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獣と伏兵


 気軽にコメントくれ〜



 翌朝。


 ドンナが朝食の準備を終え、食卓へ料理を並べていると、ふとジェスターの姿がないことに気づいた。


「あら? リリィちゃん、ジェスターを知りませんか?」


「あ〜、ジェスターなら大丈夫だよ!」


 リリィは椅子に座りながら、いつもの調子で答える。


「ジェスターはね、たまに夜のお散歩に出かけるの。なんだか、夜の散歩は昼間とはまた違った味がするんだって」


「そうなのね」


「うん! だから心配しなくていいよ!」


「ふふっ。それなら、先にご飯を食べちゃいましょうか」


『ヨホ! それはそれは、随分と寂しいお話ですなぁ!』


「きゃっ!?」


 突然聞こえた声に、ドンナが肩を跳ねさせる。


 振り返れば、いつの間に戻ってきたのか、ジェスターが扉のそばに立っていた。


『ヨホホ! 先ほど戻りましたぞ。いやはや、お二人ともワタクシを置いて朝食を始めようとは、なんとも薄情なことで』


「もう、ジェスター! 帰ってきたなら声をかけてよ!」


『これは失礼。お二人の楽しそうな会話を邪魔するのも野暮かと思いましてなぁ』


「ふふっ。それじゃあ、改めて皆さんで朝食にしましょう」


『ええ、楽しみですなぁ』


 こうして三人は食卓を囲み、穏やかな朝食の時間を過ごした。


 朝食を終えると、リリィは村の子供たちと遊ぶために外へ出ていった。


 残されたジェスターは、食器を片付けるドンナの様子を眺めていたが、やがて思い出したように口を開いた。


『そういえば、ドンナさん。ひとつお話ししておかなければならないことがございます』


「はい? なんでしょうか?」


『実はワタクシたち、冒険者なんですよ』


「えっ……?」


 ドンナの手が止まった。


『この村にやってきたのも、冒険者ギルドからの依頼があったからでしてねぇ』


「そう、だったんですか……」


『ええ。何も知らない旅芸人だと思わせてしまい、申し訳ありません』


 ジェスターは帽子を軽く持ち上げ、芝居がかった仕草で頭を下げた。


 ドンナは少し困ったように笑う。


「いえ……お仕事だったんですものね。仕方ありません」


『ヨホホ! そう言っていただけると助かりますなぁ』


 ジェスターはいつもの笑みを浮かべたまま、何気ない調子で続けた。


『それと、昨晩ルーカスさんにお会いしましたよ』


「……っ!」


 ドンナの手から、洗っていた皿が滑りかける。


「ル……ルーカスって……誰ですか?」


『おやおや? 存じ上げないお名前でしたかな?』


「そ、そうですね。私にはよく分かりませんけど……」


『ヨホホ! これは失礼。どうやらワタクシの勘違いだったようですなぁ』


 ジェスターはわざとらしく首を傾げる。


 もちろん、彼が勘違いなどしていないことは明らかだった。


『ご安心ください。別にルーカスさんをどうこうしようというつもりはございません。ただ、お会いして少しお話ししただけですよ』


「そうですか……」


 ドンナは再び皿を洗い始めた。


 しかし、その手つきは先ほどよりもずっとぎこちない。


 しばらくして、彼女は小さな声で尋ねた。


「……それで、ルーカスのことは報告するんですか?」


 昨晩、ルーカスからも投げかけられた質問だった。


 もしジェスターが彼の存在をギルドに報告すれば、魔人であるルーカスを討伐するための部隊が派遣される可能性は高い。


 村人たちが彼を匿っていることも、ただでは済まないだろう。


『…………』


 ジェスターは答えなかった。


 まだ、決めていない。


 昨晩見た光景が、頭の中に浮かぶ。


 人間と魔人。


 本来ならば相容れず、互いに憎み合うことも珍しくない二つの種族。


 それなのに、彼らは違った。


 そこにあったのは、恐怖でも憎悪でもない。


 互いを気遣い、助け合い、共に生きようとする姿だった。


『さてさて……どういたしましょうかねぇ』


 ジェスターがそう呟いた、その時だった。


 ──ドォンッ!! 


