「原因は何だ」
レオンは答えた。
「鍛冶師です」
「魔王軍に」
「とんでもない鍛冶師がいる」
ざわめき。
ベルナーグが腕を組む。
「私も同意見です」
「この品質」
「個人の技術です」
将校が吐き捨てる。
「たった一人の鍛冶師で戦争が変わると?」
レオンは静かに言う。
「変わります」
「武器は兵士の命です」
その言葉は重かった。
しばらく沈黙が続く。
やがて軍団長が言った。
「対策は」
レオンは迷わず言う。
「撤退」
会議室が爆発した。
「何だと!?」
「臆病者!」
「魔王軍ごときに!」
レオンは声を荒げない。
「現状の武器では」
「勝てません」
「戦線は崩壊します」
「兵が死ぬだけです」
将校が怒鳴る。
「王国軍が逃げるだと!?」
レオンは静かに言う。
「逃げるのではない」
「立て直す」
ベルナーグが腕を組んだ。
「……確かに」
「この武器差は致命的です」
だが。
軍団長はゆっくり首を振った。
「駄目だ」
レオンの目が細くなる。
「理由を」
軍団長は戦況図を見る。
「国境都市がある」
「そこを捨てれば」
「王国の威信は地に落ちる」
「民も動揺する」
彼はレオンを見る。
「持ちこたえろ」
レオンは静かに言う。
「無理です」
「兵が死にます」
軍団長の目が鋭くなる。
「軍人は死ぬものだ」
空気が凍る。
レオンの拳がわずかに震えた。
だが声は静かだった。
「……兵は」
「駒ではありません」
会議室が静まり返る。
軍団長は低く言う。
「感情論は要らん」
「戦線は維持する」
「以上だ」
会議は終わった。
椅子が引かれる。
将校たちが立ち上がる。
ざわめき。
不安。
怒り。
そして。
レオンだけが動かなかった。
戦況図を見つめている。
赤い駒。
魔王軍。
その一つに、黒い印がつけられていた。
報告書の文字。
炎将バルグ 出撃。
レオンは小さく呟く。
「……遅かったか」
副官が近づく。
「レオン様」
「どうします」
レオンはしばらく黙っていた。
そして言う。
「全軍に通達」
副官が頷く。
「はい」
レオンは戦況図から目を離さない。
「最悪を想定しろ」
副官が息を飲む。
「……バルグですか」
レオンは短く答える。
「ああ」
遠く。
国境の空。
赤い炎が上がっている気がした。
レオンは静かに言った。
「来るぞ」
「怪物が」
その頃。
国境戦線。
巨大な影が歩いていた。
炎のような赤髪。
全身に走る戦傷。
巨体。
魔王軍四天王。
炎将バルグ。
彼は新しい大剣を肩に担いでいた。
タクミが打った武器。
バルグは笑う。
「へぇ……」
「いいじゃねぇか」
剣を振る。
空気が裂ける。
そして。
前方の王国軍陣地を見る。
「さあ」
炎将は低く言った。
「戦争だ」
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