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『召喚された俺のスキルは【理科】でした~辺境で始める科学文明再生記~』  作者: とびぃ


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第3章:鉄は熱いうちに 第1節:古き職人のプライド

祭りの熱狂が冷めやらぬ翌朝、俺は一人、集落の端にある鍛冶場へと向かっていた。昨夜のボルツの言葉が、まるで鉄床を打つ槌の音のように、頭の中で反響していたからだ。

「材料が悪けりゃ、どんな名人でも傑作は作れねえ」

それは、この世界の職人にとっての絶対的な真理なのだろう。だが、俺の知る科学の世界では、それは単なる出発点に過ぎない。

カンッ! カンッ!

鍛冶場に近づくにつれて、リズミカルで、しかしどこか苛立ちを秘めたような槌の音が聞こえてくる。中を覗くと、上半身裸のボルツが、汗だくになりながら真っ赤に焼けた鉄塊を鍛えていた。齢は四十を過ぎているだろうが、その腕や肩の筋肉は、長年の労働によって鋼のように盛り上がっている。間違いなく、一流の職人だ。

彼は俺の視線に気づいたが、無視して作業を続けた。火花が激しく飛び散り、熱気がここまで伝わってくる。俺はしばらく、彼の仕事ぶりを黙って観察した。

彼の仕事は丁寧だった。炉から取り出した鉄塊を、槌で叩いて不純物を叩き出し、折り返し、また叩く。何度も、何度も。それは経験則から編み出された、最良の製法なのだろう。だが、彼の表情は険しい。完成した鍬の刃先を、彼は苦々しげに眺めている。

「……何の用だ。冷やかしなら帰りな」

作業を一段落させたボルツが、汗を拭いもせず、低い声で言った。

「あんたの仕事を見に来た」

俺は率直に答えた。そして、鍛冶場の中へと一歩足を踏み入れる。

「ボルツさん。あんたが扱っている鉄鉱石を、少し見せてもらえないか?」

「……好きにしな」

ボルツは興味なさそうに言い放つと、ふいごの操作を始めた。俺は鍛冶場の隅に積まれた、赤黒い鉱石の山に近づき、その一つを手に取った。

「【観察者の眼】」

意識を集中させると、視界が情報に書き換えられる。

《対象:グレイウォール産 鉄鉱石》

《主成分:

 ・赤鉄鉱(Fe₂O₃):68%

 ・磁鉄鉱(Fe₃O₄):5%

《不純物:

 ・二酸化ケイ素(SiO₂):12%

 ・硫黄(S):3.5%

 ・リン(P):2.1%

 ・その他:9.4%

《総合所見:鉄含有率は平均的だが、鋼の品質を著しく劣化させる硫黄とリンの含有率が高い。特に硫黄は高温で鉄を脆くする「赤熱脆性」の原因となる。》

「……なるほどな」

やはり、素材に問題はある。特に硫黄とリン。こいつらは鋼の天敵だ。だが、問題はそれだけじゃない。俺は、ボルツが使っている炉に目を向けた。石と粘土で固められた、原始的な竪型炉。いわゆるブルーム炉に近い構造だ。

「ボルツさん、この炉じゃ温度はどれくらいまで上がるんだ?」

「……知るか。真っ白になるまで熱すれば、鉄は沸く。代々、そうやってきた」

「沸く、か。だが、それでは鉄と一緒に、余計なものまで溶け込んでいるんじゃないか?」

俺は再び【観察者の眼】で、稼働中の炉の内部を分析した。

《炉内最高到達温度:約1200℃》

《問題点:

 ・温度が不均一で、還元が不完全な箇所が存在。

 ・燃料の木炭と鉄鉱石が直接接触するため、過剰な炭素が鉄に溶け込みやすい。結果として生成されるのは、炭素量が多すぎて脆い「銑鉄せんてつ」に近い性質を持つブルーム(海綿鉄)となる。

原因は明確だった。素材の問題に加え、製法にも大きな欠陥がある。この炉では、不純物を取り除くどころか、逆に鉄を脆くする炭素を過剰に吸収させてしまっているのだ。

「あんたの鉄が脆いのは、鉱石のせいだけじゃない。この炉と、燃料の木炭の量が原因だ」

俺がそう指摘した瞬間、ボルツの動きがピタリと止まった。

「……なんだと?」

地を這うような低い声。彼の全身から、怒りのオーラが立ち上るのがわかった。

「この炉は、親父から受け継いだもんだ。親父は、そのまた親父から……。グレイウォールの鍛冶師が、何代もかけて改良してきた、最高の炉だ。それを……昨日今日来たばかりの、槌も握ったことのねえ若造が、何様のつもりだ!」

ボルツは、手に持っていた火かき棒を床に叩きつけた。ガシャン!と耳をつんざく音が響く。

「あんたが水や土で何をやったか知らねえが、鉄と炎の世界を舐めるんじゃねえ! これは、まやかしや口先でどうにかなるもんじゃねえんだ! 俺たちが何年も、何十年も、汗と火傷を重ねて積み上げてきた技なんだよ!」

彼の怒りは、自身のプライドを傷つけられたことに対するものだけではない。それは、先祖代々受け継がれてきた伝統と、その上でなお理想の鉄が打てない自らの技術への、もどかしさと怒りがない交ぜになった、職人の魂の叫びだった。

「出ていけ! あんたのような素人に、俺の仕事場を荒される筋合いはねえ!」

ボルツの剣幕に、俺はひとまず引き下がるしかなかった。だが、彼の怒りの奥にある、本物の職人としての情熱は、確かに感じ取れた。

(……わかったよ、ボルツさん。あんたが納得できないのは、俺がまだ『なぜ』を説明していないからだ。だったら、見せてやる。あんたの経験則を超えた、科学という名の、揺るぎない理屈を)

俺は鍛冶場を後にしながら、次の授業のカリキュラムを頭の中で組み立て始めていた。

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