Dランクと謎の村
模擬戦を終えモルドの執務室に戻った三人。
「その前に、まず言い忘れていたことがあったな」
モルドはそう言って、ジェスターとリリィの二人を見やった。
「ようこそ、冒険者の世界へ。Dランクのひよっこ共」
『……ヨホ? それは?』
ジェスターが不思議そうに首を傾げる。隣のリリィも、彼の真似をするように小首を傾げた。
「恒例行事みたいなもんだ。冒険者ってのは、どれだけ強かろうと最初はDランクからのスタートになる。まあ、お前らみたいな実力者なら、昇格もそう遠くはねぇだろうがな」
『ヨホホホ! それは嬉しいことを言ってくださいますねぇ』
「ねぇ〜!」
ジェスターが大仰に胸を張ると、リリィも嬉しそうに声を弾ませた。
そんな二人を見て、モルドは呆れたように息を吐く。
「……まったく。調子のいい奴らだ。まあいい、そんじゃ話を戻すぞ」
モルドは机の上に置かれた書類を手元へ引き寄せ、先ほどまでの気安い雰囲気をわずかに引き締めた。
「今回の依頼だが、本来ならDランクに任せるような内容じゃねぇ。だが、お前らの実力なら問題はねぇだろう」
『ヨホ! これはまた、随分と買っていただいたものですなぁ。それで、肝心の依頼内容とは?』
「領主様からの正式な依頼だ。とある村で起きている問題について調査し、その原因を突き止めたうえで、必要な対処をしてもらいたい」
『ほほう。調査に、原因の究明。そして対処ですか』
ジェスターは、まるで新しい演目のあらすじを聞かされたかのように、楽しげに相槌を打った。
しかし、すぐに首を傾げる。
『ヨホホ! ですが、それでしたら何もワタクシたちでなくともよろしいのでは?』
「……それが、そうもいかねぇんだ」
モルドは眉間に皺を寄せ、面倒そうに頭を掻いた。
「先に何組か冒険者を向かわせて調査させたんだが、どうにも上手くいってねぇらしい」
「上手くいってないって、どういうこと?」
リリィが尋ねると、モルドは肩をすくめた。
「村人たちが、何を聞いても『知らない』の一点張りなんだとよ。村で何が起きているのか、何か見聞きしていないか、そう尋ねてもまともに取り合ってもらえねぇ。結局、ろくな情報も得られずに帰ってくる始末だ」
「えぇ……どうしてだろう?」
リリィは困ったように眉を下げた。
村人たちが本当に何も知らないのか。それとも、何か事情があって話せないのか。
今の話だけでは、判断のしようもない。
「さあな。そこも含めて調べるのが今回の依頼だ」
モルドは短く答えた。
「ただ、領主様からの正式な依頼である以上、いつまでも成果なしってわけにはいかねぇ。ギルドとしても、これ以上手詰まりの状態を続けるわけにはいかねぇんだ」
その声音には、普段の荒っぽさとは違う重みがあった。
領主からの正式な依頼。それは、単なる村の困りごととは訳が違う。
依頼を果たせなければ、ギルドの信用にも関わる。だからといって、事情も分からないまま強引に事を進めるわけにもいかない。
モルドにとっても、頭の痛い案件なのだろう。
「それに、冒険者ってのは何かと目立つ。武器や防具を身につけて村に入れば、すぐに冒険者だとバレちまう。向こうが警戒しているのかどうかも分からねぇが、少なくとも、今までのやり方じゃ成果が出なかった」
『なるほどなるほど。それで、ワタクシたちに白羽の矢が立ったと?』
「そういうことだ」
モルドはジェスターの奇抜な衣装を眺め、次いで隣のリリィへと視線を向けた。
「ピエロ姿の男と、幼い少女。見た目だけなら、どう考えても冒険者には見えねぇ。おまけに、実力は申し分なし。これなら、村人たちに余計な警戒をさせずに調査できる可能性がある」
「だから私たちが選ばれたのね!」
リリィは、ぱっと表情を明るくした。
「なるほど! 確かに、ジェスターはどう見ても普通の冒険者じゃないもんね!」
『ヨホホホ! おやおや、リリィ。それは褒め言葉として受け取ってよろしいので?』
「もちろん!」
『ヨホホホ! それは重畳!』
二人は顔を見合わせ、楽しげに笑い合った。
「……お前ら、本当に分かってんのか?」
モルドは額に手を当てた。
「いいか。これは正式な依頼だ。村で何が起きているのか、原因が何なのか、今の時点じゃ俺たちにも分かっていねぇ。下手に決めつけて動けば、余計な問題を引き起こす可能性もある」
『ヨホ。つまり、まずはよく見て、よく聞き、舞台の全容を把握せよ……ということですな?』
「……まあ、そういうことだ」
『ヨホホ! 心得ましたとも!』
ジェスターは胸に手を当て、芝居がかった仕草で一礼する。
