Dランクと謎の村
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模擬戦を終えたジェスターとリリィは、ギルド長モルドとともにギルド長室へと戻っていた。
部屋に入るなり、モルドは二人に向かい合うようにソファーへ腰を下ろす。
「さて、と。まずは冒険者登録についてだが……お前たちの登録は問題ない」
『ヨホホ! それは何よりでございますなぁ!』
「やったね、ジェスター!」
リリィが嬉しそうに両手を握る。
「ただし、ランクはDランクからのスタートだ。どれだけ実力があろうと、新人冒険者は原則としてDランクから始めてもらうことになっている」
『ほほう! なるほど、なるほど! 実績を積み重ねて、少しずつ上を目指していくというわけですな!』
「ああ。実力だけでなく、依頼の達成率や活動実績も評価の対象になる。まあ、お前たちならそう時間はかからんだろうがな」
『ヨホホホ! これはこれは! 期待されておりますなぁ!』
「えへへ。頑張ろうね、ジェスター!」
『もちろんでございますとも!』
二人は特に不満を抱くこともなく、冒険者としての第一歩を踏み出した。
モルドはそんな二人の様子を見届けると、ふと思い出したように口を開いた。
「そうだ。実は、お前たちに頼みたい仕事がある」
『ほほう? 早速のお仕事ですかな?』
「そうだ。もっとも、普段の冒険者が受けるような討伐依頼とは少し違うがな」
モルドは机の上に置かれていた一枚の書類を手に取る。
「ある村で、少々厄介な問題が起きている。お前たちには、その村へ赴いて調査を行い、問題の原因を突き止めてもらいたい」
「村の調査?」
リリィが小首を傾げる。
「ああ。実は、その村にはこれまで何組かの冒険者を派遣している。だが、調査は一向に進展していない」
「どうして?」
「村人たちが、まったく協力してくれんのだ」
モルドは眉間にしわを寄せた。
「何を尋ねても『知らない』の一点張り。村の中を調べようとしても、あれこれ理由をつけて断られる。挙げ句の果てには、村人たち同士で口裏を合わせているような節さえある」
『おやおや? それはまた、妙なお話ですなぁ』
「そうだ。何かを隠しているのか、それとも別の事情があるのか……現時点では何も分かっていない」
「村の人たち、どうしてそんなことをするんだろう……」
「さあな。だからこそ、調査が必要なんだ」
モルドは書類を机に置き、二人を見つめた。
「そこで、お前たちに頼みたい」
『ほほう? ワタクシたちに、でございますか?』
「お前たちは冒険者になったばかりだ。村人たちに顔を知られているわけでもない。それに……」
モルドはジェスターとリリィを交互に見た。
「片方は旅のピエロ、もう片方は幼い少女。どう見ても、冒険者には見えん」
『ヨホホホ! これはこれは! なかなか手厳しいご意見ですなぁ!』
「悪く思うな。だが、そこが今回の依頼では重要なんだ。これまでの冒険者とは違う立場の人間なら、村人たちも多少は警戒を緩めるかもしれん」
「なるほど! 私たちなら、普通の冒険者とは違うからってことね!」
「そういうことだ」
リリィは納得したように頷く。
その隣で、ジェスターは顎に手を当て、何やら楽しげに考え込んでいた。
『なるほど、なるほど……。つまり、剣を振るう冒険ではなく、人々の心を覗く探検というわけですな?』
「まあ、そういう言い方もできるな」
『ヨホホホ! すんばらしい! 実にすんばらしい依頼でございます!』
ジェスターは両手を広げ、愉快そうに笑った。
『人というものは、実に不思議な生き物ですからなぁ! 口では何も知らないと仰りながら、心の内では何を考えているのか……。いやはや、これは興味が尽きませんぞ!』
「ふふっ。ジェスター、楽しそうね」
『もちろんでございますとも! どんな舞台にも、そこに生きる人々の物語がございますからなぁ!』
モルドは満足そうに頷いた。
「引き受けてくれるか?」
『ええ、喜んで!』
「私も賛成! 村の人たちとお話しするの、楽しみだわ!」
「よし。では、依頼を正式に任せよう」
モルドは村の所在地と、これまでの調査で判明している情報をまとめた書類を二人に手渡した。
