表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『召喚された俺のスキルは【理科】でした~辺境で始める科学文明再生記~』  作者: とびぃ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/64

第6節:生産性の壁

最初の収穫の日は、村を挙げての祭りとなった。

実験区画で育った豆は、これまでのグレイウォールでは見たこともないほど、ぷっくりと太り、さやの中には大粒の実がぎっしりと詰まっていた。収穫量は、従来の畑の三倍以上に達した。

茹でたての豆を頬張った領民たちは、「甘い!」「こんなに美味い豆は初めてだ!」と、涙ながらにその恵みを味わった。痩せた土地でも育つという理由だけで、味もそっけもなかった豆が、本来の豊かな風味を取り戻したのだ。

科学の勝利。誰もがそう確信し、来年への希望に胸を膨らませた。

だが、俺だけは、その熱狂の中心で、冷静に次の課題を見据えていた。

祭りの夜、村の広場で焚火を囲みながら、俺は長老と、科学教室の生徒たちに切り出した。

「今回の成功は素晴らしい。だが、これはまだ第一歩だ。本当の戦いはこれからだぞ」

俺の言葉に、浮かれていた若者たちが顔を引き締める。

「領主様、どういうことです?」

アリアが尋ねる。

「考えてもみろ。今回、俺たちが改良できたのは、畑全体のほんの一角だけだ。この村の全員が腹いっぱい食べるには、領内の畑すべてを、あの実験区画と同じ状態に改良しなきゃならない」

そのために必要な堆肥の量、腐葉土の量、そして労働力を考えると、気の遠くなるような作業だ。

「それだけじゃありません」と、アリアが続けた。「改良した畑を耕すにしても、今のままじゃ……」

彼女の視線の先には、壁に立てかけられた農具――くわがあった。金属の刃先は欠け、歪み、木製の柄にはひびが入っている。

「そうだ。最大の問題は、そこだ」

俺は、そのボロボロの鍬を手に取った。

「この土地は、長年の放置で固く締まっている。土壌改良で多少はマシになったが、それでも開墾するには、あまりにも道具が貧弱すぎる。これじゃあ、一本耕すだけで刃こぼれし、一時間も使えば柄が折れてしまう。これでは生産性が上がらない」

生産性、という言葉に、皆がピンとこない顔をした。

「つまり、一人の人間が、一日に耕せる畑の広さには限界がある、ということだ。もっと頑丈で、もっと長持ちする、質の良い農具が大量に必要になる」

その時だった。

「……言うのは簡単だがな」

輪の外から、低く、不機嫌そうな声が響いた。

声の主は、昼間も俺たちの様子を窺っていた、鍛冶師のボルツだった。彼は、大ぶりのジョッキを片手に、苦虫を噛み潰したような顔で俺を睨みつけていた。

「領主様が、そこらの石ころで綺麗な水を作ったり、肥溜めで畑を蘇らせたりする、不思議な術の使い手だってことは認めてやる。だがな、鉄はそんなまやかしじゃどうにもならねえんだ」

ボルツは、俺が持つ鍬を顎でしゃくった。

「あの鍬が、今の俺と、この村の鉄で打ち出せる、最高のモンだ。うちの鉱山から採れる鉄鉱石は不純物が多くてな。いくら腕利きの俺が鍛えたところで、脆くて使い物にならねえ農具しかできねえ。それが現実だ」

彼の言葉には、職人としてのプライドと、どうにもならない現実への諦念が滲んでいた。

「材料が悪けりゃ、どんな名人でも傑作は作れねえ。あんたの言う『頑丈な農具』なんてのは、王都にいるような金持ち貴族が、遠い国の高品質な鉄で特注させるような代物だ。こんな辺境じゃ、夢物語なんだよ」

ボルツはそう吐き捨てると、ジョッキの酒をぐいと煽った。

広場は、水を打ったように静まり返る。さっきまでの楽観的な空気は消え失せ、重苦しい沈黙が支配していた。

ボルツの言うことは、おそらくこの世界の「常識」なのだろう。素材の質が、製品の質を決める。それは、科学を知らない世界では、絶対の真理に違いなかった。

だが。

(……違うな)

俺は、内心で静かに反論した。

素材が悪い? 不純物が多い?

それは「終わり」じゃない。「始まり」だ。

なぜ脆いのか? その不純物の正体は何なのか? どうすれば、それを取り除けるのか? あるいは、その不純物を逆用して、より強い金属を生み出すことはできないのか?

俺の【観察者の眼】が、疼きだすのを感じた。

俺は、ボルツに向き直った。

「ボルツさん、だったか」

「……なんだ」

「あんたは、自分の腕に誇りを持っている。それは素晴らしいことだ。だが、あんたはまだ、あんたが扱っている『鉄』そのもののことを、本当の意味で理解してはいないんじゃないか?」

「なんだと……?」

ボルツの眉が、険しく吊り上がった。

俺は、不敵に笑って見せた。

「明日、あんたの仕事場――鍛冶場を見せてもらう。俺の『理科』の力と、あんたの職人の技を合わせれば、この村の『鉄』は、もっと強くなる。王都のどんな高級品にも負けない、『鋼』に生まれ変わるはずだ」

俺の宣戦布告にも似た言葉に、ボルツは呆気にとられたような顔をした後、鼻で笑った。

「……面白い。言ったな、若造。そこまで言うなら、見せてみやがれ。あんたの『理科』とやらが、この俺の槌と炉に勝てるもんならな」

こうして、俺の次の授業のテーマが決まった。

土と生命の次は、『鉄と炎の化学』だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