もてなしと邂逅
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夕食時。
ドンナの家には、食卓いっぱいに並べられた料理の香りが漂っていた。
焼きたてのパンに、野菜をふんだんに使ったスープ。香ばしく焼かれた肉料理に、色鮮やかなサラダまである。
どれも手間暇をかけて作られたことが伝わってくる、温かな食卓だった。
『いやはや、こんなにもてなしていただけるとは思いませんでしたなぁ!』
「そうね、ジェスター! どれもこれもおいしいわ!」
「本当? よかったぁ。たくさん作ったから、口に合わなかったらどうしようかと思ってたの」
ドンナはほっと胸を撫で下ろし、二人の顔を交互に見た。
「リリィちゃんも、ジェスターも、おいしい?」
「あ! ジェスターはね、ピエロだからさん付けはしなくていいんだよ!」
『おやおや、先に言われてしまいましたなぁ』
「そうなんですか?」
『ええ。ワタクシはしがない旅のピエロでございますからな! どうぞお気軽に、ジェスターとお呼びくださいませ!』
「ふふっ、わかったわ。それじゃあ、ジェスター、リリィちゃん。おいしい?」
「もちろん!」
『モチのロンでございます!』
「ふふ、ならよかった」
二人の返事を聞いて、ドンナは嬉しそうに微笑んだ。
それからしばらく、三人は他愛のない話をしながら食事を楽しんだ。
リリィが旅先で見た景色や、ジェスターが披露してきたショーの話。ドンナもまた、村での暮らしについて二人に話して聞かせた。
穏やかな時間が流れ、やがて食事を終えると、ドンナは二人を寝室へと案内した。
「部屋はここを使ってね。少し狭いけれど、ゆっくり休んでいってください」
『ヨホホ! 十分でございますとも! 屋根のある場所で眠れるだけでも、ありがたいものですからなぁ!』
「ふふっ、それならよかった」
ところが、寝室に用意されていたベッドは二つだけだった。
「ごめんなさいね。ベッドが二つしかなくて……」
「それじゃあ、私はドンナさんと一緒に寝たい!」
リリィが元気よく手を挙げた。
「ふふっ、そう? それじゃあ、今夜は一緒に寝ましょうか」
「うん!」
『ヨホホホ! では、ワタクシは一人で悠々自適に眠らせていただきますかな!』
「もう、ジェスターったら」
こうして、ジェスターは一つのベッドを使い、リリィはドンナと一緒に眠ることになった。
◇
明かりを消し、部屋が静寂に包まれた頃。
「ねぇねぇ、ドンナさん?」
「なぁに、リリィちゃん?」
「ドンナさんには、好きな人とかいるの?」
「ど……どうしたの、急に!?」
暗闇の中、ドンナの声がわずかに裏返った。
「ジェスターがね、こういうときは恋バナをするのが定石って言ってたの」
「こ、恋バナ……?」
「うん! それで? いるの、いないの?」
リリィは期待に満ちた声で尋ねる。
突然の質問に、ドンナは返事に困ったように黙り込んだ。
しばらく沈黙が続く。
やがて、観念したように小さく呟いた。
「い……いるわよ」
その声は、今にも消えてしまいそうなほどか細かった。
けれど、その小さな声には、彼女の抱く想いの深さが滲んでいた。
「ほんと!? どんな人どんな人?」
「……笑顔が可愛くて、優しいところ……かな」
「キャ〜! これが恋バナなのね! なんだかドキドキするわ!」
リリィは胸の前で両手を握りしめ、興奮を隠しきれない様子だった。
「それでそれで? お名前は!?」
「も、もういいでしょう!」
ドンナは慌ててリリィの言葉を遮った。
「ほら、早く寝ないと明日起きられないわよ!」
「む〜ん……。まぁ、いっか」
