旅立ちと別れ
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村での一件を終えたジェスターとリリィは、再び冒険者ギルドへと顔を出していた。
「──なるほどな。依頼は無事に達成、と」
ギルドマスターのモルドは、ジェスターから受け取った報告書に目を通し、満足そうに頷いた。
『ヨホホ! これにて一件落着でございます!』
「そうか。ご苦労だったな」
「えへへ、頑張ったわ!」
リリィが胸を張る。
そんな二人を見て、モルドは小さく笑った。
「まったく、お前らは本当に規格外だな。初任務からあんな騒ぎを起こすとは思わなかったぞ」
『おやおや、ワタクシたちは至って真面目に任務をこなしたつもりですが?』
「その結果があれだから言ってるんだよ」
『ヨホホホ!』
ジェスターは愉快そうに笑った。
こうして、二人の最初の依頼は幕を閉じた。
それからというもの、ジェスターとリリィは町を拠点に冒険者として活動することになった。
もっとも、最初から大きな依頼を受けられるわけではない。
冒険者ランクはD。
まずは小さな依頼をこなし、実績を積み重ねていく必要があった。
そして二人は、数え切れないほどの依頼を引き受けていくことになる。
それは、時に賑やかで、時に穏やかで、そして何よりも平和な冒険者生活だった。
────
ある日の昼下がり。
冒険者ギルドの掲示板の前で、ジェスターとリリィは依頼書を眺めていた。
「うーん……どれにしようかしら」
『おやおや、リリィちゃん。随分と悩んでおりますねぇ』
「だって、どれも似たような依頼ばかりなんだもの」
『ヨホホ! それでは、こちらなどいかがでしょう?』
ジェスターが一枚の依頼書を指差す。
そこには、こう書かれていた。
──失くした指輪を探してほしい。
「指輪探し?」
『ええ。依頼主は町に住むご婦人のようですねぇ』
「うん! これにしましょう!」
こうして二人は、依頼主のもとへ向かった。
依頼主は、町の一角にある小さな家に住む女性だった。
「すみませんねぇ。大切な指輪なのですが、どこを探しても見つからなくて……」
「任せてください!」
リリィが元気よく答える。
『ヨホホ! ワタクシたちにお任せあれ! 必ずや見つけてご覧に入れましょう!』
女性の話によれば、指輪を最後に見たのは昨日の夕方。家事をしている最中に外したらしい。
「それじゃあ、家の中を探しましょう!」
「ええ、お願いします」
リリィはさっそく部屋の中を探し始めた。
一方のジェスターは、部屋を一通り見回すと、ふむふむと頷く。
『なるほどなるほど……これはなかなか興味深い事件ですなぁ』
「何か分かったの?」
『いいえ、さっぱりでございます!』
「もう!」
リリィが頬を膨らませた。
それから二人は、家具の隙間や棚の裏、台所の周辺までくまなく探した。
しかし、指輪は見つからない。
「うーん……どこにもないわね」
『これは困りました。まさか、指輪が自ら歩き出したわけでもありますまい』
「そんなわけないでしょ!」
『ヨホホ! 冗談でございますよ』
ジェスターはそう言うと、部屋の隅に置かれた籠へ目を向けた。
『ところで、ご婦人。こちらの籠は何に使われているのでしょう?』
「それは洗濯物を入れておく籠ですよ」
『ふむ……』
ジェスターは籠の中を覗き込む。
すると、洗濯物の隙間に小さな光が見えた。
『おや?』
手を伸ばして取り出してみると、そこには探していた指輪があった。
「あっ! それです! 私の指輪!」
「見つかったのね!」
『ヨホホホ! 事件解決でございます!』
女性は何度も頭を下げ、二人に感謝した。
その後、ギルドへ戻る道すがら。
「結局、ジェスターが見つけたじゃない」
『ヨホ? リリィちゃんも随分と頑張っていたではありませんか』
「でも、最後に見つけたのはジェスターだもの」
『それでは、次の依頼ではリリィちゃんに一番手柄を譲るといたしましょう!』
「本当!?」
『ええ、もちろん!』
「絶対よ!」
『ヨホホ! 約束でございます!』
そんな他愛のない会話を交わしながら、二人はギルドへと戻っていった。
────
別の日。
二人は町の近くにある草原へとやってきていた。
今回の依頼は薬草の採取。
薬屋から指定された薬草を、必要な数だけ集めてくるというものだった。
「この辺りに生えているはずよね?」
