彼らを止めるな!②
私たちは一斉に駆け出した。
まずは教会前の広場を抜け、街の大通りへ向かう。
今まで時計塔の方を見ていたゾンビたちが、一斉に振り返った。だが、思った以上に数は少ない。
まず、コンラッドが一人目のゾンビを殴り倒し、その脳天に短剣を突き刺した。
クラウス司祭が両手を振ると、虚空から現れた氷の礫が一気に二人分のゾンビの顔面を吹き飛ばす。
ジークハルトは華麗な剣技で鬼のように立ち回り、次々とゾンビの首を刎ねてゆく。
私とアンリエッタは――というと、うおおおおおお!! という野太い雄叫びを上げながら走った。
それはもう、勇ましく走ったのである。
大通りへ出た。私たちの気配に気づいたゾンビたちがわらわらと殺到し出し、行く手を塞ぐかのように集まり出した。
「いちいち立ち止まって相手するな! 走れ!!」
そう言った声がクラウス司祭だったのかコンラッドだったのか。
私たちは襲い来るゾンビたちと、正面から激突した。
「アレモコレモ水ヲヤッテ! アレモコレモ水ヲヤッテ!! アレモコレモ水ヲ……!!」
不意に――意味不明な言葉とともにゾンビが走ってきた。
どうも“生前”は花屋さんだったらしい。
彼女の血まみれのエプロンに鈴蘭の花が刺さっている。
「この――!」
私は出会い頭に向かってきたゾンビの頭に斧を振り下ろした。
カシャッ、という音と共に額に斧の刃がめり込んだ。
ヒールで力任せにゾンビを蹴倒し、私は返す刀で、今度は肉屋さんだったらしい太い男のゾンビの膝頭に、思い切り斧を振り下ろした。
「バラ肉三〇〇グラム2ゴールド……バラ肉三〇〇グラム2ゴールド……」
膝を割られ、体勢を崩したゾンビの頭に、再び刃を振り下ろした。グシャ! という、スイカ割りのような音が発し、肉屋のゾンビが沈黙した。
「ゾンビを殺さんと欲すればまず足を射よ――」
そう、ゾンビ映画の常識だ。
そして、ドヤ顔で油断する人間が背後から襲われるのも――また常識だった。
「うわっ?!」
突然、背後から覆いかぶさってくるものがあった。ゾンビだ! そのまま暴れる私の首元に齧りつこうとする。
「出席……出席ヲトリマス! 出席! グルルルル……出席ヲトリマス!」
私は必死に肘を突っ張って引き剥がそうとするが上手く行かない。
クソ、ヤバい噛みつかれる――!
「エレーナ様を離してッ!!」
悲鳴のような声と共に、バガン! という鉄板の音が耳の後ろで発した。
その途端、覆いかぶさっていたゾンビから力が抜けるのがわかった。
「エレーナ様、ご無事ですか!?」
「え、えぇ……! ありがとうアンリエッタ!」
慌てて死体を引き剥がすと、アンリエッタのスコップの一撃は、ゾンビの後頭部を平たく叩き潰していた。
よく見ると、リストランテ学院の教授の服装だ。それで――『出席を取ります』か。
優等生のアンリエッタが教師を撲殺した! 私はアンリエッタを見た。
肩で息をするアンリエッタの白い頬には鮮血が飛び散っている。
無垢であどけない顔立ちも相俟って、それはなんだか、そういう趣味の人形に見えた。
「悪い子!」
「え、えぇ――!? どういう意味ですか!?」
ぎょっとしたアンリエッタに構わず、私は走り出した。
すでに大通りは半分以上来ているというのに、生存者はみんな有り合わせの武器を振り回し、奇声を発しながら殺到するゾンビをどうにかこうにか蹴散らしている。
大通りを突っ切り、時計塔が望める場所まで来た。
ふと、コンラッドとジークハルトが見えた。
ふたりとも肩で息をしながらも、鬼神のような身のこなしでゾンビを蹴散らしている。
「コンラッド、殿下! みんな無事ですか!?」
「ああ……早く王都に帰って……湯浴みしたいよ!!」
「へ、血で血を洗う戦い……悪くないな! 帰ったら父上に自慢して……」
と――突如むくりと起き上がったゾンビがコンラッドの足に縋り付いた。
ぎょっと下を向いたコンラッドの目の前で、ゾンビが大口を開けた。まずい!
その瞬間だった。シュパッ! という音とともに、ゾンビの口に巨大な氷柱が突き刺さった。
うぎゃあ! とらしからぬ悲鳴を上げて飛び退ったコンラッドに、微笑を浮かべたクラウス司祭が途轍もなくいい声で言った。
「油断大敵! そこのコンラッド君は破壊魔法学から10点の減点だ!」
「うぇ――!? そ、そんな……!」
青春だ。
アドレナリンとかエンドルフィンとか、とにかくそういう系の物質に脳髄を冒されながら、私は確かに感じていた。
ゾンビと血に塗れた青春。
あぁ――これなのかもしれない。
私のやりたかったもの、私のやりたかった真の乙女ゲーとは……。
「えっ、エレーナ様、危ないッ!!」
悲鳴が聞こえてはっとした瞬間、私の視界の右端から何かが立ち上がった。
気がついた時にはもう遅かった。
『それ』は大口を開けて私の腕に噛み付いていた。
「エレーナ様――!」
アンリエッタが悲鳴を上げ、はっと皆が私を見た。
私はすかさず斧を振り上げ、噛み付いてきたゾンビの頭を叩いた。
ゾンビは地面に崩れ落ちたものの、踏み込みが浅かった。
致命傷にはなっていないらしく、仰向けに倒れて地面を掻いている。
「エレーナ様、腕を……!!」
慌てるアンリエッタに、私はサッとドレスの腕を捲ってみせた。
「……大丈夫。対策はバッチリよ」
そこには、手首から二の腕まで、さっき宝石商から買い取ったブレスレッドやバングルが隙間なく巻かれ――それはもう、絢爛豪華に光り輝いていた。
必殺・貴金属の鎧。
エレーナの腕が細くて本当に助かった。
「悪役令嬢はあらゆることに用意周到なんですのよ――!」
その一言に、アンリエッタが安堵のような、わけがわからないというような、複雑な表情を浮かべたときだった。
ううう、と獣のような唸り声を上げて、私の腕を噛んだゾンビが私の足首を掴んだ。
「ミッ、身ノ程ヲ、シ知リナサイ……! 平民ガ調子ニ……身ノ程ヲ……シッ、シシ……!」
「ミセス・メランコリア……!?」
アンリエッタが声を上げた。本当だ、斧の刃に割られてだいぶ顔面が歪んでいるが、この陰険そうな顔はまさしくミセス・メランコリアだった。
ここまで歩いてきたのか。
どうにも――自分の意にそぐわない人間は地獄の底まで追いかけるタチらしい。
私は斧を振り上げると、ミセス・メランコリアのゾンビに冷たく言い放った。
「穢らわしい手で触らないでくださる?」
その一言を死刑判決として、私は思い切り斧を振り下ろした。
パーン! という景気のいい音と共に頭蓋骨が二つに断ち割れ、ミセス・メランコリアは今度こそ完全に死んだ。
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