少しだけ不満そうに頬を膨らませたものの、リリィは素直に目を閉じた。
「おやすみなさい、ドンナさん」
「ええ。おやすみなさい、リリィちゃん」
ドンナは隣で眠りにつこうとする少女を見つめ、そっと微笑んだ。
その胸の内に秘めた想いを、誰かに語る日はまだ遠い。
少なくとも、今夜は。
◇
翌朝。
『ファ〜……おはようございます』
大きなあくびをしながら、ジェスターが寝室から顔を出した。
「ええ、おはようございます」
すでに起きていたドンナが、朝食の支度をしながら微笑む。
『おやおや、ドンナさんは早起きですなぁ』
「いつものことよ。二人とも、顔を洗ってきたら朝ごはんにしましょうね」
『ヨホホホ! それは楽しみでございます!』
ジェスターは帽子を揺らしながら、嬉しそうに声を弾ませた。
その一方で、彼の頭の中には、村の秘密に近づくための算段が巡っていた。
何しろ、この村にはまだまだ気になることが多い。
大人たちは何かを隠している。
そして、リリィが子供たちから聞き出した話も、決して無関係ではないだろう。
さてさて、今日はいったいどんな舞台が待っているのやら。
ジェスターは口元に笑みを浮かべ、朝の光が差し込む窓の外へと視線を向けた。
◇
昼下がり。
村の広場に、ジェスターの陽気な声が響き渡った。
『さぁさぁさぁ! 皆様方! 奇天烈愉快なショーの始まりでございますよ〜!!!』
その声に誘われるように、子供たちが次々と集まってくる。
最初は遠巻きに眺めていた子供たちも、今ではすっかりジェスターのショーを楽しみにしているようだった。
『さてさて! 本日の最初の演目は、風船細工でございます! ただの風船が、あら不思議! 皆様の望む品へと早変わり!』
ジェスターは腰巾着から色とりどりの風船を取り出し、子供たちへ見せつけるように掲げた。
『さぁて、そこの坊っちゃん! 何かリクエストはございますかな?』
「う〜ん……それじゃあ、帽子を作って!」
『良いですとも!』
ジェスターは細長い風船を手に取ると、慣れた手つきで捻り始めた。
くるり、くるり。
風船はジェスターの指先でみるみる形を変えていく。
あっという間に、可愛らしい帽子の形が出来上がった。
『はいなぁ、完成でございます!』
「わぁ〜! すごい、すごい!」
帽子を受け取った少年が、目を輝かせて歓声を上げる。
「次は僕も!」
「駄目! 私が先!」
「僕だってお願いしたい!」
たちまち子供たちがジェスターを取り囲み、あちらこちらから声が飛び交った。
『おやおや、焦らない焦らない! ワタクシは逃げませんぞぉ!』
「「「は〜い!」」」
『ヨホホ! よろしい! 皆様、実に聞き分けのよいお子様たちでございますなぁ!』
ジェスターの笑い声と、子供たちの歓声が広場いっぱいに広がっていく。
その光景を、少し離れた場所から眺めている大人たちもいた。
けれど、彼らの表情は子供たちとは対照的だった。
楽しげなショーに目を向けながらも、どこか落ち着かない様子で周囲を気にしている者。
ジェスターと目が合うと、そそくさと視線を逸らす者。
彼らは決して、ジェスターを心から歓迎しているわけではなかった。
それでもジェスターは、そんな様子を気にする素振りも見せず、いつも通りにショーを続けた。
そして、夕暮れ。
最後の演目を終えたジェスターは、子供たちに見送られながら広場を後にした。
ショーで子供たちとの距離を縮める一方、彼は大人たちからも情報を集めようとしていた。
◇
『ヨホ! ちょびっとだけ、お時間をいただいてもよろしいですかな?』
村の通りで、ジェスターは荷物を運んでいた男に声をかけた。
