あんさんぶるS.T.A.R.S.⑥
これにてこのスプラッタ小説も10万字達成です。
まだまだ苦戦中ですが、これからもこの小説をよろしくおねがいします。
えっ? と、私もアンリエッタも顔を上げた。
今クラウス司祭はなんと言ったのだ?
エルフ――と、そう言ったのだろうか。
「クラウス司祭、エルフって――?」
アンリエッタが鸚鵡返しに訊ねると、クラウス司祭は何故なのか渋い顔をした。
「そのままの意味だ。エルフだよ、エルフ。魔法的な叡智に関して彼らを凌駕する存在は地上にはいないだろう。魔法に長けた彼らなら、白の治癒魔法に関する知識も持っているかも知れない」
「エルフなんて」
突然この人は何を言い出すんだろう。
私は正気を疑う声で言った。
「エルフなんてただの御伽話ですわ――クラウス司祭、そうでしょう?」
この世界の原作となっている《琥珀のエルミタージュ》は乙女ゲームである。
それは学園内での疑似恋愛を楽しむゲームであり、魔法や剣などのファンタジー要素はあくまで味付け程度だ。
大体、このゲームにはエルフどころか、そもそも人間ではない亜人種というものが存在した記憶がない。
ドワーフも、コボルトも、獣人も、ゴブリンもオークもドラゴンもリザードマンも、ゲーム中には出てきはしない。
まぁ――高柳千鶴ではなく、この地で十八年の間生きてきたエレーナ・シャルロッテ・フォン・リヴレに限って言えば、エルフに対する知識がないではない。
このエルフは、この大陸で数千年前に繁栄を謳歌していたという、非常に長命の種族だ。
森と静寂を愛したと言われる彼らは同時に魔法的知識にも秀でており、高度な魔法による文明を築いていたという。
だが――そのエルフは、千年前にこの大陸から忽然と消えたという話も、同時に常識的な話だったのだ。
だからこの国でエルフという種族を語る時は、どちらかと言えば歴史語りというより、御伽噺を語る口調になってしまう。
であるから、高柳千鶴にしても、エレーナにしても、どちらにとってもエルフなどという単語が出てくる事自体、私には信じられないことなのであった。
「もし彼らが生きていたら、いえ、存在しているというのは、失礼ですがそれはあまりに空論にすぎるのでは――」
「いや、彼らは御伽話なんかじゃない」
クラウス司祭が鋭く否定した。
「彼らは確実に存在する。事実――私の魔法の師はエルフだった」
その発言に、私は少なからず驚いた。
クラウス司祭の師匠だと? そんな人物の話、ファンブックにも公式Twitterにも流れてきたことはなかった。
どうやらここから先の話に、高柳千鶴の知識はなんのアドバンテージも発揮できなさそうだ。
クラウス司祭は腕組みして言った。
「彼らの圧倒的な知識を前にすれば、私たちが扱うことの出来る魔法などは児戯に等しい。それほど彼らの魔法についての叡智は卓越している。もしその中に白の治癒魔法の知識があるなら――あるいは肉食系腐男子の増殖を喰い止めることが出来るかも知れない」
「クラウス司祭、それなら――!」
アンリエッタが声を上げた。
そんなアンリエッタをちらりと見てから、クラウス司祭は難しい顔を浮かべた。
「あぁ、可能性がないではない。なんとか彼らに接触することができればいいんだが……いやしかし」
なんだろう、この反応は。
私とアンリエッタは顔を見合わせた。
苦虫を噛み潰したような表情、とはこういう表情を言うのだろう。
クラウス司祭は眉間に深い皺を刻み、口を歪めている。
どうも、クラウス司祭は困っているのではなさそうだ。
言うなればそれは、職員室に用事がある悪ガキの浮かべそうな表情。
つまり、そうせざるをえないが、個人的にはそうしたくない――そういう表情に見えた。
「クラウス司祭、何をお悩みですか?」
「ん? あぁ。エルフが今もこの地上に存在することは確かなんだ。私の師がその理由を話してくれたこともある。だがな――」
「ですが?」
「一言で言えば、彼らは気難しいんだよ」
クラウス司祭は言った。
「彼らは基本的に人間を嫌っている。愚かで騒々しい連中だとね。私の師がそうであったように、彼らが気まぐれに人間に接触してくることは有り得るが、その逆はないんだ。ましてこの状況下だ、彼らが我々を受け入れてくれるか――」