 突然、地面が大きく揺れた。


「きゃっ!?」


 ドンナの手から皿が滑り落ち、床に砕け散る。


『おや?』


 ジェスターが窓の外へ視線を向けた。


 続いて聞こえてきたのは、村人たちの悲鳴だった。


「魔獣だ!! 魔獣の群れが来たぞ!!」


「みんな逃げろ! 家の中に隠れるんだ!!」


 村の入り口から、魔獣の群れが雪崩れ込んでくる。


 狼に似た四足の魔獣。巨大な角を持つ猪型の魔獣。そして、全身を硬い甲殻に覆われた異形の獣。


 その数は数十匹を超えていた。


 村を囲む森から、次々と姿を現している。


「そ、そんな……!」


 ドンナの顔から血の気が引く。


 その時、家の扉が勢いよく開いた。


「ドンナ! 無事か!」


 駆け込んできたのはルーカスだった。


 大きな翼を広げ、村の様子を確認する。その表情には、先ほどまでの穏やかさはない。


「ルーカス!」


「ドンナ、ここから出るな! 家の中に隠れていろ!」


 そう告げると、ルーカスは外へ飛び出そうとした。


『ヨホホ! ルーカスさん、ワタクシたちもお手伝いいたしましょう』


「ジェスター……!」


 ルーカスは一瞬だけ振り返った。


 その隣には、いつの間にかリリィの姿もあった。


「ジェスター! 私も戦うわ!」


『ヨホ! 頼もしいお言葉ですなぁ!』


 ジェスターは帽子を軽く持ち上げると、二人とともに外へ出た。


「みんな、気をつけて!」


 ドンナの声を背に、三人は村の広場へと向かう。


 そこではすでに、魔獣の群れが村の中へ押し寄せていた。


「グルルルル……!」


 魔獣の一匹が唸り声を上げ、ルーカスへ飛びかかる。


「邪魔だ!」


 ルーカスは迫り来る魔獣の顔面を、真正面から拳で殴り飛ばした。


 巨体が宙を舞い、地面を転がる。


 間髪入れず、背後から別の魔獣が襲いかかる。


 ルーカスは振り返りざまに足を振り上げ、その顎を蹴り抜いた。


 鈍い音とともに魔獣の身体が吹き飛ぶ。


 武器など必要ない。


 拳と脚、それだけで魔獣を圧倒していた。


「グォオオオッ!!」


 今度は二匹が左右から同時に襲いかかる。


 ルーカスは片方の爪を腕で受け止めると、そのまま身体をひねり、もう一匹へ向かって投げ飛ばした。


 二匹の魔獣が激突し、地面に転がる。


「この程度で、村を荒らさせるものか!」


 その姿は、まさしく村を守る守護者だった。


 しかし、魔獣の数は減るどころか、森の奥から次々と増えていく。


「くそっ……! いくら何でも数が多すぎる!」


 ルーカスが歯噛みする。


 その時、彼は奇妙なことに気づいた。


 魔獣たちの動きが、どこかおかしい。


 普通なら、これほどの数の魔獣が村へ押し寄せれば、獲物を求めて家々へ散らばるはずだ。だが、今襲いかかってくる魔獣たちは、まるで何かに引き寄せられるかのように、ルーカスのいる場所へ集まってきている。


