第20話 魔王謁見
魔王城は、遠くから見ても異様な威圧感を放っていた。
黒い石で築かれた城壁は、まるで巨大な山そのもののように連なり、その上にそびえる塔は雲を突き刺すほど高い。
魔王軍の中心。
魔族の頂点。
この世界の均衡を揺らす存在が、そこにいる。
その城門の前に、タクミたちは立っていた。
リアナが空を見上げて言う。
「……でっかいッスね」
思わず口から出た言葉だった。
その声は、普段の威勢とは違って少し小さい。
カティアが横で言う。
「魔王城ですから」
いつも通りの冷静な声。
だがその瞳は、城を見上げたまま動かない。
リゼは短く言う。
「威圧結界」
リアナが振り向く。
「なにそれッス?」
「魔王の魔力」
短い説明だった。
だが十分だった。
城全体から、見えない圧力が降りてくる。
リアナが肩をすくめる。
「なんかこう……」
言葉を探す。
「空気が重いッス」
タクミは黙って城を見ていた。
石の質感。
城壁の構造。
門の厚み。
鍛冶師の目は、自然とそういうところを見てしまう。
リアナが言う。
「タクミさん緊張してないッス?」
タクミは少し考えて答えた。
「してる」
リアナが笑う。
「意外ッス」
タクミは城を見たまま言う。
「鍛冶師だ」
「戦場は慣れてる」
「だが」
少し間。
「王様とか」
「そういうのは慣れてない」
リアナは笑った。
「魔王ッスよ?」
タクミは頷く。
「そうだな」
その時だった。
城門が開いた。
重い石の扉が、ゆっくりと動く。
ゴゴゴゴ……
門の向こうから、魔王軍の兵士が現れる。
全員が整列していた。
槍を構え、道を作る。
先頭の兵士が言う。
「鍛冶師タクミ」
タクミが前に出る。
「俺だ」
兵士が一礼する。
「魔王様がお待ちです」
リアナが小さく呟く。
「うわぁ」
カティアが言う。
「行きましょう」
タクミたちは城の中へ入った。
城内は静かだった。
長い廊下。
黒い石の床。
壁には巨大な旗がかかっている。
魔王軍の紋章。
兵士たちは道の両側に立ち、動かない。
その間を歩く。
足音だけが響く。
リアナが小声で言う。
「完全に偉い人の道ッス」
リゼが言う。
「儀礼」
カティアは前を見たまま言う。
「魔王城では普通です」
だがその時。
タクミが止まった。
リアナが言う。
「どうしたッス?」
タクミは壁を見ていた。
掛けられた武器。
巨大な剣。
斧。
槍。
すべてが装飾されている。
だがタクミは言った。
「古い」
カティアが振り向く。
「分かりますか?」
タクミは頷いた。
「鍛え方が違う」
「昔の鋼だ」
リアナが言う。
「そんなの分かるんスか」
タクミは言う。
「鍛冶師だからな」
兵士が言った。
「こちらです」
巨大な扉の前に到着した。
玉座の間。
兵士が扉を押す。
ゴォォォ……
扉が開いた。
広い。
とにかく広い。
天井は高く、巨大な柱が並び、その奥に――
玉座があった。
そしてそこに座る存在。
魔王。
黒いマント。
長い黒髪。
赤い瞳。
その姿は静かだった。
だが、圧倒的だった。
魔力。
存在感。
空間そのものが支配されている。
リアナが思わず小さく言う。
「……すご」
玉座の左右には、四人の影。
四天王。
炎将バルグ。
氷姫セレナ。
獣王ガルド。
闇宰相ヴァルツ。
全員がタクミを見ていた。
兵士が声を上げる。
「鍛冶師タクミ!」
「入場!」
タクミは歩いた。
玉座の前まで。
そして止まる。
沈黙。
魔王が言った。
「顔を上げよ」
タクミは顔を上げた。
魔王と目が合う。
赤い瞳。
深い。
底が見えない。
魔王が言う。
「お前がタクミか」
タクミは頷く。
「そうだ」
ガルドが笑う。
「ずいぶん普通だな」
バルグが言う。
「武器を作る男には見えん」
セレナは黙っている。
ヴァルツだけが静かにタクミを観察していた。
魔王が言う。
「前線の武器」
「お前が作ったのか」
タクミ。
「そうだ」
魔王。
「理由を聞こう」
タクミは少し考えた。
そして言う。
「折れるから」
沈黙。
リアナが小さく呟く。
「タクミさん」
だが魔王は笑った。
「なるほど」
そして言う。
「それだけか」
タクミは答えた。
「武器は折れる」
「折れたら」
「死ぬ」
静かな声だった。
「だから折れない武器を作った」
沈黙。
セレナが言う。
「単純だ」
タクミ。
「そうだ」
セレナ。
「だが実行は難しい」
タクミ。
「そうでもない」
バルグが笑う。
「ほう?」
タクミは言う。
「鍛え方を変えただけだ」
魔王が興味深そうに言う。
「どう変えた」
タクミは答えた。
「鋼の温度」
「叩く回数」
「冷やすタイミング」
「全部変えた」
ガルドが笑う。
「それだけであの強さか?」
タクミ。
「それだけだ」
魔王が言う。
「面白い」
少し間。
「鍛冶とは何だ」
タクミは答えた。
「失敗の積み重ねだ」
魔王。
「ほう」
タクミ。
「折れる」
「曲がる」
「割れる」
「それを直す」
魔王は笑った。
「良い答えだ」
そして言う。
「お前の武器で」
「戦場は変わった」
タクミは言った。
「そうか」
魔王。
「興味はないか?」
タクミ。
「何に」
魔王。
「戦争に」
タクミは少し考えた。
そして言う。
「ない」
四天王が動く。
ガルドが笑う。
「面白い奴だ」
バルグ。
「戦争に興味がない鍛冶師か」
魔王が言う。
「では」
「何に興味がある」
タクミは言った。
「最高の一振り」
玉座の間が静かになった。
タクミは続けた。
「それだけだ」
「戦争でも」
「平和でも」
「関係ない」
魔王は笑った。
「気に入った」
そして言う。
「タクミ」
「魔王軍専属鍛冶師になれ」
リアナが叫ぶ。
「ええええ!?」
リゼ
「予測外」
カティアは静かに言う。
「……いえ」
「予測通りです」
タクミは魔王を見た。
そして言う。
「断る」
四天王が一斉に動いた。
ガルド
「は?」
バルグ
「何だと」
魔王は笑った。
「理由は」
タクミは言う。
「鍛冶は」
「自由じゃないと駄目だ」
沈黙。
魔王はしばらくタクミを見ていた。
そして――
笑った。
「なるほど」
「ますます気に入った」
玉座から立ち上がる。
圧倒的な魔力が広がる。
「ならば」
「自由に作れ」
そして言う。
「魔王軍工房」
「お前に任せる」
玉座の間が静まり返った。
こうして。
一人の鍛冶師は。
魔王軍の運命を変える存在になった。
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