あんさんぶるS.T.A.R.S.⑦
「エレーナ様、一体どうしたんですか? 急に怖い顔で図書館を出たりして……」
数分後、私は王宮のベンチに腰掛けて項垂れていた。
「……別に。クラウス司祭の仕事を邪魔しちゃいけないと思っただけ。ごめんね、急に引っ張ってきて」
私はそっけなく言って、ほつれた髪を手でもとに戻した。
それ以上は何も言わないぞ、という空気を全身から立ち上らせると「そうですか……」とアンリエッタは怯えたように俯いた。
私はちょっと顔を上げ、王宮の庭を見た。
《バグ》は既に修復され、視界を覆っていた漆黒の亀裂は消えていた。
とりあえず、アンリエッタをクラウス司祭から引き剥がすことで、世界の崩壊は食い止められたと安心していいだろう。
だが――私の心はまだ落ち着いていなかった。
何より、最後に見たクラウス司祭の目の光が、私の脳裏にこびりついて離れなかった。
クラウス司祭のものではない、死神の目。
ナルフィの教会で怪我人たちの命を奪った時より、数倍も恐ろしい目。
彼が心の中に押し隠している闇が溢れ出てきたというような――地獄へ繋がる穴を思わせる瞳。
彼が《翡翠の賢者》から《碧色の死神》に戻りつつある証拠だった。
「あっ、あの、エレーナ様! 私、クラウス司祭のお手伝いに戻りますね!」
いいですよね? というように、アンリエッタが私に言った。
まぁ――クラウス司祭が自分から「あの事」に触れてくることはないだろう。
とりあえず、アンリエッタがその事に気づかない限りは、《バグ》は拡大しない。
土台、いくら《バグ》の件があるからと言って、私がアンリエッタの行動を抑制したり誘導したりする権利などないのだ。
私は少し迷った末に頷いた。
「えぇ。悪いけど、私はもうちょっとここにいるわ」
「そうですか。エレーナ様、あの……」
「何?」
アンリエッタは、何故か一瞬で疲れ切った様子の私を気遣わしげに見た。
「……いいえ、なんでもありません。戻りますね」
アンリエッタにも何か気になるところがあったのだろう。
だが、あいにくと私がそれに答えることは出来ないないことも、私の様子から察したらしかった。
二、三度振り返りながら、アンリエッタは諦めたように歩いていった。
本当にこのままやっていけるのだろうか――。
随分久しぶりに、私は弱気になっていた。
肉食系腐男子の件もあるが、それ以上に厄介なのが《バグ》だ。
何しろ、私が浅はかな行動をすればするほど、この世界は崩壊に近づいていくのだ。
ということは、私が世界を滅ぼす可能性もあるということになる。
それも肉食系腐男子とは違い、《バグ》はおそらく一瞬で世界を虚無に飲み込んでしまう。
アンリエッタやコンラッド、ジークハルト、クラウス司祭……。
彼らの献身や努力を、フルスイングで台無しにする自分。
そうするつもりは絶対にないし想像もしたくない。
だが、意志とは関係なくそうなってしまう場合もあるだろう。
第一、私の目の届かないところで彼らがストーリーを進行不能にする行動をとったら?
その場合、この世界はどうなってしまうのだろう――。
「エレーナお嬢様、こんなとこでなにやってんだよ」
――と、名前を呼ばれて、私は顔を上げた。
そしてそこにいた人物を見て、私は嘆息した。
「あぁ、リオン……」
「『あぁ』ってなんだよ、『あぁ』って。せっかく声かけたのによ」
そう言って、リオンは露骨に呆れたような表情を浮かべてみせた。
彼とは久しぶりに言葉をかわしたような気がした。
何しろ、ジークハルトに夜食を作る、と宣言した時以来、リオンは本当にそうしているらしいのである。
連日、昼夜を問わず会議会議のジークハルトやディートリッヒにつきっきりになり、料理人らしく夜食や菓子を作っているらしいことは聞いていた。
意地の悪い少年だと思っていたのだが、そういう几帳面さを考えれば多分、心の底から悪いやつではないのだろう。
「あんたこそこんなところで何やってんのよ。夜食づくりはいいの?」
「今日は会議がお休みなんだとさ。ジークハルト王子様もディートリッヒ王子様も、死んだように寝てるよ」
そう言って、リオンは遠慮なく同じベンチに腰掛けてきた。
そのまま何を言うでもなく、腕を背もたれに広げ、堂々と足を組んだまま空を見上げた。
先に妙な沈黙に耐えきれなくなったのは私だった。
「……何よ?」
「いいや別に。なんだか一人で老け込んでる様子のエレーナお嬢様を間近で見ようと思ったんだよ」
「……クソガキ」
