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拷問と愛


 気軽にコメントくれ〜



 その日の夜。


 村から少し離れた森の中にある、ルーカスの隠れ家。


 ジェスターはそこを訪れていた。


 粗末なテーブルを挟み、ルーカスと向かい合う。室内にはランプの淡い光が揺れ、静かな夜の空気が満ちていた。


『ルーカスさん、一つお耳に入れておきたいことがございまして』


「……何だ?」


 ジェスターは昼間に起きた魔獣襲撃事件について語り始めた。


 魔獣たちの足跡が不自然なほど一つの道筋に集中していたこと。森の中に、魔獣を誘導するためと思われる紋章が刻まれていたこと。そして、その紋章から微かに魔力の残滓が感じられたこと。


 それらを順番に説明し、最後に一つの事実を告げる。


『どうやらルーカスさんの魔力には、魔獣を引き寄せてしまう性質があるようですねぇ』


「……そんな」


 ルーカスの表情が強張る。


「俺が……村を危険に晒していたのか」


『ヨホホ! 結果的にはそうなりますねぇ』


「クソッ……!」


 ルーカスは拳を握り締めた。


「こうなったら、早く村から出ていかなくては!」


『ヨホホ! その前に、先ほどお話しした内容は覚えていますかな?』


「ああ。何者かが俺を狙っているって話だろ?」


『ええ。そして実は、それだけではないのです。村人たちも標的に含まれている可能性が高いのですよ、はい』


「なッ! それは本当か!?」


『確かな確信があるわけではありません。しかし、今回の襲撃はルーカスさん一人を殺すためにしては、些か魔獣の数が多すぎると思ったのです』


 ルーカスは俯き、しばらく沈黙していた。


 やがて、絞り出すような声で尋ねる。


「……奴らは、どこにいる?」


『ヨホ?』


「奴らの場所はどこだ!」


『ヨホホホ! おやおや、殺る気満々ですねぇ』


「当たり前だ! 俺だけならまだしも、村の連中まで殺そうとするなんて絶対に許せねぇ!!」


 ルーカスの声には怒りが滲んでいた。


 自分が狙われることなら、とうに覚悟していた。魔人である自分が人族の村に身を寄せている以上、いつかこうなる日が来るかもしれないと考えていた。


 しかし、村人たちは違う。


 彼らは何も悪いことなどしていない。ただ自分を受け入れ、助け合い、友人として接してくれただけだ。


 それなのに、彼らまで命を奪われようとしている。


『それは、ドンナさんのためでもあるんですかな?』


「ッ~~~! 今ドンナは関係ないだろ!」


『おやおや、そうですか?』


「そうだ!」


『そんなことはありません』


 ジェスターの声から、いつもの軽薄な調子が消えた。


 それまで浮かべていた笑みは変わらない。だが、その場の空気が明らかに変わる。


『ルーカスさん。選びなさい』


 ジェスターは椅子から立ち上がり、ルーカスを見据えた。


『今、村を見捨ててご自身の命を取るか。それとも、愛する人たちを守るためにご自身の命を懸けるか……』


「そんなもん、命を懸けるに決まってるだろ」


 ルーカスは一瞬たりとも迷わなかった。


 その答えを聞いたジェスターは、しばらく彼を見つめていた。


『…………ヨホ!』


 やがて、いつもの笑い声が戻る。


『あまりにも即答でしたので、少々拍子抜けしてしまいましたねぇ』


 ジェスターは帽子を被り直すと、改めて口を開いた。


『現在、リリィちゃん……昼間、ルーカスさんが少々侮ってしまったあの子が、黒幕の拠点を探しております。見つけるまでには、もう少し時間がかかるかと思いますが……』


 その時だった。


 ギィ、と扉が開く。


「ジェスター、見つけたわよ。ファ〜ア……」


 眠たそうに目を擦りながら、リリィが入ってきた。


「何!? もう見つけたのか!?」


『おやおや! これはこれは、ずいぶんと早かったですねぇ』


「ええ。森の中を探していたら、それらしい魔力の反応があったのよ」


『ありがとうございます。リリィちゃん、眠い中よく頑張りましたね』


「んもう! 子供扱いはやめてよね!」


『ヨホホ! これは失礼』