『何事も、幕が上がる前から結末を決めつけてしまっては、面白みがありませんからなぁ』
「うん! 私も、村の人たちとちゃんとお話ししてみる!」
リリィも元気よく頷いた。
そんな二人を見て、モルドはしばらく黙り込んだあと、諦めたように息を吐いた。
「……分かった。お前らに任せる」
『ヨホホホ! お任せあれ! 未知なる村に、口を閉ざす村人たち! さてさて、いったいどんな人間模様が待ち受けているのでしょうなぁ!』
「ふふっ、楽しみだね!」
「楽しみで済ませていい仕事じゃねぇんだがな……」
モルドはぼやきながらも、依頼の詳細を記した書類を二人へ差し出した。
「村の名前と場所、それから現時点で判明している情報をまとめてある。出発前に目を通しておけ。分からねぇことがあれば、現地で調べろ。ただし、くれぐれも無茶はするなよ」
『ヨホ! ご忠告、ありがたく頂戴いたします』
ジェスターは書類を受け取り、軽く目を通す。
そこに記されているのは、村の所在地と、これまでに寄せられた報告。そして、調査を依頼するに至った経緯。
しかし、肝心の問題については、曖昧な情報ばかりだった。
何が起きているのか。なぜ村人たちは口を閉ざすのか。そして、領主がこの件をギルドへ持ち込んだ本当の事情とは。
今はまだ、何一つとして確かなことは分からない。
だからこそ、確かめに行く価値がある。
『さぁて……次なる舞台は、いったいどんな景色を見せてくれるのでしょうなぁ』
ジェスターは書類を丸め、楽しげに笑った。
「よーし! それじゃあ、さっそく出発しよう!」
リリィが勢いよく声を上げる。
「おう。報告は忘れるなよ」
『えぇえぇ、承知いたしましたとも! それではモルド、行って参ります!』
ジェスターは帽子をひょいと持ち上げ、別れの挨拶を告げた。
ちりん、ちりん。
帽子の先についた鈴が、軽やかな音を奏でる。
こうして二人の冒険者としての初仕事は、まだ見ぬ村に隠された謎を追うところから始まるのだった。
町を出て数日。
ジェスターとリリィは、ようやく目的の村を視界に捉えていた。
周囲を森に囲まれた、こぢんまりとした村だ。木造の家々が立ち並び、村の入り口には簡素な柵が設けられている。遠目に見る限り、これといって変わったところはない。
『ヨホホ! あれが例の村ですね』
「うん! なんだか、アンジェたちの村を思い出すね」
『ですなぁ。あの子たちも、今頃は元気にしているのでしょうか』
ジェスターは懐かしむように目を細め、リリィもまた、以前の旅路を思い返すように微笑んだ。
あの村で過ごした日々。出会った人々。そして、別れ際に見せたアンジェの顔。
短い旅の中であっても、心に残る舞台というものはあるらしい。
そんな思い出話に花を咲かせながら、二人は村へと歩を進めていった。
やがて、村の入り口にいた数人の村人が、こちらの姿に気づいた。
「……なんだぁ? 変なのが来たぞ」
「変なのって、何が?」
「ほら、あそこだよ。村の入り口にいるだろ?」
「ああ……本当だ。小さい女の子と……なんだありゃ。ピエロか?」
ひそひそと交わされていた声は、二人が近づくにつれて、次第に大きくなっていく。
見慣れない旅人。それも、赤と黒を基調とした派手な道化師の衣装に身を包んだ男と、幼い少女の二人組だ。
警戒するのも無理はない。
二人が村の入り口に差しかかると、村人の一人が代表するように前へ出た。
「あんたら、村に何の用だ?」
『ヨホ! これはこれは、ご丁寧に。アタクシはジェスター、しがない旅のピエロでございます。そして、こちらが――』
「リリィです!」
ジェスターが優雅に手を差し向けると、リリィもぺこりと頭を下げた。
しかし、村人の男は二人の挨拶にさほど興味を示さなかった。
「それで? ピエロがこの村に何の用だい」
『いやなに、道中に村がございましたので、せっかくならば皆様にショーでもお見せしようかと。旅の道化師たるもの、人々の笑顔を見ずして通り過ぎるわけにはまいりませんからなぁ!』
「ショー? ……ふん! まあいいさね。けど、怪しい動きはせんでくれよ」
『ヨホホホ! もちろん、もちろん。アタクシ、こう見えても紳士でございますから!』
ジェスターは胸に手を当て、芝居がかった仕草で深々と一礼した。
そのあまりに大げさな振る舞いに、村人たちは互いに顔を見合わせたものの、笑う者はいなかった。
どうやら、歓迎されているとは言い難いらしい。
だが、ジェスターはまるで気にした様子もなく、懐から一枚の布を取り出した。
『さてさて、それではまず、ささやかなご挨拶をば』
「……なんだい?」
『なぁに、ほんの手品でございますよ』