『ええ。依頼書によれば、日当たりの良い場所を好むそうですなぁ』
「それなら、あっちの方かしら」
リリィが草原の奥を指差す。
『ヨホホ! では、参りましょう!』
二人は草原を歩きながら、目的の薬草を探し始めた。
風が草を揺らし、遠くでは小鳥のさえずりが聞こえる。
普段の町中とは違う、穏やかな空気が流れていた。
「ねえ、ジェスター」
『何でしょう、リリィちゃん?』
「こういう依頼も悪くないわね」
『ほう?』
「魔物と戦ったり、危ない場所に行ったりするのも冒険者らしいけど……こうやってのんびり歩くのも楽しいわ」
『ヨホホ! 確かに。冒険とは、必ずしも命を懸けるものばかりではありませんからねぇ』
「そうよね!」
リリィは嬉しそうに頷いた。
その時、彼女の足元に小さな花が咲いているのが目に入った。
「あら、綺麗な花」
『おやおや。薬草ではございませんよ?』
「分かってるわよ。見るくらいいいじゃない」
『ヨホホ! これは失礼』
リリィはしゃがみ込み、花をそっと眺めた。
その横でジェスターも、周囲の草花を興味深そうに見渡している。
結局、薬草を集め終えるまでに二人は予定よりも少し長く時間をかけてしまった。
それでも、採取した薬草は十分な量だった。
「これで依頼達成ね!」
『ええ! 実に穏やかで、すんばらしい冒険でございました!』
「ふふっ。そうね!」
帰り道、リリィは摘んだ小さな花を大切そうに手に持っていた。
────
町の酒場から、臨時の手伝いを頼まれたこともあった。
店員の一人が体調を崩してしまい、人手が足りなくなったらしい。
「いやぁ、助かったよ! 二人とも本当にありがとう!」
『ヨホホ! 困った時はお互い様でございます!』
「私も頑張るわ!」
リリィは元気よく返事をすると、さっそく料理を運び始めた。
ジェスターはというと、店主から頼まれた皿洗いや配膳をこなしながら、客たちの様子を眺めていた。
「おい、そこの道化師! こっちに酒を一杯頼む!」
『かしこまりました! ただし、飲みすぎにはご注意を!』
「がははは! 余計なお世話だ!」
酒場には笑い声が響く。
最初こそ奇妙な格好の二人に驚いていた客たちも、今ではすっかり慣れた様子だった。
「お嬢ちゃん、こっちにも料理を頼むよ!」
「はーい!」
リリィが料理を運ぶ。
すると、別の客が彼女に声をかけた。
「おや、リリィちゃん。今日はジェスターと一緒にお手伝いかい?」
「そうよ! お仕事なの!」
「偉いねぇ。ほら、これをあげよう」
客が小さな焼き菓子を差し出す。
「わぁ! ありがとう!」
『おやおや、リリィちゃん。仕事中にお菓子とは、なかなか良いご身分ですなぁ』
「ジェスターも欲しいの?」
『ヨホ? ワタクシは別に……』
「じゃあ、半分こね!」
リリィは焼き菓子を半分に割り、ジェスターへ差し出した。
『ヨホホ! これはこれは、ありがとうございます!』
ジェスターはそれを受け取る。
その様子を見ていた店主は、楽しそうに笑っていた。
その日の仕事が終わる頃には、酒場の客たちとすっかり打ち解けていた二人。
店主から報酬を受け取ると、二人は並んで酒場を後にした。
「今日は楽しかったわね!」
『ええ。町の皆様と交流するのも、冒険者の醍醐味でございますなぁ』
「また手伝いに来てもいいわね!」
『ヨホホ! その時は、また焼き菓子をいただきましょう!』
「ふふっ。そうね!」
────
ある日のこと。
二人が受けた依頼は、町の子供たちの面倒を見るというものだった。
依頼主は、町の小さな託児所を営む女性。
普段は一人で子供たちの世話をしているのだが、その日はどうしても外せない用事があるらしい。
「それでは、子供たちをお願いしますね」
『ヨホホ! お任せくださいませ!』
「うん! 任せて!」
こうして、ジェスターとリリィは子供たちと過ごすことになった。
「ねえねえ! おじさん、何者なの?」
「おじさんじゃないよ! ピエロだ!」
「ピエロってなに?」
子供たちがジェスターの周りに集まってくる。
『ヨホホ! これはこれは、元気なお子様方でございますなぁ! ワタクシは旅のピエロ、ジェスターと申します!』
「ピエロって何ができるの?」
『おや? それをお聞きになりますか?』
ジェスターは帽子を軽く持ち上げた。
『それでは、特別にお見せいたしましょう!』
指先に何もないことを示す。
そして、くるりと手首を返した瞬間。
ポンッ!