「口が悪いのはお互い様だろ」
それから、また妙な沈黙があった。
私は、ちら、とリオンを盗み見た。
非攻略対象キャラなのに、やっぱり彼にはどこか華があった。
年齢の割に背伸びしたような白いシャツに、ハーフサイズのダブリエ姿。
輝くようなオレンジ色の髪。
意地悪そうに釣り上がり気味の目。
そしてこの口と態度の悪さ。
歳下系の攻略対象キャラクターとしては理想的なキャラに見えなくもない。
本当にコイツはモブなのだろうか。
私の中に何度目かの興味が湧いた。
「ねぇ……あんたって本当はどこの生まれなの?」
そう訊ねると、リオンは少し沈黙した後に言った。
「生まれ的には西の端っこだよ。そこで12歳まで育った」
「ご両親は?」
「知らねぇ。気がついたら孤児院にいたからな」
えっ? と私はリオンを見た。
「12になったら孤児院は出ていかなきゃいけない決まりでね。俺はさる貴族様に拾われて、そこで料理の修行を始めた。毎日小突かれて怒鳴られて、基本を叩き込まれて。それでも俺にとっては上出来な場所だった。……孤児院では院長様のご機嫌を損ねれば三日飯抜きなんて当たり前だったからな」
初めて聞くリオンの生い立ちだった。
ふう、とリオンはため息をついた。
「一通りの事ができるようになって、そのうちに学園からお声がかかった。ここで働いてみないかってな。俺は学園に入学する貴族の坊っちゃんにくっついて学園に来た。それから二年、学園にいた。貴族の令嬢令息は傲慢だし世間知らずでムカついたけど、三度三度飯が食えて、やることやってりゃ褒めてくれる。やっとみんなと打ち解けたと思った矢先に――あんなことになっちまったがな」
リオンは首を真上に向けて、あー、と疲れたような声を上げた。
「俺の人生はいつもこんなんだよ。手に入れたもん奪われて、積み上げたもん崩されて、それの繰り返しだ」
「あんたまだ15か16でしょ。何悟ったようなこと言ってんのよ」
「悟らざるを得ねぇ生き方してきたんだよ」
最後の言葉だけは、なんだか妙に老成したような、浮世の疲れを吸いきったような言葉に聞こえた。
なんだか、自分の倍も歳を取っているような声に、私は思わずリオンの顔を見た。
「ほら、エレーナお嬢様」
同時に、リオンが何かを差し出してきて、私は反射的にそれを受け取ってしまった。
見ると、紙に包まれたなにかの塊だった。
触ってみると、なぜなのかほのかに温かいような気がする。
「何よこれ」
「ホットドッグ」
リオンは短く言い、私と視線を合わせることを拒否するように、まっすぐ前を見た。
「本当はクラウス司祭様の分だったんだけどな。あんたにやる」
「な――何でよ? クラウス司祭の分は?」
「あんたにやるってんだよ」
リオンは言った。
「腹が減っては戦ができぬ――って言うだろ」
「はい?」
「俺が知る限りこの世で一番つらい感情は空腹だよ。それに比べたら大概の悩みや苦しみなんてどうでもよくなる。だから悩むにしても悲しむにしても人はちゃんと食ってから悩んだり悲しんだりすべきなんだ。そうじゃないといつまでも板挟みだ」
なんだか、ますます悟ったような言葉に聞こえた。
理屈はわかるけど――と、私はどぎまぎと答えた。
「いや――だけど」
「強情だな。いいんだよ、クラウス司祭にはまた作って持ってくから」
「でも」
「素直に受け取れ」
「そうだけど……」
「あぁもう! 鬱陶しいなぁ!」
リオンが突如大声を上げて、私はビクッと身を竦ませた。
「わっかんねぇかなぁ! 何落ち込んでるのか知らないけど元気出せって言ってんだよ! 察しろよいい加減! 人がわざわざ待ってたってのに!」
そう大声を上げた途端、リオンの顔がみるみる紅潮した。
「あ……いや違う。別にあんたを励ましたいとか、そういうことじゃねぇし……誰がこんな口の悪い真っ黒な女なんか……」
その言葉に、エレーナではなく、高柳千鶴が敏感に反応した。
え、いや、なにこの甘酸っぱい感じ。
何この顔を真っ赤にする感じ。
右手の裏で口元を隠す感じ。
わざわざ「○○とかじゃねぇし」と言いながら本心ゲロっちゃう感じ。
これは――間違いない。
高柳千鶴が確信した。
それは伝説に謳われる伝家の宝刀。
圧倒的破壊力を秘めてこちらに向かってくる巨大な影――。
確変。
ぶわぁっと、私の中に薔薇の花弁が乱舞した。
面白かった
続きが気になる
ツンデレ大好き
そう思っていただけましたらブックマーク、
下記のフォームより★★★★★で評価等よろしくお願い致します。




