悪役令嬢 to the Liberty④
エレーナの作中での二つ名は《鴉の女王》である。
その凍てついたような美貌は、ただ整っているというだけではない。
本人の中の溶けない氷を連想させる、どこか冷え冷えとした美貌だった。
だから――その時の私の顔は。
本気で人間に対してブチ切れたその顔は。
とんでもなく恐ろしかったに違いない。
「アンリエッタがやったことが無駄!? もっぺん言ってみなさいよ! バルコニーから突き落としてお望み通りにゾンビの餌にしてやるから!!」
自分でも異様に聞こえる、それは獣の声だった。
驚愕を通り越して半ば放心したリオンの喉首に肘をねじ込みながら、私はリオンの顔に喰い付くように顔を寄せ、他の誰にも聞かれないよう、呪うように囁いた。
「いいこと教えてあげるわ。あの子の白魔法、見たでしょ? あの魔法は使い手の命を削る魔法なのよ――」
リオンの顔が凍りついた。
そう、それはこのゲームのプレイヤーであった私しか知らない情報だった。
「本人以外はそのことを知らない。あの子が言うわけがない。あの子の白魔法はまだ未完成なの。今のあの子は術者の命を治癒力に変換して他人に施してる。そんなことは誰にも言わずに、結局は助けられないとわかってても、あの子は黙って命を削って他人を救ってんのよ」
私はリオンから顔を離した。
「あの子はいつも血を流してる……自分が一番血まみれになりながら、身をすり減らして人を救ってんだ! それでも死んでく人間の手を握って、助けてあげられなくてごめんなさいってね、あの子はいちいち詫びるんだよ――!」
両手でリオンの胸ぐらを掴んで揺さぶりながら、私は真正面から罵声を浴びせた。
「さぁ、もっぺん言ってみなさいよ! アンタみたいなクズが何もかも諦めてるときに、一体どれだけの人間が頑張ってたか! そんな事も知らないで勝手に腐ってるアンタに、馬鹿にされる筋合いのある人間なんてここにはいないんだよッ!!」
「もういい、エレーナ。彼を離してやってくれ」
不意に――私の肩にそっと手が置かれた。
思わず振り返ると、そこにいたのはジークハルトだった。
「殿下……」
さっきまで出していた怒声のせいで、思わず声がかすれた。
ジークハルトは怖いぐらい真剣な表情で私を見ていた。
私が両手を離すと、リオンが床に墜落した。
そのままぐったりと崩れ落ちたリオンは、呻き声ひとつ上げなかった。
「殿下、私――」
「いいんだ。君が言ったことは正しい。僕たちだって同じ気持ちさ」
そう言った後、ジークハルトはパッと明るい表情を作って言った。
「ただ、今の口調はちょっとビックリしたかな。あの口調で怒鳴られたら尻に敷かれそうで怖いかも」
いつもの軽口とは違う、私を励ますための言葉だとわかった。
なんだかその心遣いが心に染みて、私は何度か頷いた。
「さぁ、作戦開始まで時間がない。準備を進めよう」
実に自然な所作で、ジークハルトは私の肩を抱いた。
私が目だけで背後を見ると、リオンは頭を抱えて俯いていた。
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