一本の赤い花が現れた。
「わぁ!」
「すごい!」
「どうなってるの!?」
子供たちが目を輝かせる。
『ヨホホホ! これぞ道化師の手品でございます!』
続いて、ジェスターは小さな風船を取り出すと、あっという間に犬や猫、剣や花の形へと変えていった。
子供たちは大喜び。
その間、リリィも子供たちと一緒に遊んでいた。
「ねえ、リリィお姉ちゃん! 魔法を見せて!」
「いいわよ!」
リリィは手のひらに小さな光を灯す。
すると、淡い光の粒がふわふわと宙を舞い始めた。
「わぁ……!」
光の粒は子供たちの周囲を漂い、まるで小さな星のように輝いている。
「綺麗!」
「もっと見たい!」
「ふふっ。いいわよ!」
子供たちの笑顔を見て、リリィも嬉しそうに微笑んだ。
その後も二人は、手品や魔法を披露したり、鬼ごっこをしたり、絵本を読んだりして過ごした。
しかし、しばらくすると一人の男の子がジェスターの服の裾を引っ張った。
「ねえ、ピエロさん」
『おや? 何でしょう?』
「どうしてピエロさんは、いつも笑ってるの?」
ジェスターは少しだけ首を傾げた。
『それはですねぇ……笑顔というものは、見ているだけで楽しい気持ちになるからでございますよ』
「じゃあ、僕が泣いてたら笑ってくれる?」
『もちろん。ですが、泣いている理由によっては、笑顔にするためのお手伝いをさせていただきますよ』
「ほんと?」
『ええ、もちろん!』
ジェスターは男の子の頭を優しく撫でた。
その後、子供たちはすっかりジェスターに懐いてしまい、帰り際には別れを惜しんでいた。
「また来てね!」
『ヨホホ! ええ、またいつか!』
「リリィお姉ちゃんも!」
「うん! また遊びましょうね!」
二人は子供たちに手を振りながら、託児所を後にした。
────
それからしばらくして。
二人は町の商人から、荷物運びの依頼を受けていた。
目的地は、町から少し離れた小さな村。
荷車に積まれた商品を運ぶ、ちょっとした旅である。
「これを全部運ぶの?」
『ヨホホ! なかなかの量でございますなぁ』
「まあ、二人なら大丈夫だろう。頼んだぞ!」
商人はそう言って笑った。
荷車を引くのは商人が手配した馬。二人はその護衛と、道中の荷物の管理を任されている。
出発してしばらくは順調だった。
しかし、森を抜ける途中、道がぬかるんでいたために荷車の車輪がはまってしまった。
「うわっ! 動かないぞ!」
「大変!」
『おやおや。これは困りましたねぇ』
商人が馬を落ち着かせる間に、ジェスターとリリィは荷車を押すことにした。
「せーの!」
『ヨホホ!』
しかし、荷車はびくともしない。
「うーん……重いわね」
『では、リリィちゃん。少しだけお力をお借りしても?』
「もちろんよ!」
リリィは荷車に手をかざす。
「──軽くなれ」
荷車の周囲に魔力が集まり、その重量がわずかに軽くなった。
「おおっ!?」
「今よ!」
『では、参りましょう!』
二人が力を合わせて押す。
すると、荷車はぬかるみから抜け出した。
「助かったよ! 本当にありがとう!」
『ヨホホ! これぞ見事な連携でございます!』
「えへへ。ジェスターと一緒なら簡単よ!」
その後も二人は道中で小さなトラブルに遭遇しながら、商人の荷物を無事に目的地まで運び届けた。
村の人々からも感謝され、商人は約束より少し多めの報酬を二人に渡してくれた。
「また機会があったら頼むよ!」
『ええ! いつでもお待ちしております!』
「またね!」
こうして、二人の小さな旅は終わった。
────
──それから、数年の月日が流れた。
ジェスターとリリィは、町の人々にすっかり顔を覚えられていた。
ギルドの受付嬢は二人が来ると笑顔で迎え、酒場の店主はいつもの席を空けておく。子供たちは見かけるたびに駆け寄り、ジェスターに手品をせがむ。
最初は奇妙な格好の二人組として見られていたが、今では町の一員のような存在になっていた。
そして、数え切れないほどの依頼をこなした結果。
二人の冒険者ランクは、DからCへと昇格していた。