気難しい……。
その一言に、私とアンリエッタはもう一度顔を見合わせた。
クラウス司祭ほどの人物がこれほどまでに顔をしかめるエルフとは一体どんな種族なんだろう。
それきり沈黙してしまったクラウス司祭に、アンリエッタが遠慮がちに言った。
「クラウス司祭、それでも私は……」
「あぁ、なんとか彼らに接触する方法は考えてみる。だが正直、期待はしないでくれ」
クラウス司祭はアンリエッタを見て、迷ったように付け足した。
「それと――最初に言っておこう。アンリエッタ君、これは君にとってなかなかの試練になるぞ。何しろ彼らの魔法的叡智は我々人間のそれとは根本的に次元が違うほどのものだからな」
クラウス司祭は気遣わしげに言った。
「運良くエルフと接触できたとしても、君にはとんでもない負担がかかることになるだろう。下手すれば数ヶ月、いやもっと長い間、君は彼らと接触しなければならないことになる。君がそれに耐えきれる保証は――」
「大丈夫ですよ、クラウス司祭」
アンリエッタが穏やかに言った。
「どんなに彼らが気難しくても、どんなに白の治癒魔法の訓練が辛くても、今の状況が少しでも改善するなら――私は喜んでどんな努力でもしますよ」
「しかしな――」
「大丈夫、大丈夫です」
そう言ったアンリエッタが浮かべた表情。
その表情を見て、クラウス司祭も私も、なんだかはっと胸を衝かれたような気がした。
「私の大丈夫を、クラウス司祭もエレーナ様も信じてください、ね?」
私の大丈夫をあなたが信じて――。
それは私がナルフィの教会で彼女に言った言葉だった。
なんだかむず痒いような気持ちで、私は笑った。
「わかったわ、私がアンリエッタの大丈夫を信じる。クラウス司祭、そうしましょう?」
私が促すように言うと、クラウス司祭も観念したように微笑みを浮かべた。
「なるほど、完敗だよ。私はなんとか全力で彼らと接触する方法を探ることにしよう。大丈夫、必ず見つける――君も私の大丈夫を信じてくれるかい?」
もちろん! とアンリエッタは大きく頷いた。
よかった、と私は心中に嘆息した。
これでやっと希望は繋がったようだ。
アンリエッタが治療薬に、ワクチンになりさえすれば、この世界は地獄から救われるのだ。
そして、私たちがアンリエッタを信じる。
それが私に出来るたったひとつのことだった。
「しかしアンリエッタ君――君がいてよかったよ」
クラウス司祭が言った。
えっ? とアンリエッタが驚いたようにクラウス司祭を見た。
「君がいなければこの世界はどうなっていたか……君は私の――いや、僕の希望そのものだ。僕は――君にありがとうと言いたいよ」
例の如くいい声で、クラウス司祭が柔和に微笑んだ。
そのストレートな物言いに、アンリエッタの顔がみるみるうちに桜色に紅潮した。
「あ、いえ、そんな……そんな言葉、私なんかには勿体ないですよ……」
後半はほとんど聞き取れないぐらいの声で、アンリエッタはもじもじと俯いた。
いいなぁ、アンリエッタが羨ましいなぁ。
私の廃人乙女ゲーム脳の一部が、性懲りもなく活動を始めた。
さすがは乙女ゲーム界のレジェンドと謳われる声優(○言○)(○言○)がCVを担当したユージーン・クラウスだ。
「君は僕の希望だ」――。
そんなストレートな言葉を、このいい声で投げつけられてみろ。
私だったら発狂する。
遠慮なく発狂する自信がある。
きっと一瞬で理性が消し飛んぶだろう。
すぐさま床に崩折れて額を叩きつけるだろう。
「ぶっひいいいいいいいいいい!!」と叫ぶだろう。
もういっぺん言ってくれ、とせがむだろう。
何度も何度もせがむだろう。
いや、実を言うと今も大分理性が飛びかけている。
私にもそれ言って、とかなり本気で頼んでみようか。
彼は基本的に優しいから頼んだら言ってくれそうな気がする。
美しく低い声で。
腰の辺りがゾクゾクするようなバリトンで。
「エレーナ、君は僕の希望だ」と――。
ぶひっ――。
あ、ヤバい、これはいけない。
想像するだけで理性が飛びそうだ。
ぶっ、ぶっひぃ……!