「まさか……またか!」


 ルーカスが苦々しげに呟く。


「ルーカスさん、何か心当たりでも?」


 ジェスターがカードを指先で弄びながら尋ねた。


「俺の魔力だ」


「魔力?」


「ああ。俺は魔人の中でも魔力が強い方らしい。そのせいなのか、昔から魔獣に狙われることが多かった。ここに来てからも、何度か魔獣が村に現れている」


 ルーカスは迫ってきた魔獣を蹴り飛ばしながら答える。


「俺がこの村にいるせいで、魔獣が集まってきているのかもしれない。だから、村のみんなには迷惑をかけている」


 その声には悔しさが滲んでいた。


「そんなことはない!」


 ルーカスの言葉を否定するように、近くの村人が叫ぶ。


「お前がいなければ、俺たちはとっくに魔獣に襲われていた!」


「そうだ! お前が守ってくれたから、俺たちはここで暮らしていられるんだ!」


「だから、そんなことを言うな!」


 村人たちの声が響く。


 ルーカスは一瞬だけ目を見開いた。


 だが、感傷に浸っている暇はない。


「今は目の前の魔獣をどうにかするのが先だ!」


 ルーカスは再び前を向いた。


 その視界の端に、リリィの姿が映る。


「おい、そこの嬢ちゃん!」


「なに?」


「ここは危険だ! 君は戦えないだろう! 早く安全な場所へ逃げろ!」


 ルーカスにとって、リリィはどう見ても幼い少女だった。


 こんな魔獣の群れに立ち向かわせるわけにはいかない。


 だが、その言葉を聞いたリリィは、ぴたりと足を止めた。


「え?」


 そして、頬を膨らませる。


「そんな事ないわよ! あまり私を舐めないでちょうだい!」


「なっ!?」


 リリィが小さな手を掲げる。


 次の瞬間、彼女の周囲に膨大な魔力が渦巻いた。


 空気が震え、地面に亀裂が走る。


「──押し潰れなさい!」


 ドゴォォォン!! 


 魔獣の群れが集まっていた一帯の地面が、突如として陥没した。


 いや、違う。


 そこにいた魔獣たちが、上から押しつけられるように地面へと叩き伏せられたのだ。


 見えない巨大な手に押し潰されたかのように、何匹もの魔獣が一斉に地面へ沈む。


 土煙が舞い上がり、周囲に轟音が響き渡った。


「…………」


 ルーカスは目を見開いたまま、固まっていた。


「ふんっ! これくらいできるんだから!」


『ヨホホホ! これはこれは、実にお見事!』


 ジェスターが楽しそうに拍手する。


『いやはや、頼もしいお嬢さんですなぁ!』


「えへへ! でしょう?」


 リリィは得意げに胸を張った。


「お、お前……本当に子供なのか?」


「子供よ?」


「いや、そういう意味ではなく……」


『ヨホホ! ルーカスさん、どうやらリリィちゃんを侮っていたようですなぁ』


「……そのようだ」


 ルーカスは苦笑を浮かべ、改めてリリィを見る。


 どうやら、この少女もただ者ではないらしい。


 だが、驚いている暇はなかった。


「グォオオオオッ!!」


 魔獣たちが一斉に吠え、三人へと押し寄せてくる。


『さてさて、ワタクシもそろそろお仕事をいたしましょうかねぇ』


 ジェスターは懐から一組のトランプを取り出した。


 指先で一枚のカードを弾く。


 パチンッ。


 軽快な音とともに、カードが宙を舞った。


 そのカードには、赤いハートの模様が描かれている。


『それでは皆様、ご覧あれ!』


 ジェスターが指を鳴らした。


 すると、宙を舞っていたカードが一瞬で魔獣の方へと飛んでいく。


『ワンペア!』


 ヒュンッ! 


 カードは風を切り、迫り来る魔獣の額を貫いた。


 さらにジェスターは、手元のカードを次々と放つ。


『スリーカード!』


 ヒュンッ、ヒュンッ、ヒュンッ! 


 無数のカードが宙を駆け、魔獣たちの身体を正確に切り裂いていく。


 まるで意思を持っているかのように、カードは軌道を変え、別々の獲物へと飛んでいった。


「なっ……!?」


 ルーカスが思わず目を向ける。


 あの道化師は、いったい何をしている? 