もちろん、彼らがこなしてきた依頼は、決して派手なものばかりではない。
なくし物を探し、薬草を集め、人々の手伝いをし、時には町の外へと足を運ぶ。
そんな日々の積み重ねが、二人を少しずつ一人前の冒険者へと成長させていた。
そして今日も、二人はいつものように冒険者ギルドへとやって来ていた。
────
冒険者ギルド。
受付で依頼の報告を済ませた二人は、ギルドマスターの部屋へと呼び出されていた。
「よぉ、来たか」
『ヨホホ! モルド、お久しぶりでございます!』
「いや、昨日も会っただろうが」
『おや? そうでしたかな?』
「もう、ジェスターったら」
リリィが呆れたようにため息をつく。
モルドはそんな二人を見て、苦笑しながら椅子に腰掛けた。
「まあいい。それより、お前らに一つ頼みたいことがある」
『ヨホ? 依頼ですかな?』
「ああ。これを達成すれば、お前らも晴れてBランクだ」
リリィの目が輝く。
「ええっ! もうBランクなの!?」
『ヨホホホ! それはすんばらしい! それで、依頼の内容は何でございましょう?』
「王都プティシュへ行ってもらいたい」
『ほう?』
「王都プティシュにある冒険者ギルド──プティシュ冒険者ギルドへ赴き、向こうのギルドマスターに顔を見せてこい。それだけだ」
『ヨホホホ! それだけですかな?』
「ああ、それだけだ」
「簡単ね! ジェスター!」
『ええ、実に簡単そうでございますねぇ!』
「ただし、寄り道せずに行けよ」
『ヨホ……急に難易度が上がりましたなぁ……』
「もう! ジェスターったら!」
「いや、冗談抜きで頼むぞ。お前らの場合、道中で何をしでかすか分かったもんじゃないからな」
『おやおや、これは心外ですなぁ』
「この前だって、薬草採取のついでに森の奥まで行って、帰ってくるのが夕方になっただろうが」
『ヨホホ! あれは実に興味深い植物を見つけましてねぇ!』
「それに、酒場の手伝いをしていた時も、いつの間にか客の前で手品を始めていたそうじゃないか」
『ヨホ? あれは皆様が望まれたからでございますよ?』
「そうよ! みんな喜んでいたわ!」
「そういう問題じゃないんだよ……」
モルドは頭を抱えた。
そして、深くため息をつく。
「……まあ、いい。とにかく、今回は真っ直ぐ王都へ向かってくれ」
『ヨホホ! 承知いたしました!』
「それで、後はプティシュのギルドマスターが色々と指示を出す。支度をしたら早く出発しな」
『ヨホ? いやに急かしますねぇ』
「そうよ! そうよ!」
リリィも不思議そうに首を傾げる。
モルドは二人の顔を見比べ、しばらく黙っていた。
「…………お前らに隠しても無駄か」
『ヨホ?』
「実はな、今回の依頼はお前らのランクを上げるための、いわばハリボテの依頼だ」
『ほう?』
「プティシュのギルドマスターには話を通してある。向こうで顔を見せて、いくつか簡単な確認を済ませれば、それでBランクへの昇格が認められる手筈になっている」
「えっ、そうなの?」
「ああ。お前らの実績なら、本来はもう少し早く昇格させてもよかったんだがな。ギルドの手続き上、どうしても必要な段取りがある」
『なるほどなるほど。つまり、今回は形式上の依頼というわけですなぁ』
「そういうことだ。だから、余計な騒ぎを起こして向こうに話が伝わるようなことがあると困る」
『ヨホホ! なるほど! だからバレるとヤバいのですねぇ』
「そういうことだ」
モルドは椅子から身を乗り出し、二人を見つめた。
「だから……な? 今回は頼むぞ。寄り道せず、問題を起こさず、真っ直ぐ王都へ向かってくれ」
「しょうがないわね。分かったわ」
「ありがとな、リリィ」
『ヨホホ! それでは、出発前に町の皆様へ軽くご挨拶をして参りましょうか!』
「おい、待て。今の話を聞いていたか?」
『ええ、もちろん! 軽く、でございますよ!』
「その軽くが信用ならねぇんだよ!」
モルドの声がギルドマスター室に響き渡る。
リリィはくすくすと笑い、ジェスターは帽子の鈴を鳴らしながら楽しそうに笑っていた。