 ジェスターは楽しそうに笑った。


『しかし、流石に夜中に乗り込むのはやめておきましょうや。リリィちゃんも眠そうにしていますし、準備を整えてから向かうといたしましょう』


「……わかった。だが、明日の朝一番に出発するぞ」


『かしこまりました』


「わかったわ」


 こうして、その夜はひとまず解散となった。


 ***


 翌朝。


 まだ村が目覚めきらない早朝。


 ジェスターは一枚の書き置きをテーブルに残していた。


『ドンナさん、今日の朝ごはんは大丈夫ですので、どうかごゆっくりお休みくださいませ』


 それだけ書き残すと、ジェスターはリリィと共に玄関を出た。


 外には、すでにルーカスが待っていた。


 二人の姿を見つけるや否や、ルーカスは足早に近づいてくる。


「準備は万端か?」


『ええ、勿論』


「私もよ」


「よし。それじゃあリリィ、案内を頼む」


「わかったわ。こっちよ」


 リリィを先頭に、三人は森の中へと足を踏み入れた。


 木々の間を抜け、獣道を進み、時には険しい斜面を越えていく。


 そうして数時間ほど歩いた頃。


 三人の前に、一つのキャンプが姿を現した。


 森の奥にひっそりと建てられた、簡素な拠点。


 周囲には見張りらしき者たちの姿があり、キャンプの周辺を警戒している。人数は十人ほどだろうか。


 彼らの身に纏う衣装を見たジェスターは、口元を歪めた。


『ヨホホホ! あの衣装……確か、人族至上主義を掲げる過激派の方々でしたかな?』


「こいつらが村を……」


 ルーカスの表情が険しくなる。


『ヨホホ! 今回は敵が少ないですねぇ』


「ジェスター、そうやすやすと敵は出てこないものよ?」


『おや、これは手厳しい。では、さっそく取り掛かりましょうか』


「ああ」


「それじゃあ、私から!」


 リリィが一歩前に出る。


 そして、敵の集団へ向けて手をかざした。


「──浮け」


 瞬間、周囲の魔力が蠢いた。


「うおっ!?」


「な、何だ!?」


「身体が……浮いている!?」


 見張りをしていた数人の男たちが、次々と宙へ浮かび上がる。


 地面から数メートル。彼らは手足をばたつかせるものの、重力の支配から逃れることはできない。


 リリィは彼らを見上げると、静かに指を動かした。


「──伏せて」


 次の瞬間、男たちの身体が地面へと引き寄せられた。


「ぐっ!?」


「がはっ!」


 そのまま地面へ押しつけられ、手足を広げた状態で身動きが取れなくなった。


「な、何だこれ……身体が動かねぇ!」


「くそっ! 離せ!」


 男たちは必死にもがく。しかし、リリィの重力魔法はびくともしない。


 彼らの身体を押さえつける力は強い。だが、骨を砕くほどではない。リリィは相手が身動きできなくなる程度に、力を細かく調整していた。


『ヨホ! これはまた、見事な制圧でございますねぇ』


「当然よ。もう動けないでしょう?」


 リリィは少し得意げに胸を張る。


 その時、別の男たちが武器を手に取り、二人へと駆け寄ってきた。


「このガキが!」


「調子に乗るなよ!」


 しかし、彼らがリリィへ辿り着くことはなかった。


「今度は俺だ!」


 ルーカスが地を蹴った。


 瞬く間に敵との距離を詰め、動揺している男たちへと拳を叩き込む。


「ぐはぁっ!」


 一人目の頭部が弾け飛ぶ。


「な、何だこいつ──」


 二人目が言葉を言い終えるよりも早く、ルーカスの拳が脇腹へとめり込んだ。


 肉体が衝撃に耐えきれず、男はそのまま吹き飛ばされる。


 ルーカスは止まらない。


 怒りを込めた拳と蹴りが次々と敵を襲い、男たちは反撃する暇すら与えられずに倒れていった。


『ルーカスさんも派手ですねぇ……』


 ジェスターはその様子を眺めながら、手元のトランプを弄ぶ。


 その時、キャンプの奥から武器を手にした男たちが駆け出してきた。


『おやおや、ようやくお出ましですかな?』


 ジェスターは軽快なステップで、臨戦態勢を整えた男たちの前へと躍り出た。


 そして、指先に挟んだトランプを弾く。


『フラッシュ!』


 掛け声と共に、複数のカードが弾丸のように飛び出した。