ジェスターは村人たちの前に立つと、布をふわりと広げた。
そして、そのまま村人の代表らしき男の前へ歩み寄る。
『失礼。少々お手を拝借……といきたいところですが、今回は特別に、こちらだけで済ませましょう』
そう言って、男の目の前に差し出した手を、布で覆い隠す。
ひらり、ひらり。
布の端が風に揺れる。
ジェスターはもったいぶるように一拍置くと、芝居がかった声を響かせた。
『そぉれ!』
勢いよく布をめくる。
すると――そこには、一輪の鮮やかなバラが咲いていた。
「こりゃあ……」
「スッゲーーー!」
村人たちの間から、思わずといった様子で声が上がった。
どこから現れたのか。いつの間に手にしたのか。誰一人として、その瞬間を見抜けた者はいない。
ジェスターは満足そうに頷くと、現れたバラを村人の男へと差し出した。
『ヨホホホ! こちらは村長さんへの贈り物ということで。どうぞ、お納めください』
「……ほう。わしが村長だと、よくわかったな」
『おやおや? 違いましたかな?』
「いや、合っておるよ」
男――村長は、手渡されたバラをしげしげと眺めた。
「しかし、初対面で見抜かれるとは思わなんだ。ピエロというのは、人を見る目も備えておるのか?」
『さてさて、それは企業秘密でございます。ヨホホホ!』
ジェスターは口元に指を当て、愉快そうに笑った。
『ところで、不躾なお願いで恐縮なのですが……村の一角をお借りすることはできませんかな? 野宿のできる場所と、ショーを披露する場所をお借りしたいのです』
「……ふむ」
男は腕を組み、しばし考え込んだ。
見知らぬ旅人を村に泊めることには抵抗があるのだろう。ましてや、相手は奇抜な格好をしたピエロと幼い少女だ。
やがて男は、村の奥へ向かって声を張り上げた。
「おーい! ドンナ!」
「はーい! ここにいま〜す!」
明るい返事とともに、一人の女性が姿を現した。
呼ばれた女性は男のそばまでやってくると、ジェスターとリリィを見て、少しばかり目を丸くした。
「この二人なんだがな。旅のピエロだそうだ。ショーをやりたいらしい。お前の家に泊めてやれ」
「えっ、私の家に?」
ドンナは一瞬驚いたように目を瞬かせた。
しかし、すぐに二人へ視線を戻すと、にこりと微笑んだ。
「かまいませんよ」
『おやおや、本当によろしいので?』
「もちろんです! 困っている旅人を放っておけませんから」
ドンナはそう言うと、リリィの前にしゃがみ込んだ。
「あなたがリリィちゃんね? こんな小さな子が旅をしているなんて大変でしょう。うちでよければ、ゆっくり休んでいってね」
「いいの? お姉ちゃん!」
「もちろんよ! それに、こんなに可愛い女の子を野宿させるわけにはいかないもん」
ドンナが優しく頭を撫でると、リリィは嬉しそうに頬を緩めた。
『ヨホホホ! これはこれは、実にお優しい方ですなぁ』
「そんな、大したことじゃありませんよ」
『いえいえ。困っている者に手を差し伸べる。それは簡単なようで、なかなかできることではございませんからなぁ』
ジェスターはいつもの調子で笑っていたが、その言葉には珍しく、茶化すような響きがなかった。
そんな二人のやり取りを見ていた先ほどの男が、ふと思い出したように口を開いた。
「ああ、そうだ。あんたら、変な真似はするんじゃないぞ。ドンナは村で一番優しい子だからな。可愛いからって、妙な気を起こすんじゃないよ」
『ヨホホホ! ご安心を。アタクシ、紳士でございますので!』
「ふん! そりゃ何よりだ」
男は呆れたように鼻を鳴らすと、村の中へと戻っていった。
その背中を見送りながら、ドンナは少し困ったように笑う。
「ごめんなさいね。あの人、ちょっと口は悪いけど、悪い人じゃないのよ」
『いえいえ、お気になさらず。むしろ、あれほど率直に警戒していただけるとは、ありがたい限りでございます』
「ふふっ、変な人」
『ヨホホホ! よく言われますとも!』
ジェスターは愉快そうに笑い、リリィもつられてくすくすと笑った。
「それじゃあ、ジェスターさん、リリィちゃん。私の家まで案内しますね!」
『ええ、よろしくお願いいたします、ドンナさん』
「うん! よろしくね、ドンナお姉ちゃん!」
こうして二人は、ドンナの案内で村の中へと足を踏み入れた。
村人たちの視線は、まだどこかよそよそしい。
歓迎されているとは、とても言えないだろう。
それでも――二人を迎え入れてくれる者が、一人はいた。
まずは、その小さな縁を大切にするとしよう。
ジェスターは帽子の鈴をちりんと鳴らし、ドンナの後を追って歩き出した。




