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『召喚された俺のスキルは【理科】でした~辺境で始める科学文明再生記~』  作者: とびぃ


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第5節:揺らぐ信仰

ヴァレリウスは、答えられなかった。

彼が拠り所とする「神学」には、目の前で起きた「現実」を説明する言葉が、用意されていなかったのだ。

彼が、もし「それは神の御業だ」と言えば、なぜ神の奇跡が、異邦人の指示で、神官でもない村娘の手によって、ガラクタ同然の道具で、こうも簡単に再現できるのかを説明しなければならない。

かと言って、これを「悪魔の業だ」と断じれば、なぜ悪魔の業が、呪われた水を清め、不毛の地を蘇らせるという、神の慈悲にも似た結果をもたらすのかを、説明しなければならなくなる。

彼の論理は、完全に破綻していた。

「……詭弁だ」

ヴァレリウスは、ようやく、それだけを絞り出した。その声には、もはや先程までの絶対的な自信はなく、焦りと、わずかな苛立ちが混じっていた。

「神の奇跡を、人の浅知恵で模倣し、分解し、あまつさえ『手順』などと呼ぶこと自体が、神への冒涜だ! 貴殿がやっていることは、神が定めたもうた世界の秩序を、根本から破壊しようとする、最も危険な『思想』そのものだ!」

彼は、ついに「現象」への反論を諦め、「思想」そのものを断罪するという、最後の権威に逃げ込んだ。

「神を試す行為そのものが、許されざる罪なのだ! 領民たちよ、目を覚ませ! この男は、汝らの信仰を奪い、世界を混沌に陥れる、最大の異端者だ!」

その、半ば叫びにも似た断罪の言葉が、広場に響き渡った、その時だった。

「――違います!」

凛とした、しかしどこか震える声が、その場の空気を切り裂いた。

声の主は、ずっと俺の隣で実験を手伝っていた、アリアだった。

彼女は、恐怖を振り払うように一歩前に出ると、神殿の最高権力者であるヴァレリウスを、その真っ直ぐな瞳で、射抜くように見つめた。

「アリア……!」

俺が制止するより早く、彼女の言葉が溢れ出した。

「聡先生は、神様を冒涜なんてしていません!」

彼女の瞳には、涙が浮かんでいた。だが、それは恐怖の涙ではなかった。自分たちが信じるものを、理不尽な権威によって捻じ曲げられることへの、憤りの涙だった。

「先生が教えてくれたのは……神様が作った、この世界の『仕組み』です!」

ヴァレリウスが、その予想外の反論に、目を見開く。

「水が、上から下に流れるように。火が、物を燃やすように。炭が、汚れを吸い取る。紫の花が、酸っぱいもので赤くなる。それも、きっと神様が決めた、大切な『ことわり』のはずです!」

アリアは、震える手で、濾過されたばかりの清らかな水を、そっとすくい上げた。

「私たちは、その仕組みを『学んだ』だけです! 神様が作ってくださったこの世界で、神様が与えてくださった知恵を使って、私たちが賢くなって、自分たちの力で、お腹いっぱいご飯を食べて、病気に苦しまずに生きていけるようになることが……どうして、罪になるんですか!」

アリアの、魂の叫びだった。

それは、俺が教えた科学の知識が、彼女の中で、彼女自身の言葉となって、古い権威に立ち向かう力となった瞬間だった。

その叫びは、伝染した。

「そうだ!」

最初に声を上げたのは、ボルツだった。彼は、神殿騎士の制止を振り払い、立ち上がっていた。

「俺は、先生のおかげで、鉄が生まれ変わる『理』を知った! 炭素が多すぎりゃ脆くなる、少なすぎりゃ柔らかすぎる! 神様に祈るだけじゃ、鋼は打てねえんだ! 自分の頭で考え、自分の腕で試す! それが、俺たち職人にとっての『真実』だ!」

「その通りじゃ!」と、セーラお婆さんが続いた。彼女も、いつの間にか立ち上がっていた。

「神は、試練だけをお与えになるのではない。試練を乗り越えるための『知恵』も、必ずどこかに隠しておられる。聡様は、わしらに、その知恵の見つけ方を教えてくださった。薬草の中に、土の中に、灰の中に隠された、神様の『答え』をな!」

「そうだ!」「俺たちは領主様に救われたんだ!」

「神殿様は、俺たちを見捨ててたじゃねえか!」

「領主様の『理科』の方が、よっぽど俺たちのことを助けてくれる!」

一人、また一人と、領民たちが声を上げ始めた。それは、もはや異端者から信者を守るための「審問」の場ではなかった。

それは、旧態依然とした権威に虐げられてきた民が、自らの手で掴んだ「知恵」を武器に、初めて「王」に反旗を翻した、革命の瞬間だった。

ヴァレリウスに従ってきた他の神官たちは、その光景に、完全に気圧されていた。彼らの顔には、領民たちへの怒りよりも、むしろ、目の前で起きている「常識の崩壊」に対する、畏怖と動揺の色が濃く浮かんでいた。

特に、ヴァレリウスの後ろに控えていた、テオと名乗っていた若い神官は、目の前の「再現可能な奇跡」と、アリアの純粋な言葉に、最も激しく心を揺さぶられているように見えた。

彼らの信仰が、アリアという一人の村娘の、素朴で、しかし何よりも強い「真理」の言葉によって、根底から揺さぶられていた。

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