「なっ──」


 男たちが反応する間もない。


 鋭利なカードは身体を切り裂き、目の前にいた者たちを瞬く間に斬り刻んだ。


 さらにジェスターは、手元に残ったカードを四枚抜き取る。


『フォーカード!』


 四枚のカードが、別々の軌道を描いて飛翔する。


 飛翔したトランプは男の腕や脚に突き刺さり、動きを封じた。


「ぐあっ!」


 致命傷には至らない。


 だが、抵抗するには十分すぎるほどの痛みと拘束だった。


『ヨホホ! これにて捕獲完了でございます!』


 ジェスターは満足そうに両手を広げた。


 そして、周囲を見回す。


『はてさて、皆様方は……』


 視線の先には、凄惨な光景が広がっていた。


 地面に倒れ伏す男たち。血に染まった草木。もはや立ち上がる者は一人もいない。


 リリィの魔法によって拘束された者たちは、地面に押さえつけられたまま身動き一つ取れずにいる。彼らに命の危険はない。


 一方、ルーカスの手によって、リリィが制圧していた人間含め拠点の人間はほとんど壊滅していた。


『ヨホホ……』


 ジェスターは小さく笑う。


『一人確保しておいて良かったですなぁ』


 彼らの目的を知るためにも、事情を聞き出せる人間が必要だった。


 ジェスターは捕らえた男たちへと歩み寄る。


 その表情には、いつもの人懐っこい笑みが浮かんでいた。


 ***


 人族至上主義者たちの拠点。


 その一角にある小さなテントで、ジェスターたちは捕らえた男を尋問していた。


 男は椅子に縛り付けられ、両手を拘束されている。目の前にはジェスター。その少し後ろにはリリィとルーカスが立っていた。


「はッ! 俺は何も言わねぇぞ、異端者共が!」


 男は威勢よく吐き捨てた。


 それを聞いたジェスターは、にこやかな笑みを浮かべたまま、男の手を取る。


『それでは、まずは一本』


 ポキリ。


「ッ……!」


 ジェスターが男の小指を折った。


 男の顔が苦痛に歪む。


『続いて二本、そして三本』


 ポキリ、ポキリ。


 間を置かず、ジェスターは次々と指を折っていく。


「ぐっ……! て、てめぇ!」


 男は歯を食いしばり、ジェスターを睨みつけた。


「最低限、何が聞きたいか言えや!」


『おや? しかし、答えてくださらないのでしょう?』


「当たり前だ!」


『ヨホホ! それは困りましたなぁ……そうだ! それでは少し遊戯をしましょう』


「あぁ?」


 ジェスターは男の手を離し、両手を広げた。


『それではまず、貴方を解放する条件をお伝えいたしましょう』


「解放してくれるのか!?」


 男の表情に、わずかな希望が浮かぶ。


 その様子を見ていたルーカスが、怪訝そうに口を挟んだ。


「おい、ジェスター!? 何を言って……」


『簡単でございます。ワタクシが何を聞きたいのか、正しく答えられたら解放して差し上げましょう』


 ジェスターは男の顔を覗き込む。


『その代わり、指が全部折られたら……貴方の命を頂戴いたします』


「そんなの簡単だ! 俺たちが村を襲った理由を聞きたいんだろ!」


『ヨホホ! 残念、もう二本でございます』


「がぁっ!?」


 ポキリ。


 男の指が二本同時に折られる。


『それでは、あと五回頑張ってくださいな』


「くそっ……!」


 男は痛みに顔を歪めながらも、必死に答えを考え始めた。


 それから男は、思いつく限りの答えを口にした。


 仲間の人数。


 拠点の場所。


 組織の目的。


 村を襲撃した理由。


 さらには、彼らが信仰する神についてまで。


 しかし、そのどれもがジェスターの求める答えではなかった。


 答えるたびに、指が一本ずつ折られていく。


 やがて男の両手の指はすべて折られてしまった。


「はぁ……はぁ……もう、いいだろ……殺せ」


『ヨホ? 何を言っているんですか?』


「……は?」


『解答権はまだまだ残っておりますぞ?』


 ジェスターは不思議そうに首を傾げた。


 男は自分の手に目を落とす。


「な……何だ、これは……?」


 そこには、先ほどまで折られていたはずの指があった。