「おぉ、ピエロの旦那か。どうしたんだ?」
『いえね、少々気になることがございまして』
ジェスターはいつもの調子で笑いながら、男の隣に並んだ。
『ワタクシたちはよそから来た旅人でございますが……それにしては、皆様、少々警戒なさっているように見えましてなぁ』
「……あ〜、う〜ん」
男は困ったように唸り、頭を掻いた。
何か言おうとしているようにも見える。だが、言葉が出てこない。
「まあ……この村も、いろいろあるんだよ」
『ほほう? いろいろ、でございますか?』
「いや、何でもねえ。気にしないでくれ」
『ヨホ! これは失礼いたしました。よそ者を不審に思うのは当然のことでございますからな! どうぞお気になさらず!』
「……ああ。そういうことにしておいてくれ」
男はそれ以上何も語らず、荷物を抱え直して立ち去っていった。
『ヨホホホ! それでは、またいずれ!』
ジェスターは手を振って見送ると、笑みを浮かべたまま、その背中を見つめていた。
──なるほど、なるほど。
どうやら、単に人見知りをしているというわけでもなさそうですなぁ。
村人たちは何かを隠している。
しかし、それが何なのかはまだ分からない。
ならば、焦る必要はない。
秘密というものは、追い詰めれば固く閉ざされる。だが、気を緩めた瞬間には、思わぬところから綻びが生まれるものだ。
ジェスターは、それを待つことにした。
◇
それから数日。
ジェスターは毎日のように広場でショーを披露し、子供たちを楽しませた。
その合間には大人たちへ何気なく話しかけ、村の様子や最近の出来事について尋ねてみた。
だが、返ってくるのは曖昧な返事ばかり。
誰もが何かを知っているようで、肝心なことになると口を閉ざしてしまう。
一方、リリィもまた、仲良くなった子供たちから話を聞いていた。
そして、ある日の夕暮れ。
リリィはジェスターのもとへ駆け寄ると、どこか真剣な顔で声をかけた。
「ジェスター、ちょっといい?」
『おや、どうしましたかな、リリィちゃん?』
「村の子供たちがね、夜になるとお父さんやお母さんが家を出ていくことがあるって言ってたの。何人もの大人が、こっそり出かけていくらしいのよ」
ジェスターの目が、すっと細められた。
それまで浮かべていた笑みが、ほんのわずかに深くなる。
『ヨホ! すんばらしいですなぁ、リリィちゃん!』
「もしかしたら、例の件と関係があるんじゃない?」
『ええ、その可能性は十分にございます。昼間は何も語らぬ大人たちが、夜には揃ってお出かけですか……』
ジェスターは顎に手を当て、考え込むような仕草を見せた。
『これは、確かめてみる価値がありそうですなぁ』
「じゃあ、私も一緒に行く!」
『おやおや、そう急がないでくださいませ。お子様は夜になったら、ちゃんとお休みするものですぞ?』
「む〜! 私だって子供じゃないもん!」
『ヨホホホ! これは失礼! ですが、今夜はワタクシにお任せくださいませ』
「え〜! 私も行きたいのに!」
『なぁに、リリィちゃんには別のお仕事がございますからなぁ』
「別のお仕事?」
『ええ。今夜はドンナさんのお相手をお願いいたします! せっかく仲良くなれたのですから、寂しい思いをさせてはいけませんぞ!』
「……それなら、仕方ないわね」
リリィは少し不満そうに頬を膨らませたが、すぐに気を取り直して頷いた。
そのとき、家の奥からドンナの声が響いてきた。
「ジェスター! リリィちゃん! ご飯ができましたよ〜!」
『おや? もうそんな時間ですか。それではリリィちゃん、今夜はドンナさんのことをよろしくお願いいたしますぞ』
「うん! 任せて!」
