彼らを止めるな!③
大通りを突破し、時計塔が望める住宅地を通り過ぎて――三十分ほどだろうか。
「よし――街の出口が見えた!」
クラウス司祭がそう言い、私たちははっと顔を上げた。
見ると、まだずっと遠くにではあるが、街の境界線を示す門と、侵入者を撃滅する物見櫓が見えた。あそこがゴールだ!
「今のところは全員無事だな?! みんな、最後まで気を引き締めるんだ!」
まるで舞を踊るかのように次々と火球を放ちながら、クラウス司祭が叫んだ。
全員が血まみれになりながらも、私たちは徐々にゾンビを圧倒しつつあった。
既に見える範囲でのゾンビはあらかた片付いている。
まだ何人か生きているゾンビを全て始末するまで、あと数分とかからないだろう。
私はアンリエッタが引き倒したゾンビの首に斧を叩きつけながら、遥か向こうに見える街の出口を見た。
あそこまで辿り着ければ、私たちは全員助かる――あと少し、あと少し――!
焦燥にかられてそう思った、その時だった。
なにか大きな黒いものが門の前に踊り出て、私は目を瞠った。
「オ……オゥ……オカワリゥィ――――――――ッリリリリィ!!」
人間のそれを遥かに凌駕する、凄まじい咆哮だった。
生存者たちが一斉に前を見た。
「お、おいおい……嘘だろ!? なんだアイツ!!」
コンラッドが叫んだ。
そこにいたのは、凄まじく分厚い脂肪を着込んだ、身長2m以上の巨漢だった。
皮膚の色を見れば既にゾンビ化しているのは明らかで、上半身裸だった。
「大飯食らいのボブ……!? 怪物化してたのか!?」
クラウス司祭が驚いたように言った。
ウゥー……と、突如現れた百貫デブは全身から湯気を立ち上らせて唸り声を上げている。
「司祭様、グラトニー・ボブって?!」
「この街の定食屋の倅だ。小さい頃から食べるのが大好きで……運動が大嫌いな男だよ」
「ま、まぁ、あの体型見ればわかるけどね……」
しかし――生前よりも、もっと食べることが大好きになっているのは明らかだろう。
のしっ、とグラトニー・ボブが一歩踏み出すと、今まであんなに勇ましく戦っていた一行が、怯えたようにたじろいだ。
私はクラウス司祭の側で言った。
「どうしましょう、クラウス司祭!」
「任せろ。炎の上級破壊魔法、《大火球》!!」
司祭の両手から放たれた火球は、まともにグラトニー・ボブに直撃した。
だが――グラトニー・ボブは倒れなかった。
それどころか炎に全身を包まれて、その風貌が単なる百貫デブだったときよりも数倍恐ろしくなった。
「お、おい、燃えてるけど倒れないぞ、アイツ!」
「それどころか――なんだかますます強そうになってないかい?」
「ふむ……確かにこれは予想外だ。脂が多いから随分激しく燃えてるね」
「何に感心してますの!? 早く次の魔法を!」
そう言ったときだった。グラトニー・ボブが燃える両手を天に向け、再び咆哮した。
「ステーキ……ステーキ大盛リィィィリリリ!!」
「まずい! 自分の肉が燃える匂いで興奮してるわ!」
ますます元気いっぱいになったグラトニー・ボブは、まるで相撲の取り組みのように身を屈めると、その巨体からは信じられないような勢いで突進してきた。
わぁーっ! と悲鳴を上げながら、私たちは慌てて道端に飛び退った。
「ステーキ大盛リ! 二枚二枚ィ!!」
グワシャ! と音がして、グラトニー・ボブは家屋の石壁に突っ込んだ。
途端に石壁はまるでガラスのように砕け、砕かれた石礫が散弾となって飛び散った。
「マシマシ……マシマシ……!」
ずる、と、グラトニー・ボブが上半身を起こした。
あんな勢いで石壁に激突したのに、まだ生きてるとは――。
「……ヤバすぎるパワーだぞ、アイツ」
「しかもまるで牡牛だ。相当素早いよ……」
「あんなに早く動けるのか彼は。生前はあんなに運動が嫌いだったのになぁ」
「だから、さっきから何に感心してますの!? 急いで逃げなきゃ!」
「みっ、皆さん! アレを見て!」
アンリエッタが指差す方向を見て、全員が息を呑んだ。
つまり私たちが今駆け抜けてきた街の奥から、ぞろぞろとゾンビたちが迫ってきていた。
「なんてこった! アイツがあんまり騒ぐから寄ってきやがった!」
コンラッドが叫ぶ。
早いところあのグラトニー・ボブをどうにかしないと、ここまでの苦労が水の泡だ。
「くそ、どうするか……一か八か仕掛けるか!?」
「いや、無理だ。あれの首は僕の剣じゃ落とせない……! 大砲が要るよ!」
万事休す――ここまで来たのに、ここで全員、あの百貫デブのおやつにされるというのか。
どうせ喰っても喰っても満足しないだろう男の、無意味なカロリーになれというのか。
私たちの努力は一体何だったんだ? ここまで、ここまで来たのに――!!