 一本残らず、元通りになっている。


『ほらほら、頑張って答えてくださいな』


「ふざけるな……!」


『ヨホホ! さあ、次は何でしょう?』


 再び、指が折られる。


 そして、元に戻る。


 また折られる。


 また元に戻る。


 何度も、何度も。


 男が答えを口にするたびに、ジェスターは違うと告げ、指を折った。


 やがて男は、まともな答えを返せなくなっていった。


 口を開いても声が出ない。


 視線は虚ろになり、ただ目の前の道化師を見つめるばかりだった。


 それでもジェスターは、楽しそうに笑っている。


『ヨホホホ! それでは、そろそろ答えを発表いたしましょう!』


 ジェスターは男の顔に視線を合わせた。


『ワタクシが貴方に尋ねたかったこと。それは──貴方のお名前でございます、はい』


「…………な、まえ?」


『はいなぁ』


 男は呆然としたまま、ジェスターを見つめていた。


 そして。


「は……はは…………」


 小さく漏れた笑い声が、次第に大きくなっていく。


「あはははははははははははは!!」


 男は狂ったように笑い始めた。


 何度も繰り返された苦痛。決して終わらないかのような遊戯。そして、最初から自分が答えるべきだったものが、あまりにも些細な問いだったという事実。


 そのすべてが男の精神を壊してしまった。


『ヨホホホ! それでは、何も知らぬ過激派さん。おさらばです』


 ジェスターの手元で、一枚のトランプが翻る。


 次の瞬間。


 ヒュッ。


 鋭い一閃。


 ゴトリ。


 男の頭部が、胴体から離れて床に転がった。


「うわぁ……ジェスター、エッグぅ……」


 リリィが引きつった顔で呟く。


「恨みはあるが……ここまでしろとは言ってないぞ」


 ルーカスも複雑そうな表情を浮かべていた。


『ヨホホホ! ほんのお遊びですよ!』


 ジェスターは何事もなかったかのように笑う。


『それよりも、良い情報が聞けましたねぇ。これはきちんとメモしておかなくては!』


 そう言うと、ジェスターは懐から小さな手帳を取り出し、さらさらと何かを書き留め始めた。


「……それより、村はもう安全なのか?」


 ルーカスの問いに、ジェスターは手を止める。


『ええ、多分。今回の拠点の規模からして、本拠地と直接繋がっているとは考えにくいですし、ひとまずは大丈夫でしょう』


「そうか……」


 ルーカスは小さく息を吐いた。


「取り敢えず、村へ帰ろう」


『ヨホホ! そういたしましょうか』


「そうね。私もお腹が空いたわ」


 リリィが小さくお腹を押さえる。


『おやおや、これは大変! 帰ったらドンナさんに美味しいご飯を作っていただきましょう!』


「うん!」


 森の拠点を後にしたジェスターたちは、数時間かけて村へと戻ってきた。


 村に到着すると、そこにはいつもと変わらない光景が広がっていた。


 畑仕事に精を出す者。井戸端で談笑する者。子供たちの楽しそうな笑い声。


 先日の魔獣襲撃が嘘だったかのような、穏やかな日常。


 しかし、ルーカスの胸中は晴れなかった。


 彼は村の中央へ向かうと、村人たちを集め始めた。


「皆! 聞いてくれ!」


「なんだなんだ?」


「ルーカス、どうしたんだ?」


 突然の呼びかけに、村人たちが集まってくる。


 ルーカスは一度深く息を吸い、覚悟を決めて口を開いた。


「俺は……この村を去る!」


「「「!?」」」


 その言葉に、村人たちは一斉に驚愕した。


「何言ってんだよ、ルーカス!」


「そうだぜ、ルーカスの兄ちゃん!」


「なんで去るなんて言うんだ!」


 口々に引き止める村人たち。


 中には今にも泣き出しそうな顔をしている者もいた。


 ルーカスはそんな彼らの顔を見て、胸が締め付けられるような思いに駆られた。


 自分だって、この村を離れたくなどない。


 ここで過ごした時間は、彼にとってかけがえのないものだった。


 だが、それでも。


「俺は……俺がこの村に魔獣を引き寄せているんだ」


「なっ!?」


「本当なのか!?」


「ああ。本当だ」