 ただの紙切れにしか見えないものが、魔獣の硬い皮膚を容易く切り裂いている。


『ヨホホ! トランプというものは、遊ぶだけの道具ではございませんぞ!』


 ジェスターが手首を返す。


 すると、飛び交っていたカードが一斉に反転し、背後から迫っていた魔獣へと襲いかかった。


 魔獣たちは悲鳴を上げる間もなく倒れていく。


「す、すごい……!」


 リリィが目を輝かせる。


『おやおや、リリィちゃん。見惚れている場合ではありませんぞ?』


「わかってるわよ!」


 リリィが再び両手を掲げる。


「今度はこっち!」


 彼女の足元から冷気が広がり、地面を一瞬で凍りつかせた。


 駆け寄ってきた魔獣たちの足が氷に捕らわれ、身動きが取れなくなる。


「今よ!」


 ルーカスが地面を蹴った。


 大きな身体が一気に魔獣の群れへ飛び込む。


 まず一匹の頭を拳で打ち抜き、その勢いのまま身体を回転させる。


 振り抜かれた脚が、横に並んでいた魔獣たちをまとめて吹き飛ばした。


 さらに、逃げようとした一匹の背中を踏みつけ、別の魔獣へ向けて蹴り飛ばす。


 そこへ、ジェスターのカードが飛来する。


 ルーカスの死角から迫っていた魔獣を、カードが鮮やかに切り裂いた。


『ヨホ! ルーカスさん、後ろがお留守ですぞ!』


「助かった!」


 ルーカスが振り返る。


 今度は彼の拳が、ジェスターのカードによって動きを止められた魔獣を叩き飛ばした。


「ジェスター! 右から来てるわ!」


『おやおや、これは失礼! フラッシュ!』


 リリィの声に応じ、ジェスターがカードを複数枚放つ。


 右側から迫っていた魔獣の群れが、瞬く間に切り裂かれた。


 ルーカスが前方を切り開き、リリィが広範囲の魔法で敵の動きを封じる。そしてジェスターが、その隙を逃さずカードで仕留めていく。


 三人の動きは、初めて組んだとは思えないほど噛み合っていた。


 もちろん、互いの力を完全に理解しているわけではない。


 それでも、誰かが危険に晒されれば、別の誰かがすぐさま援護する。


 それだけで十分だった。


 そして、戦いが続くにつれ、ジェスターはひとつの違和感を覚えていた。


 魔獣たちはルーカスへ引き寄せられている様に感じる。


 だが、それだけでは説明がつかない。


 群れの先頭にいる魔獣たちは、まるで何かに追い立てられているかのように、後方から押し寄せていた。


 逃げ道を塞がれ、進む方向を限定されている。


 その動きは、単なる本能的な行動とは思えなかった。


『ヨホホ……これは、少々妙ですなぁ』


 ジェスターは一瞬だけ森の奥へ視線を向けた。


 しかし、そこに見えるのは木々の影ばかり。


 今はまだ、確かめている暇はなかった。


「グルァアアアッ!!」


 最後に残った大型の魔獣が、三人へ向かって突進してくる。


 他の魔獣よりも一回り大きく、額には太い角が生えていた。


「こいつで最後か!」


 ルーカスが迎え撃とうとする。


 だが、その前にリリィが一歩踏み出した。


「任せて!」


 リリィが手をかざす。


 魔獣の身体がわずかに浮き上がった。


 動きが止まった瞬間、ジェスターのカードが四方から飛来し、魔獣の四肢を地面へ縫い止める。


『さあ、ルーカスさん!』


「おう!」


 ルーカスが大きく踏み込み、拳を握りしめた。


「これで終わりだ!!」


 渾身の一撃が、魔獣の顔面を捉える。


 轟音。


 巨体は地面に叩きつけられ、そのまま動かなくなった。


 そして──。


 村を襲っていた魔獣の大群は、一匹残らず討ち倒されていた。


「…………終わった、のか?」


 ルーカスは周囲を見渡し、ようやく拳を下ろした。


「やったー!」


 リリィが両手を上げて喜ぶ。


『ヨホホホ! いやはや、実に見事な舞台でございました!』


 ジェスターは手に残ったカードを扇状に広げ、優雅に一礼した。


 その様子を見ていたルーカスは、しばらく言葉を失っていた。


 つい先ほどまで、村を守るために自分一人で戦うつもりだった。


 しかし、気がつけば二人の助けを借り、あれほどの魔獣の群れを撃退していたのだ。