こうして、その日の夜に確かめるべきことは決まった。
◇
その日の深夜。
ジェスターは音もなく屋根の上に立ち、村の様子を見下ろしていた。
月明かりの下、家々は静まり返り、窓から漏れる明かりもほとんどない。
だが、しばらくすると──。
一軒の家の扉が、そっと開いた。
中から現れたのは、荷物を抱えた村人だった。
男は周囲を慎重に見回してから、音を立てないように歩き出す。
やがて、別の家からも一人。
さらに、もう一人。
彼らは互いに目立った会話を交わすことなく、村の外へと向かっていった。
その行き先は、森。
『ヨホ! ビンゴでございますかな』
ジェスターは愉快そうに口元を吊り上げた。
ようやく、尻尾を掴むことができたらしい。
『さてさて、それでは早速……』
ジェスターは腰巾着へ手を伸ばし、小さな香水瓶を取り出した。
以前、エドガーたちとアンジェロ邸へ侵入した際にも使用した、希釈の香水である。
ジェスターはそれを自分の衣服へ軽く振りかけた。
『それでは、楽しい楽しい尾行タイムと参りましょうか! ヨホホホ!』
ジェスターは屋根から音もなく飛び降りると、村人たちの後を追い、静かな森の中へと姿を消した。
◇
『ヨホホホ! あれが秘密のお家ですか』
尾行の末、ジェスターがたどり着いたのは、一軒の民家だった。
かつては人が暮らしていたのだろう。
しかし、壁はあちこち崩れ、屋根も傷み、窓枠には草が絡みついている。とてもではないが、今も誰かが住んでいるようには見えなかった。
そんな廃屋の扉を、村人たちは慣れた様子で開いていく。
『さてさて、それではワタクシもお邪魔しましょうか』
ジェスターは楽しげに笑うと、村人たちが扉を開けたその瞬間、音もなく屋内へと滑り込んだ。
室内は外観に反して、思いのほか整っていた。
埃も少なく、床には掃除された跡がある。壁際には生活用品が並べられ、中央には簡素なテーブルと椅子が置かれていた。
そして、その部屋の中央に、一人の男が腰を下ろしていた。
村人たちは男の前に食料や日用品を並べると、親しげに声をかける。
「いつも済まねえな」
「いいんだ、いいんだ! こっちだって、魔獣の駆除なんかで助けてもらってるからな」
「それでも、こんなに食料をもらっちまっていいのか?」
「気にするなよ。こっちは余裕があるんだからさ」
そう言って、村人の一人が食料の詰まった袋を男へ手渡す。
男もまた、申し訳なさそうにしながらそれを受け取った。
「……いつも、本当に助かる」
『これはこれは……』
その光景を眺めていたジェスターは、思わず感嘆の声を漏らした。
男の身長は百八十センチを優に超え、鍛え上げられた肉体は見るからに屈強だった。
背中には人間にはない大きな翼が生え、額からは一本の立派な角が伸びている。
人の姿をしていながら、人ならざる特徴を備えたその姿。
『……魔人、ですか』
魔人。
それは、人族と長きにわたって争い続けてきた種族である。
互いに相容れぬ存在として、幾度となく刃を交えてきた歴史がある。
そんな両者が、こうして親しげに言葉を交わし、食料や日用品まで融通し合っている。
ジェスターにとって、それは実に興味深い光景だった。
──しかし。
「誰だ!」
突然、男が鋭い声を上げた。
それまで和やかだった室内の空気が、一瞬にして張り詰める。
「おぉ、急に大声を出してどうしたんだ?」
「何か……いる」
「何もいねぇって。誰かにつけられたわけでもあるめぇし?」
「違う……。つけられたことに、気づかなかっただけだ」
男は低く呟くと、卓上に置かれていた食器用のナイフを手に取った。
そして、迷いなく投げ放つ。
ヒュッ──!
