第21話 この鍛冶師を守る
魔王城の廊下は静かだった。
謁見が終わり、タクミたちは城の奥から戻る途中だった。
黒い石で造られた長い廊下。
窓から赤い夕日が差し込み、床に長い影を落としている。
さっきまで魔王の前にいたとは思えないほど、空気は静かだった。
誰も喋らない。
リアナは腕を組んだまま、ずっと黙っていた。
やがて。
タクミが言う。
「どうした」
リアナが振り向く。
「え?」
タクミ
「静かだ」
リアナは少し笑った。
「いや……」
頭をかく。
「頭追いついてないッス」
タクミは小さく頷いた。
「俺もだ」
カティアが歩きながら言う。
「当然です」
いつもの落ち着いた声だった。
「魔王様と直接会話する魔族など、普通は一生ありません」
リアナが大きく頷く。
「それッス!」
両手を広げる。
「しかも!」
タクミを見る。
「専属鍛冶師になれって言われて!」
「断るとか!」
タクミ
「断った」
リアナ
「断るッス!?」
タクミ
「断った」
リアナは頭を抱えた。
「普通断らないッスよ!?」
カティアが静かに言う。
「ですが」
「魔王様は怒りませんでした」
リアナ
「むしろ……」
リゼが言う。
「高評価」
短い言葉だった。
リアナが振り向く。
「マジッス?」
リゼ
「うん」
「かなり」
カティアも続ける。
「ええ」
「魔王様は明らかに興味を持っていました」
リアナがタクミを見る。
「なんでッスか」
タクミ
「さあ」
リアナ
「さあって」
タクミは少し考えた。
そして言う。
「鍛冶師だからだろ」
リアナ
「それ理由になるッス?」
タクミ
「なる」
リアナは首をかしげる。
タクミは歩きながら続けた。
「魔王は」
「戦争をしてる」
リアナ
「そうッスね」
タクミ
「戦争は」
「武器がいる」
リアナ
「うん」
タクミ
「いい武器があれば」
「勝つ」
リアナは少し止まった。
そして言う。
「タクミさん」
タクミ
「何だ」
リアナ
「自覚あるッス?」
タクミ
「何が」
リアナ
「自分」
指を向ける。
「とんでもないことしてるッス」
タクミは首を傾げた。
「武器を作っただけだ」
リアナ
「それッスよ!」
両手を振る。
「その武器で!」
「前線変わったんス!」
タクミ
「そうか」
リアナ
「そうかじゃないッス!」
カティアが言う。
「事実です」
リアナが振り向く。
カティアは続ける。
「前線戦死率」
「三割減少」
リアナ
「え」
カティア
「これは」
「異常な数字です」
リゼ
「戦術変化」
リアナ
「戦術?」
リゼ
「突撃増加」
「前線維持時間」
「倍」
リアナがタクミを見る。
「……」
タクミ
「知らなかった」
リアナは小さく笑った。
「でしょうね」
少し沈黙が流れる。
リアナは自分の剣に触れた。
腰の剣。
タクミが打った剣。
「前の剣」
「折れたッス」
タクミ
「知ってる」
リアナ
「もし」
リアナは少し言葉を止める。
「もしあれが」
「タクミさんの剣じゃなかったら」
少しだけ笑う。
「死んでたッス」
タクミは何も言わなかった。
リアナは続ける。
「前線って」
「そんな場所ッス」
剣を軽く叩く。
「剣が折れた瞬間」
「終わり」
リアナはタクミを見る。
「だから」
指を向ける。
「守るッス」
タクミ
「何を」
リアナ
「タクミさん」
タクミ
「俺?」
リアナ
「そうッス」
カティアとリゼも足を止めた。
リアナの顔は真剣だった。
「この鍛冶師」
「絶対死なせないッス」
タクミ
「大げさだ」
リアナ
「大げさじゃない」
真っ直ぐな目だった。
「この人がいれば」
「前線」
「変わる」
カティアが言う。
「同意します」
リアナが振り向く。
「カティアさんも?」
カティアは静かに頷く。
「タクミ殿は」
「魔王軍の戦力を変える存在です」
リアナ
「ほら!」
タクミ
「武器作ってるだけだ」
リゼ
「それ」
「革命」
タクミ
「革命?」
リゼ
「武器」
「戦争の基礎」
リアナ
「うわ」
「リゼが真面目なこと言ってる」
リゼ
「いつも」
リアナ
「そうッスね」
リアナは笑った。
でも。
その笑いはどこか誇らしそうだった。
「タクミさん」
タクミ
「何だ」
リアナ
「自分」
胸を叩く。
「この鍛冶師」
「守るッス」
その時だった。
重い足音が廊下の奥から響いた。
ドン。
ドン。
ドン。
全員が振り向く。
そこに立っていたのは――
巨大な影。
黒い毛皮のマント。
獣のような体格。
四天王。
獣王ガルドだった。
リアナが固まる。
「し……」
声が震える。
「四天王ッス!?」
ガルドは豪快に笑った。
「そんな驚くな」
リアナ
「驚くッスよ!」
「四天王ッスよ!?」
ガルドは肩をすくめた。
魔王軍最高幹部。
四天王。
魔王の側近であり、魔王軍最強戦力。
そして――
魔王に敬称を付けない数少ない存在でもあった。
ガルドはタクミを見る。
「鍛冶師」
タクミ
「何だ」
ガルド
「いい話してたな」
リアナ
「聞いてたんスか!?」
ガルド
「最初からだ」
リアナ
「最悪ッス!」
ガルドは笑う。
そしてタクミを見る。
「気をつけろ」
タクミ
「何に」
ガルド
「お前」
少し笑う。
「魔王に気に入られた」
沈黙。
リアナ
「それまずいッス?」
ガルド
「いや」
ニヤリと笑う。
「最高だ」
そして言う。
「魔王が気に入る奴は」
タクミ
「何だ」
ガルド
「だいたい」
笑う。
「世界変える」
廊下に静寂が戻った。
リアナが小さく言う。
「タクミさん」
タクミ
「何だ」
リアナ
「とんでもないこと」
「始まったッス」
タクミは言った。
「鍛冶だ」
リアナは笑った。
「うん」
そして剣を握る。
「だから」
真剣な目。
「守るッス」
その言葉は。
冗談ではなかった。
この鍛冶師がいる限り。
戦争は変わる。
そして。
世界も――
きっと変わる。