────
ギルドを出た二人は、まず町の中央広場へと向かった。
数年もの間、何度も通った道。見慣れた店先や、顔馴染みの人々の姿が目に入る。
『さてさて、どなたからご挨拶いたしましょうかねぇ』
「そうねぇ……あっ! あそこにいるのは酒場の店主さんよ!」
リリィが指差した先には、酒場の店主がいた。
「おや? リリィちゃんにジェスターじゃないか。今日はどうしたんだ?」
「実はね、私たち、王都へ行くことになったの!」
「王都? そりゃまた遠くへ行くんだな」
『ええ。しばらくこの町を離れることになりましてねぇ』
「そうかい……寂しくなるなぁ」
店主は少し残念そうに笑った。
「また戻ってくるんだろう?」
『もちろんでございます! その時は、また美味しいお料理をいただきに参りますよ!』
「ははっ! そいつは楽しみにしてるよ。リリィちゃんも、道中気をつけるんだぞ」
「うん! ありがとう!」
その後も二人は、薬屋の主人や、以前依頼を受けた婦人、託児所の女性など、町で世話になった人々を訪ねて回った。
「あらあら、王都に行くのねぇ。気をつけてね」
「また手品を見せに来てよ!」
「リリィちゃん、今度はお土産話を聞かせてね!」
『ヨホホ! 皆様、どうかお元気で! ワタクシたちは、またいつかこの町に戻ってまいります!』
町の人々は驚きながらも、二人の旅立ちを温かく見送ってくれた。
そして、最後に二人が向かったのは、町でもひときわ立派な屋敷だった。
門の前に立つと、ちょうど屋敷から一人の男性が出てきた。
「おや? 君たちは……」
「エドガーさん!」
リリィが手を振る。
男性──エドガー・アッシュフォードは、二人の姿を見るとすぐに笑顔を浮かべた。
「おお、ジェスター君にリリィちゃんか! 久しぶりだね。今日はどうしたんだい?」
『ヨホホ! 実は、ワタクシたちはこれから王都へ向かうことになりましてねぇ』
「王都へ? それはまた急な話だな」
「冒険者ランクが上がることになったの! それで、王都のギルドに行くんだって!」
「なるほど! それはおめでとう。君たちの活躍なら、当然の結果かもしれないね」
エドガーは嬉しそうに頷いた。
「お父様? 誰とお話ししているの?」
屋敷の奥から、少女の声が聞こえた。
続いて姿を現したのは、エミリアだった。
「あら! ジェスターさん! リリィさん!」
「エミリアちゃん!」
リリィが駆け寄る。
「お久しぶりです! お二人とも、お元気でしたか?」
『ヨホホ! ええ、おかげさまで! エミリアさんもお元気そうで何よりでございます!』
「はい! お二人のおかげで、今はすっかり元気です!」
エミリアはそう言って、にっこりと笑った。
かつて彼女を苦しめていた呪いは、もうない。
あの一件から時が経ち、今では以前と変わらない穏やかな日々を送っているようだった。
「お二人が王都へ行かれると聞きました。もうこの町には戻らないのですか?」
「ううん! また戻ってくるわよ!」
『ええ。少々長い旅になるかもしれませんが、いずれまたこの町へ立ち寄るつもりでございます』
「そうですか……。それなら、またお会いできますね!」
エミリアはほっとしたように微笑んだ。
「そうだ。せっかく来てくれたんだ。少し中で話していかないか?」
「いいの?」
「ああ、もちろんだとも」
エドガーに招かれ、二人は屋敷の応接室へと通された。
しばらく他愛のない話をしていると、エドガーがふと思い出したように口を開く。
「そういえば、アンジェロにも知らせておいた方がいいな。あいつも君たちに会いたがるだろう」
『おや? アンジェロさんもいらっしゃるのですか?』
「ああ。今日は商談の予定があってね。そろそろ来る頃だと思うよ」
その言葉どおり、ほどなくして屋敷の使用人が来客を告げた。
「旦那様、アンジェロ様がお見えになりました」
「おお、来たか! 通してくれ」
扉が開き、一人の男性が入ってくる。
「やあ、エドガー。待たせたかな?」