ナイフは暗闇を切り裂き、寸分の狂いもなくジェスターの潜む場所へと飛来した。
『ヨホ! これはこれは……。まさか気づかれるとは思いませんでしたなぁ』
ジェスターはひらりと身を翻してナイフをかわすと、隠れていた場所から姿を現した。
突然、何もない空間からピエロが現れたのだ。
村人たちは、そろって目を見開いた。
「なっ……!?」
「いつの間に!?」
「お、お前、昼間のピエロじゃねぇか!」
「ピエロ……?」
「ああ、最近この村に来たんだ。芸を見せてくれた、変わった奴でな……」
村人の説明を聞いた男は、ジェスターの姿をじっと見つめた。
やがて、何かに思い至ったように目を細める。
「まさか……冒険者か!」
『大正解でございます! いやはや、さすがは魔人さん。お見事、お見事!』
ジェスターは大仰に両手を広げ、まるで舞台上の役者のようにお辞儀をした。
『ワタクシ、ギルド長のモルドさんに頼まれ、この村の調査に参った者でございます。ヨホホホ!』
「なるほどな……。全員、まんまと騙されたってわけか」
男は立ち上がると、ジェスターと村人たちの間に立つようにして身構えた。
村人たちを背にかばう、その姿。
先ほどまで親しげに食料を受け取っていた男の表情から、柔らかな雰囲気は消えていた。
「おい、待てよ! そいつは別に俺たちを襲いに来たわけじゃない!」
「そうだ! まずは話を聞いてみよう!」
「黙ってろ。こいつが何者か分からない以上、警戒するに越したことはない」
男は村人たちを制しながら、ジェスターから目を離さない。
その様子を見て、ジェスターは愉快そうに肩を揺らした。
『ヨホホホ! これは失礼! 少々、驚かせてしまいましたかな?』
「……なんだこのピエロ、緊張感の欠片もねぇ」
『おや! そういえば、魔人さんには自己紹介がまだでしたね。ワタクシ、しがない旅のピエロ、ジェスターと申します。どうぞお気軽にジェスターとお呼びくださいませ!』
「……ジェスター、お前は何が狙いだ? 俺の首か?」
『おやおや! 随分と物騒なご挨拶ですなぁ! ですが、その前に貴方のお名前を伺ってもよろしいですかな?』
「……ルーカス」
『ルーカスさんですか!』
ジェスターは、うんうんとわざとらしく頷いてみせた。
「それで、俺の質問には答えないのか?」
『もちろん、お答えいたしますとも! ですが、ご心配には及びませんよ。ワタクシ、貴方の首などに興味はございません』
「なら、何が目的だ?」
『それよりも、先ほどから気になっていることがございましてなぁ!』
「気になっていること?」
『ええ! どうして人族と魔人族である皆様が、ここまで仲良くなったのか! 是非是非、それを聞かせていただきたいのです!』
ジェスターは身を乗り出すようにして、目を輝かせた。
あまりにも場違いな問いかけに、ルーカスはもちろん、村人たちも困惑した表情を浮かべる。
「……そんなことを聞きに来たのか?」
『ヨホホホ! もちろんでございますとも!』
ルーカスはしばらくジェスターを睨んでいたが、やがて小さく息を吐いた。
「……俺がこの場所に逃げてきたのが始まりだ」
『ほほう?』
「ここに身を隠して、少ししたら出ていくつもりだった。人族の村に長居する理由なんてなかったからな」
ルーカスは遠くを見るように目を細めた。
「だが、そこで彼女に出会ったんだ」
「彼女というのは?」
「ドンナという女性だ」
『ヨホ! ドンナさんですか!』
「知っているのか?」
『ええ。実は今、同行者とともにドンナさんのお宅に泊めていただいているのですよ』
「そうか……相変わらずお人好しなんだな」
ルーカスは呆れたように笑った。
その表情には、どこか懐かしむような色が浮かんでいた。
「ドンナは、魔人である俺に何の偏見も持たずに接してくれた。最初は俺も戸惑ったよ。人族が魔人を見れば、恐れたり、敵意を向けたりするのが当たり前だと思っていたからな」
『ほほう! ドンナさんはやはり人格者ですねぇ!』
「……ああ。あいつは、そういう奴なんだ」
ルーカスは少しだけ表情を緩めた。
