賑ヤカ哉、我ガ一族③
その鋭い叱責に、ディートリッヒは激しく狼狽えたように見えた。
「兄上――」
「ディートリッヒ、君の嘘は顔に出るんだ。父上はどうした? さっきの君の報告にもさっぱり出てこない。父上の身に何かあったんじゃないのか?」
ジークハルトは追い打ちをかけるかのように問い詰めた。
「王都に父上は、ラビリシア王はいるのか。それとももうどこかに動座して無事であるのかどうか。僕の関心事はそれだ。はっきり言え」
父上――つまり、現ラビリシア王。
大陸最大の王国であるラビリシア王国の王であり、大陸最高の権力者である男。
命令口調のジークハルトの言葉にも、ディートリッヒは無言だった。
この男が兄の言葉に抵抗するのは珍しいことだった。
それでも、ジークハルトは腕を組んだまま、まっすぐにディートリッヒを見つめる。
やがてディートリッヒは、何もかも諦めたかのように呟いた。
「わかりません」
「わからない? どういうことだ?」
「父上は何処へも動座していません。この王宮内におられます。ただ、本当に――わからないのです」
ディートリッヒは青い顔で、視線を足元に落とした。
「あの状態の父上が、ご無事であると言えるのかどうか……」
その一言に、ジークハルトだけでなく、全員が目を見開いた。
「ディートリッヒ王子、それはどういう意味だ!?」
クラウス司祭の言葉にも、ディートリッヒは答えなかった。
それ以上は言わないし、言えない。
苦衷を察してくれと言わんばかりに、ディートリッヒはそれきり沈黙してしまった。
「……よし、わかった」
長い沈黙の後、ジークハルトが立ち上がった。
「君がわからないと言うなら、僕が直接確かめる。ディートリッヒ、父上に会わせてくれ」
そう言ってジークハルトはディートリッヒの横をすり抜けようとした。
だがその瞬間、ほとんど同じタイミングで動いたディートリッヒが兄の行く手を遮った。
なまじ顔が似ているために、それはまるで鏡に写った像のように見えた。
「できません」
「何故だ」
「今の状態の父上には、たとえ兄上とあってもお会いさせることは出来ない」
「僕は次期ラビリシア王だぞ! 王子として僕には全てを見届ける義務がある!」
「だからこそ、です」
ディートリッヒは頑固に言い張った。
ぐっ、と、ジークハルトが悔しそうに呻いた。
ディートリッヒも、負けじと兄の目を見返した。
ふと、ディートリッヒが視線を下に落とした。
そのまま、懇願するように呟いた。
「兄上、お願いです。――僕にこれ以上、何も言わせないでいただきたい。僕も混乱しているのです。この上、兄上にも何かあれば、この国はもう……」
莫大な疲労に憔悴した声だった。
それが兄をかばうための行為であるとわかってほしい――。
そんな必死さを込めた声には、さすがのジークハルトも引き下がらざるを得なかったようだ。
ジークハルトは萎むようなため息をつき、よろよろと椅子に座り込んだ。
「わかった。ディートリッヒ、僕が不在の間、よくやってくれた」
ジークハルトはそう言ったきり、長い間沈黙した。
しばらく自分の中の考えをまとめるようにして、ジークハルトは顔を上げた。
「みんな。しばらく僕はディートリッヒと共に事態の収集に当たりたいんだ。王城内の施設は好きに使っていいし、言ってくれれば何も不便はさせない。――クラウス司祭」
「なんだい?」
「貴方に頼みがある。奴らの発生原因についての調査を依頼できないだろうか」
普段の軟派な態度とは違う、王そのものの声でジークハルトは言った。
「王城内の魔術師や医師たちとの情報共有は約束する。資料や記録についても不足があったら遠慮なく言ってくれ」
「了解だ。最大限努力させてもらうよ」
クラウス司祭は深々と頷いた。
「それと――コンラッド」
ぴく、とコンラッドが身動ぎした。
思えば、ジークハルトが彼の名前を呼んだのはその時が初めての気がした。