「……助かった。二人とも、ありがとう」


「どういたしまして!」


『ヨホ! お礼には及びませんぞ。ワタクシたちも、なかなか楽しい時間を過ごせましたからなぁ』


 ジェスターが笑う。


 その時、家々に隠れていた村人たちが、恐る恐る外へ出てきた。


「お、おい……魔獣は?」


「もう大丈夫なのか?」


 村人たちは広場に転がる魔獣の死骸を見て、目を丸くする。


 そして、ルーカスの姿を見つけると、安堵したように駆け寄ってきた。


「ルーカス! 無事だったか!」


「怪我はないか!?」


「ああ、大丈夫だ。みんなこそ無事か?」


 ルーカスは村人たちの顔を一人ずつ確かめる。


 その光景を、ジェスターは少し離れた場所から眺めていた。


 先ほどまで命を懸けて戦っていた者と、彼を心配して駆け寄る者たち。


 そこに種族の違いを気にする様子はない。


 ただ、互いの無事を喜んでいる。


『ヨホホ……』


 ジェスターの口元に、いつもの笑みが浮かぶ。


 そして、ふと視線を横へ向けた。


 村の家から、ドンナがこちらへ駆けてくる。


「ルーカス!」


「ドンナ!」


 彼女はルーカスの無事を確かめると、ほっと胸を撫で下ろした。


「よかった……本当に、よかった……」


「心配をかけたな」


 ルーカスが少し照れくさそうに笑う。


 その笑顔を見たドンナも、ようやく笑みを浮かべた。


 ジェスターは二人を見つめながら、帽子の鈴を小さく鳴らした。


 ──その時。


『おや?』


 ジェスターの視線が、村の入り口から森へ続く道へと向いた。


 魔獣たちの死骸が散乱する地面。その中に、奇妙な痕跡が残されていた。


 無数の足跡が、森の奥から村へ向かって続いている。


 それ自体は不思議ではない。


 だが、よく見ると、その足跡の周囲には不自然な跡がいくつもあった。


 地面を抉ったような細い溝。木々の根元に残る、何かを引きずったような痕。そして、魔獣たちの足跡が、まるで一本の道筋に沿うように集中している。


 さらに、その道の脇にある木の幹には、淡く光る奇妙な紋様が刻まれていた。


 ジェスターはその場にしゃがみ込み、指先を近づける。


『ふむ……』


 紋様からは、ごく微かな魔力が感じられた。


 魔獣を引き寄せるような、あるいは何かを誘導するような、不自然な魔力の残滓。


 ルーカスの魔力に惹かれて魔獣が集まった。


 それは間違いないのだろう。


 だが、今回の襲撃はそれだけでは説明できない。


 誰かが魔獣たちの進む方向を整え、村へと向かわせた。


 そう考えれば、この不自然な足跡にも説明がつく。


『ヨホホ……なるほど、なるほど』


 ジェスターは立ち上がり、森の奥を見つめた。


 そこには、何者かの気配も、姿もない。


 ただ、風に揺れる木々が静かにざわめいているだけだった。


「ジェスター? どうしたんだ?」


 ルーカスが不思議そうに声をかける。


『いえいえ、何でもございませんよ。少々、気になるものを見つけただけでして』


「気になるもの?」


『ええ。どうやら、この舞台にはまだ裏方がいるようですなぁ』


「裏方……?」


『ヨホホ! お気になさらず。今はまず、皆さんの無事を喜ぶといたしましょう』


 ジェスターはいつもの笑みを浮かべた。


 そして、もう一度村人たちへと視線を向ける。


 魔人であるルーカスと、人間である村人たち。


 彼らは互いの種族を気にすることなく、無事を喜び合っている。


 そこにあるのは、恐怖でも憎悪でもない。


 ただ、共に生きる者同士の、当たり前の光景だった。


『さてさて……これはまた、興味深い舞台になってまいりましたなぁ』


 彼の問いに対する答えは、まだ出ていない。


 しかし、今の光景を見てしまった以上、簡単に答えを出すこともできそうになかった。


 そして何より──。


 この村には、まだ誰も知らない何者かの思惑が潜んでいるようだった。



 読んでくれてあんがとな


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