第5節:最初の科学実験~濾過装置~
「さて、と。授業の準備を始めようか」
俺はそう言って、白衣の袖をまくった。
今回は、火を使うような大掛かりな装置は必要ない。この森と、村にあるもので全てが揃うはずだ。
「まずは、大きな甕をいくつか。底に穴を開けられるものがいい。それから、綺麗な布。着古したもので構わない。あとは……川原に行って、大きさの違う砂と小石を拾ってきてくれ。それと、森で燃え残った炭もだ」
俺が具体的な材料を挙げると、領民たちは顔を見合わせた。甕、布、石ころ、炭……どれも村にあるもの、あるいはすぐに手に入るものばかりだ。
「そ、そんなもので、本当に水が綺麗になるのか……?」
一人の若者が、恐る恐る尋ねる。
「ああ、なる。これから作るものは『濾過装置』という。簡単に言えば、水の通り道に大きさの違うフィルターを何層も置いて、ゴミを順番に引っ掛けて取り除いていく仕組みだ」
俺は地面に簡単な図を描いて説明する。
「一番大きなゴミは布で。次に大きなゴミは小石で。もっと小さなゴミは砂で……。そして、一番厄介な『目に見えない汚れ』と『嫌な匂い』は、この『炭』が吸い取ってくれる」
「炭が……汚れを吸い取る?」
「そうだ。炭には、目に見えない無数の小さな穴が空いている。その穴が、汚れを磁石のように吸い寄せるんだ。この現象を『吸着』という」
俺の説明に、領民たちは半信半疑といった様子だ。だが、「自分たちでも手に入れられる材料でできる」という手軽さが、彼らの警戒心を少しだけ解いたようだった。
何人かの男たちが、言われた通りに川原や森へと散っていく。
その間、俺は集落の男たちと一緒に、納屋から運び出した大きな甕の底に、慎重に穴を開けていった。
作業を見つめる領民たちの中に、自然とアリアが混じっている。彼女は、他の誰よりも熱心に、俺の言葉に耳を傾け、俺が描いた図を食い入るように見つめていた。
やがて、全ての材料が揃った。
底に穴を開けた三つの大きな甕。洗いざらしの麻布。大きさ別に分けられた小石と砂。そして、窯の隅から集めてきた木炭。
俺は、集まった全員が見えるように、広場の中心で濾過装置の組み立てを始めた。
「いいか、みんな。これは奇跡でも魔法でもない。誰でも、手順さえ覚えれば再現できる『理』だ。よく見て、覚えてくれ」
まず、一番下の甕の口に、清潔な布を被せて固定する。これが、最終的に濾過された水を受ける器だ。
その上に、底に穴を開けた二番目の甕を重ねる。
「この甕の底に、まず布を敷く。そして、その上に、一番粒の細かい『砂』を敷き詰める」
俺はアリアに手伝わせながら、丁寧に砂の層を作っていく。
「次に、砂の上にまた布を敷いて……今度は、もう少し粒の大きい『砂利』の層だ」
砂と砂利が混zらないように、布で仕切りを作るのがポイントだ。
「そして、一番上の甕。ここが一番重要だ。底に布を敷いたら、まず『小石』の層。次に布。そして、砕いた『木炭』の層。最後にまた布を敷いて、一番粒の粗い『砂利』の層を作る」
三段重ねの巨大な濾過装置が、目の前に完成した。見た目は不格好な甕の塔だが、これは人類の知恵の結晶だ。
「よし、完成だ」
俺は、井戸から汲んできたばかりの、白く濁った「呪われた水」を桶に満し、装置の一番上の段に、ゆっくりと注ぎ始めた。
領民たちが、ゴクリと喉を鳴らす音が聞こえた。




