あんさんぶるS.T.A.R.S.⑤
完成?
現状ではアンリエッタの魔法は不完全だというのか。
私は返答を求めてクラウス司祭を見た。
クラウス司祭は考え込むようにガリガリと頭を掻いた。
「いや待ってくれ――この表現はおかしい。完成? いや違う、なんと説明したらいいのか……」
クラウス司祭は顔をしかめて、苛立ったように天を向いた。
それからああでもないこうでもないとなにか呟いてから、司祭はようやく前に向き直った。
「生命力を魔法に変換して患者に直接注入するのではなく、治癒力そのものを他人に施す――平たく言えばそういうことになるだろうな」
「治癒力――ですか?」
「そうだ。アンリエッタ君、君には白の魔法の加護のおかげで、肉食系腐男子に対する完全な抗体、免疫機構に類似するものが存在するらしい。だから君は噛まれても肉食系腐男子化しないんだ。君の身体をそう保っている白の魔法の防御機構、免疫機構の仕組みそのものを他人に施す――そうすれば、彼らを治療することが出来るかも知れない」
朧げながらにクラウス司祭の言いたいことを汲んだ私は頷いた。
「白の魔法は種痘法であり、特効薬にもなりうる――そういうことでよろしいんですの?」
「あぁ。治癒力に変換した白魔法に肉食系腐男子化の原因となる病原体を駆逐させることができれば、脳組織を冒された肉食系腐男子ならば即死させ、怪我人ならば治療できるはずだ」
長い説明が終わり、クラウス司祭はそこで言葉を区切った。
「あ、あの……」
そこでアンリエッタが口を開いた。
「話の意味はよくわからないんですが……クラウス司祭。つまり私のこの白魔法の力で、その、肉食系腐男子たちを治療できる可能性がある、ということでしょうか?」
アンリエッタは既に一歩も揺るがない目をしていた。
何があってもそれを成し遂げてみせる、そう決意した目だった。
しかし、クラウス司祭は即座に首を振った。
「待ってくれ、アンリエッタ君。君の気持ちはわかるが、今の状態では患者を治療することは不可能だ」
その言葉に、アンリエッタが詰め寄るように言った。
「何故?」
「単純な話だ。白の治癒魔法の希少さは古来から有名だ。教えようにも教えられる人間がいないんだよ。無論、その魔法をどうやったら完璧に治癒力に変換できるかなど、資料や文献すらほぼ存在しないだろう」
「そんな――!」
一途な表情と顔でアンリエッタが司祭に縋り付くように言った。
「その可能性がある、だけで十分です! 私、もう今の状況は見ていられません! クラウス司祭、なにか手があるなら遠慮なく仰ってください!」
「隠している情報などないよ。本当に思いつく手がないんだ。それに――」
クラウス司祭が、小さな声で言った。
「――あまり白の治癒魔法を使いすぎれば、君の肉体に著しい負担がかかる。白の魔法で治療法を確立させるまでにどれぐらい時間がかかるかわからない。それまでにあまり力を使いすぎれば――今度は君の命が持たないだろう」
明らかに、こちらのほうが本当の理由だと思える話だった。
命。その単語が出た時点で、私は条件反射的に身が竦んでしまった。
だがアンリエッタには、そんな言葉すら耳に入っていないようだった。
「私の命なんて――! 今この瞬間にも何十、何百と人々が傷ついてるんですよ! 私さえ犠牲になるだけで済むなら私はそれでも――!」
そこまで言いかけたときだった。
クラウス司祭がアンリエッタを鋭く睨んだ。
「それ以上は口にしてはいけないよ」
その声は、遠雷のように低く轟いた。
感情を押し殺しているが故に重く聞こえるその声に、思わずアンリエッタは言葉を飲み込んだ。
クラウス司祭は静かにアンリエッタに言った。
「アンリエッタ君、君が今の状況に傷つき、苦しんでいるのはわかる。だが、そのために闇雲な努力をして命を無駄にすることは、医療行為を行うものとして一番やってはいけない。それは単なる資源の無駄遣いだ。それに、誰かの犠牲を前提として練られた解決策など最初から無価値だ。癒し手を目指すものとして君はそうは思わないのかい?」
その言葉は、明らかに経験から発した言葉に聞こえた。
諌める言葉ではなく、叱る言葉に、アンリエッタがしゅんと肩を落とす。
そうだ、いくら白魔法が使えたところで、それが制御できなければ意味がない。
その知識がないというのであれば――結局、白魔法があっても意味がない、ということなのだろう。
話が、再び暗礁に乗り上げた気がした。
結局、どうやっても人類に肉食系腐男子への対抗策はないのか――。
私たち二人がそう諦めかけたときだった。
クラウス司祭が、ほとんど独白のような声で付け足した。
「完全な白の治癒魔法の知識を持っているとすれば、それは――この世界にはエルフぐらいのものだろう」
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