 ルーカスは村人たちの顔を見回しながら、言葉を続ける。


「俺の魔力には魔獣を引き寄せる性質があるらしい。これまでも魔獣の襲撃が増えていたのは、そのせいだったんだ」


「確かに、ここ最近は魔獣の襲撃が増えていたからな……」


「そうだ。だから俺は、この村の安全のためにも離れなければならない」


 そしてルーカスは、昨日ジェスターから聞いた話を村人たちに説明した。


 自分を狙っている何者かがいること。その者たちが魔獣を意図的に村へ誘導していたこと。そして、その襲撃は自分だけでなく、村人たちをも巻き込むものだったこと。


 話を聞き終えた村人たちは、重苦しい沈黙に包まれた。


「そんな連中が……」


「俺たちまで殺そうとしていたのか」


「くそっ……!」


 村人たちの表情に怒りと不安が浮かぶ。


 しかし、ルーカスは彼らにこれ以上の危険を背負わせたくなかった。


「だから、俺はここを離れる。もうお前たちを危険に晒したくないんだ」


 その時。


 ジェスターが、少し離れた場所に立つドンナへと近づいていった。


『ドンナさん、ドンナさん?』


「……なんですか?」


『貴女、ルーカスさんのことがお好きなんでしょう?』


「なっ……! ど、どうしてそのことを……」


『なぁに、リリィちゃんが教えてくださいましたよ』


 ジェスターは隣にいるリリィへ視線を向ける。


「えへへ」


「もう……!」


 ドンナは恥ずかしそうに俯いた。


『それで? その想いは伝えないのですかな?』


「……この気持ちを伝えてはいけないんです」


『それは何故?』


「ルーカスはこの村を離れなければならない。だから……私の気持ちが、あの人を引き留める楔になってはいけないんです」


 ドンナはルーカスの背中を見つめた。


 自分の気持ちを伝えれば、彼はきっと困るだろう。


 それでも、彼が村を離れる決意を変えないのなら、自分の想いは彼を苦しめるだけだ。


 そう考えていた。


『ヨホホホ! すんばらしい愛ですなぁ』


「茶化さないでください……」


『おやおや、茶化してなどおりませんよ』


 ジェスターはいつもの笑みを浮かべたまま、ドンナの顔を覗き込む。


『では、選びなさい』


 その瞬間、ジェスターの纏う雰囲気が変わった。


 周囲の喧騒が遠のいたような錯覚。


 道化師の赤い瞳が、真っ直ぐにドンナを見つめている。


『苦難を伴う愛か、それとも平穏な生活か』


「私は……」


 ドンナは胸元で両手を握り締めた。


「私は、愛を取りたい。ルーカスと一緒にいたい……」


 そこまで言って、彼女は再び俯く。


「だけど、それができないことくらい……分かっているでしょう?」


『ヨホホ! だからこそ、ワタクシがいるのでございます』


「え……?」


 ジェスターはくるりと踵を返す。


 そして、村人たちの中心にいるルーカスへ向けて声を張り上げた。


『ルーカスさん! ドンナさんが、貴方にお話ししたいことがあるようですよ!』


「ドンナが?」


 ルーカスは驚いたように振り返った。


 村人たちの間を抜け、ドンナの前まで歩いてくる。


「どうしたんだ? 話したいことって……」


 ドンナはルーカスを見上げた。


 今まで何度も伝えようとして、結局言えなかった言葉。


 もう二度と会えなくなるかもしれない。


 そう思った途端、胸の奥にしまい込んでいた想いが溢れ出した。


『さぁ、ドンナさん。心を打ち明けて』


「私……私、貴方が好きなの!」


 ドンナの声が村に響いた。


「だから……だから、どこにも行かないで!」


「ドンナ……」


 ルーカスは目を見開いた。


「だが、俺は……」


『ヨホホホホ!!!』


 ジェスターの高らかな笑い声が響き渡る。


『すんばらしいですなぁ! 愛の形は人それぞれ! 離れ離れになる宿命を背負った愛! それもまた一興……』


 ジェスターは大仰に両手を広げた。


『しかし! それでは少々面白みに欠けますなぁ!』


「ジェスター……何をするつもりだ?」


『良いですか? ワタクシは、絶望には幸福を。醜き幸福には厄災を。そうして人々の感情が揺れ動く様を愛しているのでございます』


