あんさんぶるS.T.A.R.S.③
「まず調査の進捗状況から報告だ。今、我々は総力を上げて歴史書を紐解き、今回に類似の事件、もしくは奇病が発生した例がないか調査している」
「奇病?」
私はクラウス司祭の顔を見た。
「司祭は、やはりあの現象が病であるとお考えですか?」
「まぁ、これも単なる当て推量だ。もしかしたら呪いや魔法が原因かも知れない。だが、それらがここまで急拡大し、しかも人間を不可逆的に変えてしまうことは呪いや魔法ではちょっと考えられない。誰かが組んだ魔法なら、当然自分がそうならないよう、同時に解呪方法も作っておくはずだからね」
立て板に水、でクラウス司祭は説明した。
クラウス司祭は腕を組んだ。
「結果から言おう。今の所、今回と類似した事件や奇病が報告された例はない。つまり、肉食系腐男子どもの発生は、我々人類が初めて直面する脅威だということだ」
つまり、先例はない、ということだ。
喜ぶべきではおそらくないだろう。
先人たちが今まで直面したことのない事態。
そんな敵に私たちは挑んでいかなければならないのか。
「この王国中、大陸中、いや、世界中の歴史の中で――死者が目覚めて生者を喰い殺したなどという話は、確かなものはほぼ見つからなかった。無論、類似の伝説やおとぎ話は見つからないでもなかったが――それは様々な言い伝えや自然現象、宗教的価値観から創られた創作であるようだ。無論、教訓とすべき現実的な対応策は書かれていなかった」
クラウス司祭が太いため息をついた。
「君に意見を仰ぎたいのは、ここからだ」
と、クラウス司祭が言い、私はしばし伏せていた目を上げた。
「はい? 私に、何を?」
「単刀直入に訊ねよう。君はどう思う?」
「どう――とは?」
「この世界は肉食系腐男子の発生を抑えきれると思うか」
クラウス司祭の眼鏡のレンズが白く冷たく光った。
不意に投げつけられた問いに、私は詰まった。
「君の肉食系腐男子たちに対しての知識の出どころは聞くまい。君がいう『常識』で考えて、奴らをどう喰い止めるべきか、君の常識の中にその知識はあるかい? 忌憚なく言ってくれ」
私の心を見透かしたような声でクラウス司祭は言った。
私が転生者であり、彼らとは違う常識を持っていることに気づいたのか?
いや――そうは思えない。
彼は追い詰められているのだ。
解決方法の糸口が見つからないことに焦っている。
だから私を呼んだのだ。
私はしばらく頭の中の情報を整理して言った。
「抑え込む方法は――いくつか考えられます」
言っていいのか悪いのかはわからない。
もしも不用意に情報を出せば、それだけで《バグ》で世界が崩壊する危険もある。
私は目の前の光景を注意深く観察しながら言った。
「基本的な感染症対策と一緒だと思います。感染者の隔離、そして遺体の速やかな火葬による蘇生の阻止。そして人類が生存していけるコミュニティと、水や食料などのライフラインの確保。これらが全てではないでしょうか」
「既に感染してしまった人間の対処は?」
「それは――」
私はその先を言い淀んだ。
この世界の医学的知識の常識をひっくり返すことにはならないか。
祈るような気持ちで、私は言った。
「ワクチン、さえ作れれば、あるいは――」
「ワクチン?」
クラウス司祭の眉間に皺が寄った。
私は注意深く反応を探りながら言った。
「司祭は疱瘡をご存知ですよね?」
「あぁ、もちろんだ。この世界でも何度か流行し、破滅的な被害をもたらしている」
「古来より、似たような病である牛痘に感染したことのある患者は、二度と疱瘡に感染しないことが経験的に知られていたのも、でしょうか」
クラウス司祭は大きく頷いた。
「それが種痘法だ。天然痘に酷似した牛痘の病原体を人為的に接種させることにより、人体は天然痘に対する恒久的な免疫を獲得できる。患者の膿やかさぶたを健常者に接種させる防疫方法は古来から慣習的に行われていて、疱瘡の発生が防がれていた地域も――」
そこまで言って、クラウス司祭ははっと虚空を仰ぎ、そして私を見た。
「まさか――」
