あんさんぶるS.T.A.R.S.⑧
ツンデレ――。
それは古典的ながらも非常に威力の高い属性として名高い。
それは戦いに勝利を。
苦難に平和を。
悲嘆に歓喜をもたらす属性として。
古来より人々に崇拝されてきた。
そして――今のリオンのそれは。
間違いなくツンデレであった。
あっという間に私の頬が弛緩し、抑えきれない笑いが口から漏れた。
「うふ、うふふふ……」
「な、なんだよ? 何がおかしいんだよ」
「いやだって……元気出せって……うふふ」
「なっ、なんだよニヤニヤ笑って! 俺が人を励ますのがそんなに気色悪いか?」
「いいえ、嬉しかったの」
そう、私は単純に嬉しかった。
彼の意外な一面に高柳千鶴が反応してしまったこともあるが、もっと別に。
意地悪で、捻くれている彼が、不器用に自分に優しくしてくれたのが嬉しかった。
私は包みを受け取った。
「ありがとう、リオン。これ大事に食べるわね」
私が微笑みかけると、再び赤面したリオンが目線を逸した。
ぷい、と明後日の方向を向いて、リオンは「……別に」とそっけなく言った。
「まぁ、こんなんでいいのならいつでも言ってくれてもいいぜ――どうせ俺はメシ作ることぐらいしか出来ないんだからさ」
まだダメ押ししてくるか!
私は彼の持つポテンシャルに震えた。
このタイミングでこの口の悪さ。
それは却って本人の可愛さを煽る効果しかないというのに。
うふふふ……と、私の口からとめどなく黒い笑いが漏れた。
それに耐えきれないというように、リオンはそそくさと立ち上がった。
「……長く話しすぎちまったな。俺は厨房に戻る」
そう言って、リオンは俯きがちに王宮の方へ走っていった。
全く、可愛い奴め。
これではあの口の悪さも性根のひん曲がり方も、俄然別の受け取り方をせざるを得なくなるじゃないか。
深い満足とともに、私は早速包みを開けた。
パンにレタスとソーセージを挟んだだけの、シンプルなホットドッグ。
いただきますもそこそこに、私はそれにかぶりついた。
「うんめぇ……」
思わず、公爵令嬢エレーナではない声が漏れた。
小麦の風味とソーセージから漏れ出る肉汁が爽やかにマッチして、じんわり全身が暖かくなるようだった。
飲み込むのを待ちきれず、私は二口目にかじりついた。
まるでハムスターのように口一杯にホットドッグを詰め込んでゆく。
うーむ、随分久しぶりに食べた味である気がする。
ホットドッグなんて、最後に食べたのはいつぐらいだろう。
多分前世の記憶を取り戻してから初めてではないだろうか。
分厚いステーキだのなんちゃら風スープだの、ラスクだのマフィンだの。
そんなキラキラしたものは毎日のように食べてきたが、たまにはこんなジャンクな食べ物もいい。
ほう、とため息をつきながら、私は幸せいっぱいにホットドッグを食べ続けた。
◆
「4991……4992……!」
ドガッ、ドガッ! と、私は一心不乱に丸太に斧を打ち込み続ける。
流れてきた汗が目にも口にも入るが、構ってはいられない。
なんとしても身につけるのだ――ゾンビたちに対する闘争本能を。
そう思って、4993回目を振り上げたときだった。
ビキッ、と、右手の筋肉が硬直し、アッ! と私は悲鳴を上げた。
「ヤバい、攣った――!」
ブルブルと、斧を握る手が震えて、力が抜けかけた。
ちくしょう、ここまで来たのに、今回もダメか――!
私が悔しさに顔を歪めたときだった。
「諦めるな!」
例の鬼軍曹の声で、コンラッドが檄を飛ばしてきた。
「力は筋肉が生み出すもんじゃない、頭の中で生まれるものだ! 頭でダメだと思ったらその瞬間に何もかも終わりだ! 諦めずに踏ん張れ!」
その一言に、私は目の前がパッと開けるような気がした。
そうだ、諦めてはならない。
今日こそは目標を達成できる――。
私の右手よ、言うことを聞け――!