「悪いが、君も王都に留まってくれるか。不本意だろうし一刻も早く領地に帰りたいのはわかる。だが今の王都には君の護衛に割く人員が――」
「くだらないことを気にするな」
強い口調でコンラッドが言い、腕組みして頷いた。
「俺のことなんか気にしなくていい。王子として、この国のことを最優先に考えろ――俺はそれで何も不足も不満もない」
それは精一杯、親しみと激励を込めた声に聞こえた。
「そうか、すまないな」と力ない声で言ったジークハルトは、次に私たちを見た。
「それと、エレーナ、リオン」
「え、えぇ」
「君たちは自由にしていてくれ。それとアンリエッタ、怪我人を治療するのはしばらく控えてほしい」
ジークハルトが静かにそう言い、アンリエッタが困惑したような表情を浮かべた。
「君はここ数日、まともに休息も取ってないだろう? 治癒師なら王都にもいる。まずは君の体力回復を優先的に考えてくれ」
「はっ、はい!」
アンリエッタが言うと、ジークハルトは昏い目でため息をついた。
今まで無事だと信じていた、いや、信じようとしていた王都の惨状を目の当たりにした上、王まで人事不省となったら、一気に彼の心労は増すことになるだろう。
瞬時、ジークハルトが目を閉じた。
ぎゅっと眉間に皺を寄せて。
それはこれから直面することの責任の重大さを痛感した表情だった。
だが、それも一瞬のことだった。
弱音も、悲観的想像も、何もかもその一瞬の沈黙と共に飲み込んで。
目を開けたジークハルトは、毅然とした足取りで部屋を出る一歩を踏み出した。
「あ、兄上。まずは兄上も休息を――」
「何言ってるんだ、代わりに君が休んでくれ。僕は近衛隊の指揮系統を確認して再編した後、王宮内に臨時対策会議を設置する。人員の選定については僕から指示を――」
「な、なぁジークハルト……王子様!」
リオンがちょっと大きな声で言った。
驚いたように振り返ったジークハルトに、リオンはしばらくあたふたと慌てたようにしてから、しどろもどろに言った。
「お、俺――ただの給仕だけど、何か出来ることあったら言ってくれよな。俺、あんたらの夜食ぐらいなら徹夜で作るからさ……!」
それは必死に歩み寄ろうとする声に聞こえた。
先日、ジークハルトとリオンは教会で一度衝突しかけている。
これから困難に直面するジークハルトへの、それはリオンなりの謝罪と誠意の発言だっただろう。
しばらく珍妙な表情でリオンを見ていたジークハルトが、ふっ、と微笑んだ。
「あぁ、それじゃあ近いうちにお願いするかもね」
最後の最後だけ、いつものジークハルトに戻った気がした。
それとともに、ジークハルトとディートリッヒは共にどこかへと去っていった。
「皆様、お部屋を用意しております。お休みになってください」
代わる代わるに入ってきたメイドや執事たちに促され、私たちはそれぞれ部屋に散っていった。
◆
ジークハルトも、コンラッドも、リオンも、クラウス司祭も、アンリエッタも。
それぞれ自分の役割を見つけ、この王都で精一杯力を尽くそうとしている。
私には一体何が出来るだろう。
如何にこのゲームで最大のジョーカーである悪役令嬢とはいえ、それはつまりゲームがまともに進行していた場合の話だ。
家格も、有り余る財産も、エレーナの美貌も、魔法の才覚も。
そのどれもが、世界が破綻しかけている今、何もかも無意味だ。
だったら――私に出来ることとは一体なんだろう。
悪役令嬢ではなく、高柳千鶴とエレーナ、二人分の記憶を持っただけの人間として。
私がこの王都に、この世界の破滅を喰い止めるためにできること。
考えてみれば――私はみんなの中で一番無力だ。
戦うことも、癒やすことも、創り出すことも出来ない。
広い王城内のベッドの上で、高い天井を見ながら私は悶々と考えていた。
結局私はその晩、ほとんど眠ることができなかった。
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