「そこから数ヶ月が経った、ある日のことだ。村が魔獣に襲われた」
「いや〜、あん時は死ぬかと思ったな!」
「まったくだ。あれはひどかった」
村人たちが苦笑いを浮かべながら口を挟む。
『なるほど、なるほど! それで、どうなったのですかな?』
「当然、俺たちは必死に抵抗した。だが、相手が悪かった。俺たちだけでは、どうにもならなかった」
「そうだ。あのままだったら、今頃この村はなくなっていたかもしれねえ」
『ヨホホホ! それでは、皆様が今こうして無事に生きているということは……』
「そうだ。俺が助けに入ったんだ」
ジェスターは続きを促すように、ルーカスを見つめた。
「正直、最初は助ける義理なんてなかった。相手は人族だ。俺とは違う種族だし、放っておこうとも思った」
ルーカスは自嘲気味に笑う。
「だが、そのときドンナの顔が頭に浮かんだんだ。あいつが悲しむ姿を想像したら、どうにも放っておけなくてな」
彼は当時を思い出すように、ゆっくりと拳を握った。
「気づいたときには、魔獣と村の間に立っていた」
『ヨホホホ!』
「笑うな……」
『これは失礼! いやはや、実に興味深いお話でございますからなぁ!』
「そこから、村との交流が始まった。最初はドンナだけだったが、少しずつ村人たちとも話すようになってな。今では、こうして食料を分けてもらったり、魔獣の駆除を手伝ったりしている」
「最初は俺たちも魔人族だと聞いて警戒したもんだ。だが、ルーカスは俺たちを助けてくれた。何度もな」
「そうだな。今じゃ、すっかり頼りにさせてもらってる」
村人たちは、ルーカスに向けて穏やかな笑みを浮かべた。
ルーカスもまた、照れくさそうに視線を逸らす。
「人生、何が起こるか分からないもんだな」
『ヨホホホ! まったくですなぁ! それが今では、仲良しこよしと……。いやはや、実にすんばらしい!』
ジェスターは心底愉快そうに笑った。
種族の違いも、長年の因縁も、彼らの間にある絆を断ち切ることはできなかった。
それは、ジェスターにとって何よりも興味深く、そして喜ばしい光景だった。
しかし、そんな和やかな空気も長くは続かなかった。
「……それで、ジェスター」
ルーカスが、改めてジェスターを見据える。
「お前は俺のことをギルドに報告するのか?」
『ん〜……どうしましょうか』
ジェスターはわざとらしく首を傾げ、考え込むような仕草を見せた。
『正直に報告すれば、十中八九、討伐隊が組まれるでしょうなぁ』
「……だろうな」
ルーカスの表情がわずかに曇る。
その言葉を聞いた村人たちも、落ち着かない様子で互いの顔を見合わせた。
「だから、俺たちは隠していたんだ」
一人の村人が、ジェスターへと歩み寄る。
「頼む! どうか、報告しないでくれ!」
「俺たちにとって、ルーカスは大切な仲間なんだ!」
「こいつが何をしたっていうんだ! ただ、俺たちを助けてくれただけじゃないか!」
次々と声が上がる。
彼らの表情には、恐怖と焦り、そしてルーカスを守りたいという強い想いが浮かんでいた。
「……みんな、もういい」
ルーカスが制止する。
「俺のせいで、お前たちまで危険な目に遭わせるわけにはいかない」
「何を言ってるんだ!」
「お前がいなければ、俺たちはとっくに死んでいたんだぞ!」
「そうだ! 今さら見捨てられるわけがないだろう!」
村人たちは口々に訴える。
その光景を、ジェスターは黙って眺めていた。
やがて、彼の口元にゆっくりと笑みが浮かぶ。
『ヨホホホ……』
さてさて。
これはまた、なんとも興味深い舞台でございますなぁ。
種族の違いを越えて結ばれた友情。
そして、その友情を守るために、危険を承知で秘密を抱え続ける人々。
なるほど、なるほど。
実に、すんばらしい。
ジェスターは、目の前の人々を見渡した。
彼らは今、ひとりの魔人を守ろうとしている。
そのためなら、自分たちが危険にさらされることさえ厭わないのだろう。
──さてさて。
この舞台の幕は、いったいどのように下ろされるのでしょうなぁ。
読んでくれてあんがとな