 ジェスターはドンナへと向き直った。


『ですが、今回のドンナさんには祝福を差し上げましょう!』


「祝福……?」


『ええ! どうぞ、ルーカスさんをよくご覧くださいな!』


 ジェスターは片手を掲げた。


『ピリカラ・ポリカラ・ポンパッパ!』


 軽快な呪文が響く。


 次の瞬間、ルーカスの身体を淡い光が包み込んだ。


「なっ……!?」


 背中にあった大きな翼が、光の粒子となって消えていく。


 額から伸びていた角も、まるで最初から存在しなかったかのように消失した。


 そして、光が収まった時。


 そこに立っていたのは、人族と変わらない姿をしたルーカスだった。


「これは……俺の翼と角が……!」


「ルーカスが人間になっちまった!」


「お、おい! 本当だ! 翼も角もなくなってるぞ!」


 村人たちが驚きの声を上げる。


『ヨホホ! これでルーカスさんの魔力が魔獣を引き寄せることもなくなるでしょう!』


「本当に……?」


『ええ。少なくとも、外見だけでなく魔力の性質も変えてありますからなぁ。これで以前のように魔獣を引き寄せる心配はございません』


 ジェスターはルーカスの肩を軽く叩いた。


『だ・け・ど! 身体能力はそのままにしてありますので、愛した人をしっかり守ってあげてくださいませ!』


「ジェスター……お前……」


 ルーカスは自分の手を見つめ、それからドンナへと視線を向けた。


「ルーカス!」


「ドンナ!」


 二人は互いに駆け寄り、強く抱きしめ合った。


 もう離れたくない。


 もう離さない。


 そんな想いを確かめるように、二人は熱い口づけを交わした。


「わぁ……!」


 リリィが頬を赤らめながら、二人を見つめる。


『ヨホホ! お熱いですねぇ!』


 ジェスターは満足そうに拍手を送った。


 周囲の村人たちからも、次々と歓声が上がる。


 長い間、誰にも言えなかった二人の想い。


 それがようやく結ばれた瞬間だった。


『さてさて、それではワタクシたちはこの辺りでおさらばいたしましょうか』


「そうね。モルドにも報告しなきゃだし」


 リリィも頷く。


 ジェスターとリリィが村を後にしようとした、その時だった。


「ジェスター! リリィ!」


 二人を呼び止める声。


 振り返ると、そこにはルーカスとドンナが並んで立っていた。


「本当にありがとう! お前たちのおかげで、俺は最高に幸せだ!」


『ヨホホ! それは結構! こちらこそ、すんばらしい感情をどうもありがとうございました!』


「バイバイ! ドンナさん、ルーカスさんと幸せにね!」


「バイバイ、リリィちゃん!」


 ドンナは笑顔で手を振った。


 ルーカスもまた、二人の姿が見えなくなるまで手を振り続けていた。


 こうして、ジェスターとリリィは村を後にした。


 ***


 冒険者ギルド。


 ジェスターとリリィは、受付を済ませるとギルドマスターのモルドのもとへ向かった。


「それで、どうだった?」


 モルドは二人を見るなり尋ねた。


『ヨホホ! どうやら人族至上主義を掲げる過激派の方々が暗躍していたようです。あまり大っぴらに騒ぎ立ててほしくなかったようですなぁ』


「そうだったのか……。確かに、下手に冒険者が介入すれば、村に被害が出る可能性もあったか」


「だけど、心配ないわ! 私とジェスターで退治したから!」


『そうです! それから、色々と聞けましたので、こちらが調査結果でございます!』


 ジェスターは懐から手帳を取り出し、モルドへ差し出した。


 モルドはそれを受け取ると、ぱらぱらとページをめくっていく。


 そこには、過激派の思想や活動内容、襲撃の手口、そして確認できた拠点の情報が記されていた。


「…………」


 読み進めるにつれ、モルドの表情が険しくなっていく。


 やがて彼は手帳を閉じ、深いため息を吐いた。


「お前ら……初任務から色々とやり過ぎだろ」


『ヨホホホ!』


 ジェスターはいつものように、楽しそうに笑った。



 読んでくれてあんがとな


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