「村の場所はここだ。町から歩いて数日ほどの距離にある。詳しいことは、その資料に書いてある」
『ヨホ! 承知いたしました! それでは、早速出発と参りましょう!』
「うん!」
こうして、二人の冒険者としての初仕事が始まった。
◇
それから数日後。
ジェスターとリリィは、目的地である村へと到着していた。
そこは森に囲まれた小さな集落だった。
木造の家々が立ち並び、村の入り口には簡素な柵が設けられている。周囲には豊かな自然が広がり、遠くから鳥のさえずりが聞こえてくる。
一見すれば、どこにでもあるようなのどかな村だった。
「わぁ……! 緑がいっぱいで、綺麗なところね!」
『ヨホホ! ええ、まことに! 空気も澄んでおりますし、実に心地よい場所ですなぁ!』
「なんだか、アンジェたちの村を思い出すわ」
『おやおや! 確かに、少々雰囲気が似ておりますな!』
「また、あのときみたいにみんなと仲良くなれるといいね!」
『ヨホホホ! そうでございますなぁ! さてさて、今回はどのような人間模様を見せていただけるのでしょうか!』
二人は楽しげに会話を交わしながら、村の入り口へと向かっていく。
しかし、そんな二人の姿に気づいた村人たちの反応は、決して友好的なものではなかった。
「……おい、誰か来たぞ」
「なんだ、あの格好は……?」
「ピエロと……子供か?」
入り口付近にいた村人たちが、ひそひそと声を交わす。
その視線には、明らかな警戒心が滲んでいた。
やがて、その中の一人が二人の前へと歩み出る。
「お前たち、何の用だ?」
男の声は硬く、歓迎するような響きはない。
ジェスターは帽子を軽く持ち上げ、いつものように丁寧な挨拶をした。
『ヨホホホ! これはこれは! 突然の訪問、失礼いたします! ワタクシ、旅のピエロをしておりますジェスターと申します! こちらは旅の連れのリリィちゃんでございます!』
「こんにちは!」
リリィもぺこりと頭を下げる。
「旅のピエロだと?」
『ええ! 各地を巡りながら、皆様に笑顔をお届けしております! もしよろしければ、この村でもささやかなショーを披露させていただければと思いましてなぁ!』
「……ショー?」
『はい! 手品に曲芸、愉快なおしゃべり! 皆様に楽しんでいただけるよう、精一杯努めさせていただきますぞ!』
男はジェスターの姿を上から下まで眺め、それから隣の村人へ視線を向けた。
「どうする?」
「さあな……。村長に聞いてみたらどうだ?」
「……分かった。少し待っていろ」
男はそう言い残すと、村の奥へと歩いていった。
残された村人たちは、二人をじっと見つめている。
「ねえ、ジェスター。なんだか、みんな警戒しているみたいね」
『ヨホ? そうでございますかな?』
「うん。あまり歓迎されていない気がするわ」
『ヨホホホ! 初めて訪れる場所ですからなぁ! 用心深い方々なのでしょう!』
ジェスターは気にした様子もなく、周囲の村人たちへ笑顔を向けた。
やがて、先ほどの男が一人の男性を連れて戻ってきた。
「待たせたな。こちらが村長だ」
「私がこの村の村長だ。話は聞いた。旅のピエロだったな?」
『はい! 改めまして、ジェスターと申します! こちらはリリィちゃん!』
「リリィです! よろしくお願いします!」
「ふむ……」
村長は二人をじっくりと眺める。
「わざわざこんな辺鄙な村まで来て、ショーを見せたいというのか?」
『ええ! 旅の途中で出会う皆様とのご縁も、旅の醍醐味でございますからなぁ!』
「……そうか。まあ、せっかく来たのだ。何か一つ、見せてもらおうか」
『ヨホホホ! これはこれは! 寛大なお心に感謝いたします!』
ジェスターは恭しく一礼すると、腰巾着から一枚の赤い布を取り出した。
『それでは、皆々様! どうぞ、こちらにご注目くださいませ!』
彼は布を広げ、村長の前に立つ。
『この布の向こうには、何もございません。……さて、いったい何が起きるのでしょうなぁ?』
ジェスターは村長の手元を布で覆い隠した。
そして、指を軽く鳴らす。
『──ホイッ!』
布を取り払った、その瞬間。
「おおっ!?」
村長の手には、鮮やかな一輪のバラが握られていた。
「な、何だこれは……!?」
「いつの間に!?」
