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NBAマニアによるNBA 底なし沼講座~知識編~  作者: 十六夜亰也
用語解説&知識入門編
21/28

チーム別1試合最多得点ベスト3③

■デンバー・ナゲッツ


1位 73点 デビット・トンプソン 1978年

2位 54点 アレックス・イングリッシュ 1985年

2位 54点 マイケル・アダムス 1991年


当時2年目ながら歴代3位(現在は歴代4位タイ)の73点をマークしたデビット・トンプソンは脅威のオフェンスマシンでしたが、ドラッグ中毒によってキャリアは短く、1984年にはNBAから消えています。

1970~80年代はNBAにもドラッグが蔓延していた暗黒の時代です。


アレックス・イングリッシュは1983年には得点王にもなった得点マシーンでした。


マイケル・アダムスは178㎝の司令塔として活躍しました。

歴代最低身長のマグジー・ボーグス(160㎝)も同時代に活躍した司令塔です。

この時代は180㎝以下の選手が数名プレーしていた珍しい時代でもあります。


■ミネソタ・ティンバーウルブズ


1位 56点 カール・アンソニー・タウンズ 2018年

2位 52点 モー・ウィリアムズ 2015年

3位 51点 ケビン・ラブ 2012年

3位 51点 コーリー・ブリューワー 2014年


タウンズは3シーズン目の22歳で球団最多得点者になっていますが、これは他のチームにはない記録ではないでしょうか。


モー・ウィリアムズは当時シーズン前半の在籍で平均14.2Pの成績ながら、当日はシュートが面白いように決まって当時の球団記録を更新するという快挙を果たしましたが、後日移籍することになります。


ケビン・ラブは当時、ケビン・ガーネットの後釜でエースとして活躍していました。


コーリー・ブリューワーもこの試合で突如覚醒したパターンです。

フロリダ大でNCAA2連覇を果たしてNBAの世界に入ったブリューワーでしたが、当時はすでにジャニーマン(移籍を繰り返す選手)となっていました。

このシーズンは平均12.3Pで30P越えは一度もない平均的なロールプレイヤーに過ぎなかったブリューワーがこの試合で覚醒したのです。


ウルブズは何か他のチームと毛色の違うランキングになってしまっていますね。


ちなみに『ウルブズ最高の選手』と形容されるケビン・ガーネットは47Pが自己最多で6位タイになっています。

これは少々意外でしたね。



■オクラホマシティ・サンダー


1位 58点 フレッド・ブラウン 1974年

1位 58点 ラッセル・ウエストブルック 2017年3月

3位 57点 ラッセル・ウエストブルック 2017年3月


ブラウンは1970~80年代前半にかけてのエースだった選手です。


ウエストブルックはサンダーの前身であるシアトル・スーパーソニックスの最後のドラフト1巡目指名選手です。

2016-17シーズンのウエストブルックは選手として最盛期にあり、3月には2回の50P越えを達成し、このシーズンは自身初のシーズントリプルダブルを達成、2回目の得点王、4回の50P越えなど最高のシーズンを送ってシーズンMVPを受賞しました。


サンダー在籍9シーズンで4回の得点王に輝いているケビン・デュラントの最多得点は4位タイの54Pで2014年にマークしています。



■ポートランド・トレイルブレイザーズ


1位 61点 ダミアン・リラード 2020年1月

1位 61点 ダミアン・リラード 2020年8月

3位 60点 ダミアン・リラード 2019年11月

4位 59点 ダミアン・リラード 2017年


ブレイザーズの1~4位を独占しているのが、2012年のドラフト入団からブレイザーズ一筋のエースであるリラードです。

リラードは歴代8位タイの11回の50P越えを達成している、チームだけでなくNBAを代表するスコアリングガードです。


特に咋季のリラードは凄まじく、ウィルト・チェンバレン以来史上2人目の1シーズンに3回の60P越えを達成しています。(1~3位は咋季の記録です)