ぶっひぃぃぃぃ、尊い――!
「ところで、前々から思っていたんだが、アンリエッタ君。君は随分白の治癒魔法の発現が早かったんだな。その魔法は生まれつきわかっていたのかい?」
私の最低の妄想は、その言葉とともに打ち切られた。
私が服の袖でハミ出たヨダレを拭うと、ああ、とアンリエッタが首を振った。
「いえ、この魔法が発現したのは子供の時です。生まれつき、というわけでは――」
「へぇ、凄いな。そんな例は聞いたことがない」
クラウス司祭が目を瞠った。
「基本的に白の治癒魔法は魔法というよりも才能に類するものだ。後天的に発現する可能性は限りなく低い。誰かに見出してもらったのかい?」
「いいえ」
アンリエッタが微笑んだ。
だが、その微笑みはどこか悲しそうだった。
「私が子供の頃、戦争で焼け出されちゃって――白の治癒魔法が発現したのは、私の家族が死んだことがきっかけ……なんでしょうね」
その言葉に、クラウス司祭の顔が曇った。
「あ、いや、すまん――悪いことを聞いてしまったようだ」
「あ、いえ! いいんですよ! ――それに、私にとってはあの事は励みもなってるんです。私が癒し手を目指すことになるきっかけにもなりましたから」
アンリエッタがちょっと慌てたように言い、窓の外に視線を写した。
まるでそこに遠い故郷を見ているかのように。
遠い目をしながら、アンリエッタが言った。
「立派な癒し手になって、故郷のトッド村に帰る。それが私の夢なんです。村には医者も癒やし手もいませんから――」
クラウス司祭の目が驚愕に見開かれた。
「トッド村、だと――?」
まるで亡霊に出会ったかのように。
クラウス司祭が呆然と呟いた、その瞬間だった。
ビシッ! と鋭いノイズ音が耳に聞こえ、私の視界に亀裂が走った。
えっ!? と私は虚空を見上げた。
《バグ》だ。
驚愕の表情でアンリエッタを見つめるクラウス司祭とアンリエッタの間に。
まるでそれはまるで二人を引き裂くかのように、亀裂状に広がっていた。
これはまずい。
私はうっかりしていた自分を叱った。
どうして忘れていたのか。
《琥珀のエルミタージュ》をプレイしていたことを忘れていたのか。
この二人の間に横たわる過去。
それが明らかになるにはまだ早すぎるじゃないか――。
私は慌ててアンリエッタの手を引いた。
「あ、アンリエッタ! そうと決まればクラウス司祭のお邪魔をしてはいけないわね! そろそろ失礼しましょう!」
「え? ――エレーナ様?」
「ほらほら、ボヤボヤしない! ――それではクラウス司祭、後のことは頼みますわね!」
私は強引に話を打ち切り、アンリエッタの手を引いて部屋を出た。
部屋を出る瞬間、ちらと振り返ったクラウス司祭の表情。
それは今までに見てきた彼の表情のどれとも違っていた。
まるで彼の中にいる死神が目を覚ましたかのような――。
昏くて、冷たい目だった。
「え、エレーナ様! ちょっと、どうしたんですか……!?」
戸惑ったようなアンリエッタの声を無視して、私は一刻も早くクラウス司祭からアンリエッタを引き剥がそうと躍起になっていた。
ブーツの底を鳴らして歩きながら、私は自分を繰り返し叱っていた。
馬鹿、なんで気づかなかったんだ。
「作中一の問題児」と言われるクラウス司祭を前にして。
しかもアンリエッタの隣にいる状況下で。
不用意に過去のことを口走ったアンリエッタを、何故自分は止めなかったのだ。
アンリエッタとクラウス司祭には過去がある。
そう、それは選択如何ではバッドエンド直行の、特大級の爆弾だった。
それがこのタイミングで明らかになることなど有り得てはならない。
もしアンリエッタのほうがそれに気づいてしまえば――エンディングなど待たなくても、全てがおしまいだ。
七年前のトッド村の事件。
アンリエッタの運命を一変させた戦乱。
クラウス司祭が全てを捨て、王都から逃げ出す遠因となった事件。
そう、アンリエッタから家族を奪った人物こそ――。
ユージーン・クラウス、その人なのだから。
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