迫王姫 ~悪役令嬢奇譚~⑤
「――やられた」
慌てて自室に戻った私は、もぬけの殻になったベッドを見て呻いた。
ああ見えて頑固なジークハルトのこと、あくまでお利口さんにしている気はなかったらしい。
「エレーナ君――!」
「ええ、クラウス司祭。彼は国王陛下に会うつもりですわ」
くそっ! 私はベッドに枕を叩きつけた。
彼から目を離した私が馬鹿だった。
すっかり体力も回復して、こそこそ逃げ出す気になったのか。
あれほど今日は療養していろと言ったのに――!
「で、でも、国王陛下は――!」
アンリエッタの言葉に、私は頷いた。
兄を崇拝するディートリッヒが、あそこまで国王への面会を拒絶した理由。
それは――ほぼ間違いなく、国王の身に異変が起こったからに違いない。
『あの状態の父を無事と言えるのかどうかわからない』――と、ディートリッヒは言っていた。
ならば、おそらくその状態になった父を見たジークハルトは――。
「ジークハルト……あいつ、一体何考えてやがるんだ……!」
コンラッドが呻いて、私はその先の想像を打ち切った。
「とにかく、ジークハルト殿下を探しましょう。彼が国王陛下に接触する前に止めないと――!」
そう言うと、全員が頷いた。
私たちは部屋を飛び出した。
廊下を駆け、曲がり角を曲がったところで。
すぐそこにいた人物とぶつかりそうになった私は、慌てて足に急制動を掛けた。
「わわっ!? あ、姉上――!?」
そんな声に、私ははっとその人物の顔を見た。
「ディートリッヒ――!」
ジークハルトの弟、ディートリッヒ。
彼はきちんとした正装のまま、数人の部下を引き連れたディートリッヒは、大慌てに慌てた様子の私を不思議そうに見ていた。
「あなた、こんな時間にどうしたの!?」
「え? ああ、今日一日は休みましたが、寝る前に兄上に少し相談があったんです。兄上が姉上の部屋にいると聞いて――」
そこまで言って、ディートリッヒは不審そうに眉根に皺を寄せた。
「どうしたんです? 顔が真っ青ですよ?」
私はごくりと唾を飲み込んだ。
「ディートリッヒ、大変なの! ジークハルト殿下は国王陛下に謁見するつもりよ!」
その声に、ディートリッヒは目を見開いた。
「父上に? 本当ですか姉上?」
もっと驚かれると思ったのだけれど――。
ディートリッヒの反応は意外にも淡白なものだった。
その反応が物足りなくて、私は更に言った。
「私が目を離した隙に消えてしまって――! 昨日、自分は国王に面会するつもりだと言っていたから……!」
私が言うと、ディートリッヒは顔を歪め、大きなため息をついた。
「あんなに止めたのに……どこかでこうなるような気がしていました。兄上は強情ですから。最初からはっきりと説明しておくべきでした。もうあれは父上ではない――言葉も話せなくなった単なる怪け物だと」
言葉も話せなくなった化け物。
その一言は、私たちの予想が的中していたことを示す言葉だった。
やはり、王は既に――。
それきり沈黙してしまったディートリッヒに縋り、私は問うた。
「ねぇディートリッヒ、教えて。国王陛下はどこにいるの? 早く止めないと、殿下は――!」
焦燥のままに言うと、ディートリッヒは少しだけ沈黙した後に言った。
「――国王陛下は、玉座の間に幽閉しています。それしか方法がなかった」
そして次に顔を上げたディートリッヒは、小さな声で言った。
「僕も急ぎ人を集めます。兄上を止めなければ。あれは兄上が思う父ではない、化け物です――姉上、もしよろしければ、先に玉座に向かっていてください」
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