「おい、お前ら! こっちだ!」
不意に――そんな大声が発して、私たちははっと声のした方を見た。
門の上、普段なら衛兵たちがいたであろう門の上の物見櫓に、いつの間にかリオンが登り、ぴょんぴょんと跳ねながら手を振っている。
「リオン――?」
私が呟くと、リオンが大声で叫んだ。
「ここに……衛兵たちが使ってた火薬樽がある! 今から俺がこいつを落とすから、これでそのデカブツを吹っ飛ばせ!」
叫びながら、リオンは身長ほどもある樽を門の下に蹴り落とした。
落ちた衝撃で火薬樽が割れ、中から黒い砂のようなものが地面に飛び散った。
黒色火薬――おそらく、緊急時には門を破壊し、街を封鎖するために用意されていたものに違いなかった。
私たちは瞬時、目配せし、頷いた。
「みんな! 門ごとグラトニー・ボブを吹き飛ばすぞ! 走れ!」
クラウス司祭の号令とともに、生存者たちは一斉に走り出した。
「オカワリ……! 大盛リ! ステーキ二枚二枚ィィ―――――リリリ!!!」
途端に、グラトニー・ボブがまるで砲弾のような勢いで走り出した。
血と肉汁を撒き散らす度に、脂が爆ぜて煙が上がり、まるで本当に砲弾のようだった。
「急げ! もう少しだ!!」
クラウス司祭の声が耳元で弾ける。
まるで小学校の徒競走のように、私たちは走った。
全員が門をくぐり抜け――小川をまたぐ橋を越えた瞬間、私たちは背後を振り返った。
恐ろしい勢いで突進してくるグラトニー・ボブはまだ門の内側にいたが、3つ目の火薬樽を蹴落としたリオンもまだ門の上にいた。ヤバい、今から梯子を降りたのでは間に合わない――!
「リオン! こっちに向かって飛んで!!」
私が叫ぶと、ぎょっとリオンが私を振り返った。
「早く! 早くしなさい!」
もう、考えたことではなかった。私はリオンの顔を真っ直ぐに見た。
リオンは瞬時迷ったような表情を浮かべ――次の瞬間、ヤケクソの悲鳴とともに、空に身を躍らせた。
「行くぞ! 《大火球》!!」
それと同時だった。
クラウス司祭の手から放たれた火球が、火薬樽を直撃した。
「オカワリィ――! ステーキ! ビーフシチュー! ショウガ焼キ! マキマッ――!!」
その瞬間、グラトニー・ボブの巨体が爆圧で持ち上がったように見えたのは、おそらく見間違いではなかっただろう。
火薬樽に引火した爆炎はグラトニー・ボブの巨体を呆気なく引き裂き、その上の櫓をも景気よく吹き飛ばした。
文字通り木っ端微塵になった木片が辺りに飛び散り――ナルフィの街の門は、数秒で瓦礫の山と化した。
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