周囲の村人たちからも驚きの声が上がる。
ジェスターはバラを村長の手からそっと取り、改めて彼へ差し出した。
『ヨホホホ! こちら、村長様への贈り物でございます! どうぞ、お受け取りくださいませ!』
村長は手品に感心したようにバラを受け取った。
「……面白い芸をするものだな」
『お褒めにあずかり光栄でございます!』
村人たちの表情にも、ほんの少しだけ変化が見られた。
とはいえ、警戒心が完全に解けたわけではない。
ジェスターはそんな様子を眺めながら、村長へと話を続けた。
『ところで村長様。実は、もう一つお願いがございましてなぁ』
「何だ?」
『ワタクシたち、しばらくこの村に滞在したいと考えております。つきましては、野宿のできる場所と、ショーを披露するための場所をお借りできませんでしょうか?』
「しばらく滞在するのか?」
『ええ! せっかくのご縁でございますからなぁ! この村の皆様にも、ゆっくりと楽しんでいただきたいと思いまして!』
村長は少し考え込むと、村の奥へと視線を向けた。
「……そうだな。ドンナを呼んでこよう」
「ドンナさんを?」
「ああ。あの子なら、きっと引き受けてくれるだろう」
◇
しばらくすると、村長が一人の女性を連れて戻ってきた。
「お待たせしました」
女性は穏やかな笑みを浮かべ、二人へと視線を向けた。
「こちらがドンナだ。ドンナ、この二人をしばらく泊めてやってくれないか?」
「えっ? 私の家に?」
「ああ。旅のピエロと、その連れの少女だ。村でショーを披露したいそうだ」
ドンナは少し驚いた様子でジェスターとリリィを見つめる。
しかし、すぐに柔らかな笑顔を浮かべた。
「そうだったんですね。もちろん、構いませんよ。私の家でよければ、どうぞ使ってください」
『おやおや! よろしいのでございますか?』
「ええ。旅をしている方が困っているなら、できる範囲でお手伝いしたいですから」
ドンナはそう言うと、リリィの方へと視線を向けた。
「あなたがリリィちゃんね? こんなに小さな子が旅をしているなんて、大変でしょう?」
「ううん! 大丈夫だよ! ジェスターと一緒だから!」
「ふふっ。そうなのね。でも、疲れたときは無理をしちゃ駄目よ?」
「うん! ありがとう!」
リリィは嬉しそうに笑った。
その様子を見ていたジェスターは、帽子の鈴をちりんと鳴らす。
『ヨホホホ! これはこれは! お優しい方ですなぁ! 見ず知らずの旅人に、そこまで親切にしてくださるとは!』
「そんな、大したことではありませんよ」
『いえいえ! 困っている方に手を差し伸べる。そのような行いこそ、実にすんばらしいものでございます!』
いつもの茶化すような口調とは少し違い、その言葉には彼女の善意を素直に評価する響きがあった。
村長はそんな二人の様子を見て、ドンナへ釘を刺すように言った。
「ドンナ、この二人を頼む。ただし、妙な騒ぎは起こさせるなよ」
「もう、村長。そんな言い方をしなくてもいいでしょう?」
『ヨホホホ! ご安心くださいませ! ワタクシ、こう見えて紳士でございますからなぁ!』
「……本当にそうならいいんだがな」
村長は呆れたように息を吐いた。
その後、ドンナは村長の態度を気にしたように、二人へ向き直る。
「ごめんなさいね。村長も悪い人ではないんだけれど、少し警戒心が強くて……」
『ヨホ! お気になさらず! 初めて会う相手を警戒するのは、決して悪いことではございませんからなぁ!』
「そう言ってもらえると助かるわ」
ドンナはほっとしたように微笑む。
「それじゃあ、私の家に案内しますね。少し歩くけれど、大丈夫?」
「うん! 大丈夫!」
『ヨホホホ! それではドンナさん、どうぞよろしくお願いいたします!』
「こちらこそ、よろしくね。ジェスターさん、リリィちゃん」
こうして、ジェスターとリリィはドンナの家に身を寄せることになった。
村人たちの警戒心は、まだ解けていない。
村で何が起きているのかも、なぜ彼らが口を閉ざしているのかも、今はまだ分からない。
けれど──。
その村には、二人を歓迎してくれる女性が一人いた。
果たして、この村には何が隠されているのだろうか。
ジェスターとリリィの新たな舞台が、静かに幕を開けた。
読んでくれてあんがとな




