迫王姫 ~悪役令嬢奇譚~③
ちゅんちゅん……と、鳥が鳴く声が聞こえた。
うう、と、ジークハルトが唸る声が聞こえ、私はソファから腰を上げた。
そのまま静かに歩み寄り、ジークハルトの顔を覗き込んだ。
相変わらず、整った顔だと思った。
長い睫毛、すっと通った鼻筋、形の良い唇、意志の強そうな眉毛。
いつものゴテゴテした礼装ではなく、シャツ一枚の胸元を寛げて寝乱れた姿は、朝日に照らされるとまるでよく出来た彫像に見えた。
ふと――ジークハルトが薄目を開けた。
「ここは……?」
「おはようございます、殿下」
私が挨拶すると、ジークハルトはぼんやりとした目で私を見た。
ようやくまとまった睡眠を摂ったせいか、その目からはどろんとした眠気や疲労が消えたように思う。
澄んだ紫色の瞳が、しばらく状況を飲み込もうとするように左右に揺れた後――。
がばっ、と、ジークハルトが体を起こした。
「えっ、エレーナ……!? こ、ここは……!」
「あ、ダメですよ殿下。まだ寝ていなくては」
私はやんわりとジークハルトの両肩を押し、ベッドに寝かせた。
意外なぐらい素直にベッドに倒れ込んだジークハルトは、それでも驚愕の表情のままだ。
「えっ、エレーナ、僕は一体……!? この部屋は……!」
「あら、覚えていないんですの? 昨日、殿下がこの部屋を訪ねてきてくださいました。そのまま、死んだように眠ってしまわれて……」
あう、とジークハルトがあえいだ。
どうやら昨日の最後の行動を思い出したらしい。
口をパクパクさせたジークハルトは、私を見た。
「エレーナ、あの……昨日、僕らは、その――」
「大丈夫です。一体何を想像したんですか?」
私は半笑いの声で言った。
「殿下はベッドで、私はあそこで寝ました。素敵な夜とは言い難い寝心地でしたけどね」
私がソファを指差すと、ジークハルトは安心したような恥じたような表情で眉根を寄せ、腕で顔を隠した。
「僕がそこで寝るべきだったよ……全くもう、僕は馬鹿だな……」
「いいえ、殿下は馬鹿じゃありませんわ。さ、今日一日は公務をお休みになられるんでしたわね? 徹底的に今日は静養してくださいませ」
「え? あ、いや……でもここでは」
「ダメです、逃しません」
私は強い声で言った。
「ここから逃したら、また殿下は何かに理由をつけて執務をするに決まっています。今日一日、私が、責任を持って、殿下を休養させます」
私はそう言い、ちゃっちゃっと手早くジークハルトの首元まで布団を持ち上げた。
高柳千鶴の職業は看護師、しかもこういうダダを捏ねる患者の捌き方は結構上手な方であった。
風邪を引いた子供のように素直に従ったジークハルトは、目だけで私を見上げた。
「エレーナ、それで昨日のことだけど……」
「ええ、聞いておりますし覚えております。でも、今はそれを考えるときじゃありません」
私はピシャリと言った。
「何度も言いますが、今必要なのは、休養、その一言です。見た所、殿下は過労と栄養失調気味です。今日一日は何としても休養してもらいますわよ」
そう言ったときだった。
ドンドン! と遠慮なくドアをノックする音が聞こえた。
そのまま、本人の了解を得ずに扉を開けてきたのは、リオンだった。
手に、腕に、隙なく料理の皿を乗せたリオンは、私とジークハルトを見るなり、さも面白いものを見たというように眉毛を上げた。
「……なに想像してんのよアンタ」
「いいや別に、何も?」
明らかに「別に何も」という表情ではない表情で口笛を吹いたリオンは、そのまま半笑いでずかずか部屋に入ってきた。
「とりあえず、エレーナお嬢様の仰る通りに作ったよ。アンタ随分病人食に詳しいんだな、王宮のコックが感心しきりだったぜ」
「これはどうもありがとう。随分注文が多くて困ったんじゃない?」
「そうでもないさ。……さぁジークハルト王子様、愛妻料理が次々来るぞ」
そう言うリオンの後に、メイドたちがぞろぞろと料理を運んできた。
リオンとメイドたちは手早く料理をテーブルの上に並べ始めた。
その言葉に、ジークハルトは困惑したようにリオンと私に視線を往復させた。
「エレーナ、これは……?」
「ええ、私がリオンにお願いして、精のつく料理を色々用意してもらいましたわ。ちゃんと食べてぐっすり眠ってパッチリ起きる。今の殿下の公務はこれだけです」
私が昨日の晩考えたこと。
それはとにかく、ジークハルトを徹底的に看護すること、これだった。
昨日、ジークハルトへの想いを爆発させたエレーナの意思を無下にすることは出来ない。
だから今日一日、高柳千鶴が前世に培った技術と知識を総動員して彼を看護する。
野暮な私には、それしかエレーナの想いに報いる方法が思いつかなかった。
あの後、私は徹夜で療養食のメニューを考え、朝方早くにリオンに相談しに行った。
なるべく油気が少なく、栄養価たっぷりで、こなれのよいものを。
疲労回復に効果が期待できる酸味や甘味をたっぷり含んだメニューのつもりだった。
ひねくれ者のリオンが快く協力を申し出てくれたのがありがたかった。
お陰でこうして次々と料理が運ばれ、戸惑うジークハルトをよそに私はちゃっちゃと食卓についた。
「さぁ殿下、今日は食べて寝る! これだけの日にしましょう!」
そう言って、私はジークハルトに精一杯の笑顔を向けた。
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