得点王になったことはありませんが、入りだしたら止まらないシュートは脅威でしかなく、ゾーンに入った時に見せる爆発的なオフェンスは歴代屈指かもしれません。

正にリラードはMax契約に相応しい選手です。



■ユタ・ジャズ


1位 68点 ピート・マラビッチ 1977年

2位 61点 カール・マローン 1990年

3位 57点 エイドリアン・ダントリー 1982年


1位は【ピストル・ピート】ことピート・マラビッチです。

独創的なプレーでジュリアス・アービングと共に1970年代を代表する選手として活躍した名司令塔です。

あまり名前が知られていないのは現役生活が短かったためでしょうか。

このシーズンは平均31.1Pで得点王になっています。


カール・マローンは相棒ジョン・ストックトンとの名コンビで活躍した通算得点歴代2位に君臨する得点マシンです。

17シーズン連続平均20P以上と抜群の安定感がありましたが、優勝や得点王には縁がありませんでした。

その原因はマイケル・ジョーダンにあります。

個人としては1989~92年に得点ランキング2位になりましたが、得点王はジョーダンでした。

チームとしては1997年、1998年と2シーズン連続でファイナルに進出しましたが、ジョーダン擁するブルズに優勝を阻まれました。

歴代でも屈指の名選手でしたが、ジョーダンと同じ時代にプレーしたことが不運であったとしか言えません。

バルセロナ五輪、ドリームチームのメンバーでした。



■シカゴ・ブルズ


1位 69点 マイケル・ジョーダン 1990年

2位 64点 マイケル・ジョーダン 1993年

3位 61点 マイケル・ジョーダン 1987年

3位 61点 マイケル・ジョーダン 1987年


ブルズの得点記録は『神様』ジョーダンの独壇場です。

全盛期に1年半の引退期間(1993~1995年)があったことから、ブルズでのプレーは実質12年間でしたが、2万9277P(キャリア通算では3万2292P)、平均31.5P(キャリア平均30.1Pは歴代1位)と圧倒的な得点力を発揮しています。

ジョーダンは4回の60Pオーバーを含めて31回の50Pオーバーをマークしていますが、そのうち26回が最初の引退の1993年までにマークしています。


ジョーダンのキャリア最多得点である69Pはリーグでは歴代12位と『神様』にしては控えめですが、プレイオフでは2年目のセルティックス戦でマークした63Pが今でも歴代1位です。

この試合後に当時セルティックスのエースでスーパースターだったラリー・バードが『あれはジョーダンの姿をした神だ』という名言を発したのです。



■クリーブランド・キャバリアーズ


1位 57点 レブロン・ジェームス 2017年

1位 57点 カイリー・アービング 2015年

3位 56点 レブロン・ジェームス 2005年


2016年の初優勝に貢献したドラフト1位指名コンビのレブロンとアービングが共に57Pでキャブスの最多得点記録保持者となってぃす。


レブロンはヒート移籍を挟んで、計11シーズンをキャブスでプレーしていますが、9回の50Pオーバーのうち8回を2009年までにマークしています。

またルーキーシーズンを除く2年目から平均25P以上を現在まで継続中で、これが通算得点歴代最多を射程圏内に捉えている選手の凄さでもあります。



■デトロイト・ピストンズ


1位 57点 ジェリー・スタックハウス 2001年

2位 56点 ゲリー・トリプカ 1983年

3位 54点 デイブ・ビング 1971年


3回の優勝を誇るピストンズですが、ディフェンスで勝ち上がった印象が強く優れたスコアラーがいるイメージがありません。


スタックハウスは得点王の経験はありませんが、時代を代表するスコアラーでした。

ビングは得点王の経験もある名スコアラーでした。




■インディアナ・ペイサーズ


1位 57点 レジー・ミラー 1992年

2位 55点 ジャーメイン・オニール 2005年

3位 53点 TJ・ウォーレン 2020年



 トップに立つのは、18年のキャリアすべてをペイサーズに捧げた名シューター、ミラーだ。入団6年目の1992年11月のホーネッツ戦で、ナイトが持っていた球団記録を更新。50点超えはキャリアでこの1度きりだったが、通算2万5279点は2位を1万点以上引き離し球団1位に君臨している。ただ記録以上にファンの記憶に刻まれるのが、“ミラー・タイム”と称された土壇場での勝負強さ。記録、人気、貢献度などすべて含めてフランチャイズ史上最高の選手と言っていいだろう。




■ミルウォーキー・バックス


1位 57点 マイケル・レッド 2006年

2位 55点 カリーム・アブドゥル・ジャバー 1971年

2位 55点 ブランドン・ジェニングス 2009年


2位タイで並ぶジェニングスはプロ1年目、それもデビュー7戦目に55Pのハイパフォーマンスを披露しています。

ルーキーシーズンとしてはウィルト・チェンバレンの58P、リック・バリーの57P 、アール・モンローの56P、エルジン・ベイラーの55Pなどのレジェンドが打ち立てた記録に並ぶ歴代4位タイという大記録でした。

しかしジェニングスの選手生命は短命に終わっています。


ジャバーについては説明不要、キャリア通算得点歴代最多を誇る名選手です。

1969年のドラフト1位でバックスに指名されて入団し、2年目には得点王とシーズンMVPを受賞して創設3年目のチームを優勝に導くなど大活躍しました。

1975年にレイカーズへ移籍して『ショータイム・レイカーズ』で中心選手として活躍しましたが、バックスでプレーした6年間でMVP3回、得点王2回、50オーバー10回と圧倒的な成績を残しています。


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