「いや、ちょうどいいところだ。実はな、懐かしい客人が来ているぞ」
「懐かしい客人?」
アンジェロは室内を見回し、ジェスターとリリィの姿を見つけた。
「おお! ジェスター君にリリィちゃんじゃないか!」
『ヨホホ! これはこれは、アンジェロさん! お久しぶりでございます!』
「久しぶりだね。二人とも元気そうで何よりだ」
「アンジェロさんも元気そうね!」
「ああ。おかげさまでね」
アンジェロは穏やかな笑みを浮かべた。
かつて彼は、傀儡の霊薬によって操られ、エミリアへ呪物のペンダントを贈ってしまった。
しかし、ジェスターたちの働きによって正気を取り戻し、今では再びエドガーとの友情を取り戻している。
「そういえば、あの時は本当にありがとう。君たちがいなければ、私は今も……」
「アンジェロ」
エドガーが静かに声をかけた。
「もういいんだ。あれはお前の意思じゃなかった。それに、こうしてまた一緒に酒を飲める。それだけで十分さ」
「エドガー……」
二人はしばし見つめ合い、やがてどちらからともなく笑った。
「まったく、お前には敵わないな」
「ははは! それはお互い様だろう!」
長年の友人同士らしい、気兼ねのないやり取りだった。
『ヨホホ! すんばらしい友情でございますねぇ!』
「そうだろう? こいつとは昔からこうなんだ」
エドガーは誇らしげに笑う。
「それで、二人は王都へ向かうそうだね?」
「ええ。冒険者として、次の段階へ進むことになりまして」
「そうか。それなら、私たちからも餞別を渡さなければいけないな」
「えっ、そんな! 悪いわ!」
「遠慮することはないよ。これまでの礼も兼ねているんだ」
エドガーはそう言って、二人に小さな包みを差し出した。
中には、旅先でも使える保存の利く菓子と、少しばかりの路銀が入っていた。
『おやおや、これはこれは。ありがたく頂戴いたします』
「ありがとうございます!」
「なに、気にしないでくれ。君たちには本当に感謝しているんだ」
エミリアも二人のそばへ歩み寄る。
「リリィさん、王都でも元気でいてくださいね!」
「うん! エミリアちゃんもね!」
「ジェスターさんも、どうかお気をつけて」
『ヨホホ! ご心配には及びませんよ。ワタクシたちは、どこへ行っても楽しく過ごしてみせますとも!』
アンジェロも頷いた。
「またこの町へ戻ってきた時には、ぜひ顔を見せてくれ。今度は私が二人にご馳走しよう」
『ヨホホホ! それは楽しみでございますねぇ!』
「約束よ!」
「ああ、約束だ」
こうして、エドガーたちとの挨拶も済ませた二人は、屋敷を後にした。
────
町の出口。
そこには、二人の旅立ちを聞きつけた人々が集まっていた。
「おーい! ジェスター!」
「リリィちゃん! 気をつけてね!」
「また帰ってこいよ!」
顔馴染みの人々が、口々に声をかけてくる。
ジェスターは帽子を取り、胸元に当てると、芝居がかった仕草で深々と一礼した。
『皆様、本当にお世話になりました! この町で過ごした日々、ワタクシにとっても実にすんばらしいものでございました!』
「またねー!」
リリィも大きく手を振る。
「元気でな!」
「二人とも、達者で暮らせよ!」
温かな声援を背に、ジェスターとリリィは町の門をくぐった。
「ねえ、ジェスター」
『何でしょう、リリィちゃん?』
「この町、楽しかったわね」
『ヨホホ! ええ。実に愉快な舞台でございました』
「また戻ってこようね!」
『もちろんでございますとも。次に訪れた時には、どのような物語が待っているのでしょうねぇ』
ジェスターは振り返り、町の景色を眺めた。
人々の笑顔。賑やかな通り。何度も通った酒場に、見慣れた冒険者ギルド。
そのすべてを目に焼き付けるように、しばらく眺めていた。
やがて彼は、くるりと前を向く。
『さあさあ、リリィちゃん! 王都プティシュへ向かいましょう!』
「うん!」
こうして、数年にわたる町での日常にひとまず区切りをつけ、二人は王都プティシュへと向かうことになるのだった。
読んでくれてあんがとな