ありったけの力で命令すると、不思議に右手の痙攣が治まった。
私は歯を食いしばって、再び斧を振り下ろし始めた。
「4998……4999……!」
私は最後に思い切り斧を振りかぶった。
「5000!」
ドカッ! と、斧の刃が丸太に食い込んだ。
その途端、不思議に全身から力が抜け、私は地面に尻餅をついた。
「よぉーし、よくやった! 目標達成だ!」
コンラッドが大声で怒鳴った。
やった! とガッツポーズを決めた私に、コンラッドが駆け寄ってきた。
「ほら、水だ。好きなだけ飲んでいいぞ」
そう言って差し出されたコップを手に取り、お礼もそこそこにすべて飲み干した。
空になったコップにまた注がれた水も、一息に飲み干した。
「正直見違えたぜ、エレーナ。初日はどうなることかと思ったけどな」
「そうかしら。まだ目標の10000回の半分よ? あと5000体は倒せるようにならないと……」
「いや、もうこの訓練はこれで終わりにする」
えっ? と私はコンラッドを見た。
途端に、コンラッドは私の頭に分厚い右手を置き、汗だらけの頭をぐりぐりと撫で回した。
「目を見りゃわかる。兵士として必要なもんがお前にはちゃんと備わったってのがな――気づいてないんだろうけど、お前、いい目になったぜ。よくやったよ」
途端に――。
コンラッドが触れた頭から流れ込んできた甘い電流が体の中を疾走した。
そう、それは単純に『尊い』という言葉では言い表すことの出来ない感情。
もっともっと圧倒的なものだった。
自分が何もできない赤子に戻ってしまったかのような。
優しく抱き上げられてどこかへと運ばれていくような。
そんな穏やかな安堵が私を満たした。
多分、私の顔は別の理由で真っ赤になっているだろう。
顔をうつむけながら、私は確信していた。
今の私は、単に『推し』と触れ合って喜んでいるのではない。
私は――多分、コンラッドに本気の恋をしているのだ。
たとえそれで《バグ》で世界が崩壊したとしても。
エレーナにジークハルトという婚約者がいたとしても。
私は、高柳千鶴は――きっとこの青年を諦めることが出来ないだろう。
私を褒めてくれるコンラッド。
私を守ってくれるコンラッド。
私を励ましてくれるコンラッド。
それへの圧倒的な憧れが、画面越しにではなく、今こうして直接伝わってくる。
この想いを完全に振り払うなんて――私にはきっとできない。
「……どうした?」
沈黙している私に、コンラッドが不審そうに訊いてきた。
「……いいえ、なんでもないわ。お水ありがとう」
敢えて素っ気ない言い方を心がけて、私は立ち上がった。
ふう、とため息をつき、高柳千鶴の想いを頭の外に追いやった。
「さて、次は?」
「え……?」
「まだまだよ。この訓練が終わったら次がある、そうでしょう?」
そう、私にはまだやることがある。
この世界からゾンビを駆逐して、《琥珀のエルミタージュ》の世界を完遂する。
それが高柳千鶴として、悪役令嬢エレーナとしての、私の使命なはずだ。
「お前……血反吐吐くことになるぞ」
コンラッドが半笑いの声で言った。
上等よ、と私はその顔に笑い返した、その時だった。
中庭に通じる廊下のドアが開く音がして、数人の集団が入ってきた。
数人の大臣や官吏に囲まれ、なにかをせわしなく打ち合わせしている長身。
特徴ある青髪を見て、私は思わず大声を上げてしまっていた。
「ジークハルト殿下!」
その声に、ジークハルトが立ち止まった。
私が駆け寄ると、ジークハルトが珍妙な表情を浮かべた。
「エレーナ……どうしたんだい、その格好。汗だくだけど……」
「えぇ、今ちょっと格闘術を学んでいるところでして……」
そこまで言いかけて、ジークハルトの顔を見た私は息を呑んだ。
落ち窪んだ目。
げっそりとこけた頬。
すっかりと水気を失い、ぱさぱさになった髪。
疲労と眠気、そして苦悩に濁った瞳。
これがあのジークハルトか?
たった一週間見ないうちに、人はここまで衰えるのか?
私は驚くというよりも、その変わり果てた風貌にたじろいでしまった。
「ジークハルト、お前大丈夫なのか? 随分窶れてるぞ」
駆け寄ってきながら心配そうにそう言ったコンラッドに、ジークハルトは二、三度目を瞬かせ、苦労した様子でピントを合わせた。
「あ、あぁ、コンラッドか。エレーナと一緒にいるのかい?」
「まぁ、そんなところだが……それよりもお前だ。随分寝てないらしいな」
いいや、とジークハルトは力なく首を振った。
「今日は数時間だけ仮眠を摂ったからね。これだけでも随分違うよ」
にい、と、ジークハルトは笑みを浮かべようとしたようだった。
だが、痛々しくこけた頬がなんだか引き攣れたように痙攣しただけだった。
その表情があんまり凄まじくて、私は心配になった。
「殿下、あまりご無理はなさらずに」
私はエレーナの声で言った。
「現状、殿下の身に何かあったら……私も心配ですわ。一日でもいい、休養なさってください」
「大丈夫だよ、エレーナ。僕は時期ラビリシア王だよ? これぐらい――なんともない。僕にはやることがあるんだ」
責任ある一言と言うよりも、それは精一杯の虚勢に聞こえた。
でも、と詰め寄った私から、ジークハルトは視線を逸してしまった。
「大丈夫だって、なんともないさ。――さぁ、打ち合わせを再開しよう」
そう言ってジークハルトは逃げるように歩き出し、王宮へ入っていってしまった。
後には、言うべきことを言えずに立ち尽くす私とコンラッドだけが残された。
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頑張れジークハルト
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