「えぇ。あの肉食系腐男子たちが病の産物であるのならば、種痘法と同じ方法で治療することができる、そうは考えられませんか?」
クラウス司祭は驚きの声を上げた。
「そんな方法が――出処は聞くまいと言ったが流石に驚きだ! 君は一体そんな医学的知識をどこで手に入れた!?」
「どこで――ですか?」
私はなんと答えようか迷った。
何を隠そう、高柳千鶴の「生前職」は看護師なのであった。
相次ぐ夜勤と人間関係のゴタゴタ、医者からのパワハラでかなり本格的に参っていたド三流看護師ではあるのだが、一応最低限の医学的知識はある。
種痘法に関する知識も、短大の図書室で自習していた時に偶然あった資料をナナメ読みしていただけである。
「まぁ――そうなんじゃないかと思っただけですわ」
「そうなんじゃないか、だと……。君は紛れもなく天才だ。一度その道の学問をすべきだよ。君なら超一流の医学博士になれるぞ」
「あはは……ですが、私が言えるのはそこまでです。残念ながらそのワクチンの作り方も、精製方法も、何もわかりません」
私はクラウス司祭の一言を躱しながら、私は気弱に付け足した。
その言葉に、クラウス司祭の声も沈んだ。
「確かに、種痘法は危険な治療方法だ。もし失敗すれば健常者をいたずらに肉食系腐男子化させることにもなりかねない」
「そう、その通りですわ。とても一朝一夕に確立できるものでは……」
それきり、弾みかけていた私たちの会話は止んでしまった。
治療法。それが見つからなければ、結局のところ人類はジリ貧だ。
飢えや渇きにゆっくりと磨り潰され、やがて死に絶える。
そうすればゲームのエンディングなど待たずにこの世界は一巻の終わりだ。
「あの……」
と、そのときだった。
コンコン、とドアをノックする音が響き、私たちは顔を上げた。
「あ、あぁ、アンリエッタ君か。入ってくれたまえ」
クラウス司祭が言うと、アンリエッタがおずおずと部屋に入ってきた。
「あの、司祭様とエレーナ様がここにいるって聞いて……私、なにかお手伝いできることがないかなと思いまして……」
アンリエッタは銀灰色の瞳を所在なさげに動かし、私とクラウス司祭を交互に見つめた。
患者への接触を控えてほしい、と言われたアンリエッタである。
それでも、居ても立ってもいられないのだろう。
「あぁ、わざわざ済まないね。人手はいくらあっても足りないぐらいだ」
クラウス司祭は老成した声で言った。
私は、というと、また心がちくりと傷んだ気がして、アンリエッタを見た。
誰も死なせたくない――。
そう言って涙を浮かべた少女に、この状況はあまりにも酷だった。
バタバタと人が死んでいく状況も。
助けようと思っても助けられないもどかしさも。
そして、板子一枚下に広がっている、さらなる地獄も。
そんな必死な思いを汲み取って、クラウス司祭は優しく言った。
「なら、アンリエッタ君には資料探しを手伝ってもらいたい。ジャンルは私がリストアップするから問題はない。無理せず、ゆっくりでいいんだ」
「は、はい。ありがとうございます」
蚊の鳴くような声で頭を下げたアンリエッタ。
既にサイズの合わなくなっている服の襟ぐりから、白い肌が覗いたのがやけに目についた。
まだ一週間しか経ってないのに、随分やつれたなぁ。
私がそう思った、その瞬間だった。
アンリエッタの首元に、二列に並んだ赤黒いかさぶた。
それを――私は見てしまった。
ぎょっ、と、私は思わず椅子から腰を浮かせた。
「アンリエッタ――!」
突然発した大声に、アンリエッタがびくっと身を竦ませた。
私はなかば襲いかかるようにアンリエッタに近づくと、両手をアンリエッタの服に突っ込み、容赦なく襟をずり下げた。
「いやああああ?! エレーナ様、一体何を――!?」
「こっ、この傷! ――クラウス司祭!」
自分でも異様に聞こえる声に、クラウス司祭も慌てたように駆け寄ってきた。
ほら! とアンリエッタごと示すと、クラウス司祭の表情が凍った。
「アンリエッタ君――! どこで肉食系腐男子に噛まれた!?」
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