彼らを止めるな!④
「―――――――――ぁぁぁぁああああああああ!!」
リオンが悲鳴を上げて虚空に放り出された。
爆発に吹き飛ばされて随分な高度まで舞い上がったらしい。
綺麗な放物線を描いて、リオンが落ちてきた。
あの高さから落ちたらタダでは済むまい。咄嗟に私は両腕を広げ、叫んだ。
「受け止めたげる! ここに落ちて!」
思えば無茶苦茶な言い分だったが、私は真剣だった。
さぁ、ここに来い!
この悪役令嬢・エレーナが受け止めてやろう――!
「リオン! 大丈夫!?」
と、突然。
私の背後にいたアンリエッタも同じように腕を伸ばし――まるでそこに吸い寄せられるかのように、リオンが降ってきた。
「おァ――!!」
「きゃ――!!」
リオンをがっちりとキャッチしたアンリエッタの足元がふらついた。
そこをすかさずコンラッドとジークハルトが支える。
「あいたたた……! リオン、怪我はない!?」
「……あぁ、多少コゲたけどな」
そこでリオンが、初めてニヤッと笑った。
顔の造作が優れているだけに、その笑顔は意外に可愛いものだった。
リオンが浮かべた笑みに釣られて、思わずアンリエッタも笑った。
えへへへ……としばらく笑い合っていると、急にリオンの顔が赤くなった。
「っ……お、お前! いつまで抱き締めてくれてんだよ! 離れろよ!」
「え? どうして?」
「あぁもう、近い近い! 顔が近ぇよ! 離せっての!」
やたらと慌てて立ち上がったリオンは、それから大袈裟に身体中の埃を払った。
そして、まるでレフトフライを待ち受ける左翼手のような体勢のまま腕を広げている私を見て、呆れたように笑った。
「エレーナお嬢様、もう受け止めてくれなくてもいいぜ」
クソガキ――とは言うまい。
今回ばかりは本当に彼のお影で助かったのだ。
ドサクサに紛れて私を名前で呼んだのも、彼なりに思うところがあったのだろうし、まぁ許してやることにする。
「よし、これで全員だな!? 一人も欠けていないな!?」
クラウス司祭が言うと、生存者たちは半ばへたり込む勢いで安堵の表情を浮かべた。
私たちを入れて総勢二十八名が全員生還という、ゾンビ映画では有り得ない快挙が達成された瞬間だった。
「やれやれ……今回ばかりは本当に死ぬかと思ったぜ」
「僕もだ……もう湯浴みはいいから寝たいや」
コンラッドとジークハルトが大仰にため息をつき、よろよろと地面に座り込んだ。
最初あんなにバチバチと火花を散らしていた二人とは思えない、まるで兄弟のような所作に、私は思わず笑ってしまった。
「エレーナ様!」
笑っている私に、急にアンリエッタが話しかけてきた。
ん? と振り返ると、アンリエッタは私の両手を取り、ぶんぶんと上下に振った。
「よかった! エレーナ様も私も、皆も大丈夫でした! これはエレーナ様のおかげです! みんな無事で……本当によかった!!」
思わず涙ぐみながら喜びを爆発させているアンリエッタに、「私なんか何もしてないわ」と私は苦笑した。
「私はただただ必死になって斧を振り回していただけ――この結果はみんなが一緒に頑張った結果ですわ」
「いや、それは違うよ、エレーナ君」
いい声でクラウス司祭が言い、え? と私はクラウス司祭の翡翠色の瞳を見つめた。
「今回の作戦は、間違いなく君の機転と観察眼、勇気の結果だよ。……僕が破壊魔法術の教師をしていたなら、君に百点満点をあげるところなんだけどね」
「そうそう、今回の脱出は全部エレーナのおかげだ! さすが僕の婚約者だ、惚れ直したよ!!」
ジークハルトが言った。
いつもなら怖気が走るところだったが、正直まんざらでもない気分だった。
「へっ、それにしてもエレーナ、本当にお前は何者なんだ? まるでゾンビどもの弱点を知り抜いたみたいに足を狙って、よろけたところに頭に向かって斧を振り回して――随分参考にさせてもらったけどな。あんな動き、どこで習った?」
コンラッドが若干嫉妬したような声で言う。
血糊でぬるつく斧を握り締めながら、私はとっておきの言葉を言った。
「どこで、って――こんなのは常識ですわ」
どこの常識だよ、とコンラッドが笑った。
私も、釣られて笑い出した。
いつしか生存者全員に笑いは伝染し――生存者たちはしばし、げらげらと笑い合った。
と――その時だった。
ふと蹄鉄の音が聞こえ、笑い声が止んだ。
「何だ?」
コンラッドが丘の向こうを見る。
見ると十数人の騎馬隊だ。
五台ほどの馬車を囲むように隊列を組んだそれは、土煙を上げながらこちらへ向かってくる。
そのうちの一人が掲げた旗印に見覚えがあった。
青地の旗に白く染め抜かれた竜の紋章。あれは――。
「王家の紋章だ――」
ジークハルトが言った。
そう、あれは間違いなくラビリシア王家の紋章だった。
騎兵隊はあっという間に私たちを取り囲んだ。
全員フル装備の重騎兵で、顔さえもフルフェイスのヘルムのせいで隠れている。
そのうちの騎兵の一人が進み出て朗々とした声で言った。
「我々は栄えあるラビリシア王国近衛隊である! 貴様らは一体何者だ!? ここで何をしている!?」
あまりにも威圧的な一言に、生存者たちは困惑の視線を錯綜させた。
何をしている、って――逆に何をしていたら納得したのか。
そんな不穏な空気を知ってか知らずか、騎兵はなおも言った。
「我々は現在、リストランテ学院に在籍しておられたこの国の王太子、ジークハルト・フォン・ラビリシアン殿下のお身柄を捜索中である! 貴様らの中に誰ぞ消息を知るものはおらぬか!」
「僕かい? 僕ならここにいるぞ!」
ジークハルトが進み出た。
その途端、おおっ、と近衛隊の面々が驚きの声を上げた。
「ご無事でしたか! して、そのお身なりは――?!」
「なんだい? 僕の格好がそんなにおかしいか? 僕のこの格好はあの化け物たちと勇猛果敢に戦った証だ! 恐れることも笑うことも不敬だと知れ!」
王太子としてのジークハルトの声に、騎兵はしばし絶句した。
「御身は――あの化け物どもと戦っておられたのか! お労しや、兄上――」
「兄上だと?」
コンラッドが眉間に皺を寄せて騎兵を見た。
ジークハルトは苛立ったように顔を歪めた。
「やれやれ――実の兄に向かって相変わらずの他人行儀だな。とにかくそれ取って顔見せなよ。みんな怖がってるじゃないか、ディートリッヒ」
ディートリッヒ!? 私はジークハルトを見た。
騎士はヘルムを脱いで見せた。
「とにかくご無事で、よかった。ほんとうによかった、兄上!」
あぁ――やっぱり、この人は――。
兄にそっくりの垂れ目の美しい顔と、兄とは鏡合わせの位置にある泣き黒子。
深い海の色を思わせる紫紺の髪と、憂愁を湛える黒い瞳。
ディートリッヒ・フォン・ラビリシアン、十八歳(CV:○○)。
彼はジークハルトの実の弟にして――この国の第二王子である青年だった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
第二章、これにて完結的な話になりました。
何卒評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
あと、性懲りもなく連載はじめました。
そちらの方もお願いいたします↓
【超連載版】されど悪役令嬢はタヌキに愚痴る
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