悪役令嬢 to the Liberty③
「よし、これで大丈夫――」
私はふう、とため息をつき、宝石商から買い取った鞄の口を締めた。
中身は結構余ったが、残ったイヤリングや指輪、ネックレスの類は今の私には必要のないものだった。
「何か武器は……」
武器を探していた私の目が、あるところで止まった。
教会らしく荘厳な祭壇。重厚かつ華やかなレリーフに彩られながらその祭壇に立つのは、一人の女性の姿である。
戦の女神・アエラ。
《琥珀のエルミタージュ》の公式Twitterアカウントが言うには、この《琥珀のエルミタージュ》の世界では最も崇拝されている女神であるという。
まだ天も地も固まっていなかった神話の時代、地上に降臨したアエラはあらゆる武器を人間たちに与え、はびこる魔族からこの大地を奪還させた。
この彫像はそのアエラが降臨した瞬間を現したものだそうだ。
確かに、レリーフの中のアエラは、剣だの盾だのメイスだの弓矢だの、幾千もの武器を人々に与えている。
私が注目したのは、アエラが両手で捧げ持っている手斧だった。
思わず近づいて見てみた。
彫像のように石造りではなく、明らかにその斧だけは鉄と木で別に作られている。
「使えそうね……」
私はフリフリのスカートの裾に気をつけながら彫像に足をかけ、女神を前に畏まる男の彫像の背中を踏み、かしずく女の頭を蹴って、アエラの肩に手を掛けた。
そのまま右手を伸ばし、彫像の手から斧を取った。
「ほほう」
おそらくはそれ自体が、この街の鍛冶屋か誰かが奉納したものだったのだろう。
多少煤けてはいるが、立派に刃もついている。
これを作った鍛冶屋の腕が良かったのか、軽く、片腕で持っても振り回すのに苦労はなかった。
「よし、斧。キミに決めた!」
声を上げた私は、ふと視線を感じて振り返った。
見ると、生存者たちが私を見ていた。
恐れ多くも女神の彫像によじ登り、その手から神の供物をもぎ取る貴族令嬢――。
背教者め! と石を投げられそうな雰囲気だった。
「あの、何か?」
私が威圧的に尋ねると、こっちを見ていた全員が慌てて視線を逸した。
フン、祟りを恐れてゾンビが殺せるかよ、と気合勝ちした私の耳に「褒められたことしてねぇなぁ、お嬢様」という呆れたような声が聞こえ、私はそっちを見た。
「リオン……」
「へ、クラウス司祭が物凄い目であんたを見てたぞ。すぐどっか行ったけどな」
相変わらず、ふてぶてしい声と表情だった。
リオンは祭壇に腰掛け、疲れたような絶望したような、何とも表現し難い表情で項垂れていた。
「あんた、昨日はどこ行ってたのよ。あれきり姿を見なかったけど」
「裏庭で麻布巻きつけて寝たさ。ここじゃうるさくて寝てられねぇよ。俺は悲鳴が聞こえないほうがよく眠れるんでね」
「相変わらず口の減らないクソガキね」
私が吐き捨てるように言うと、リオンが驚いたような顔をした。
「……貴族のお嬢様が利く口じゃ……」
「そのお嬢様言葉やめろって言ったのはアンタ。なら慣れた口調の方を使わせてもらうわ。そっちの方が嬉しいんでしょ?」
言い訳を封殺するように言うと、へ、とリオンは馬鹿にしたように笑って、明後日の方向を見た。
ややあって、リオンは私が持っている斧に視線を落とした。
「そんな斧ごときでゾンビどもが蹴散らせるかよ、バカバカしい――」
相変わらずの皮肉だったが、その手には乗るか。
私は言った。
「あなたこそ丸腰じゃない。これからどうするつもりよ。時間は十分にあったはずでしょ? 今まで何してたの? ただただ腐ってたの?」
私の一言にも、リオンは無言を貫いた。
その堅い横顔を見て、私は嘲るように黄色い声を出した。
「そっか、わかったわ! アンタ実はめちゃくちゃ強いのね!? コンラッドみたいに素手でゾンビたちを殴り倒せるんだ!! まるで英雄ね! すごく頼りになるわよ、頼もしい!!」
「うるせぇよ! んなこと――俺にできるわけねぇだろうがよ!」
リオンは苛立ったように言った。
だが私は、その表情と声にも、もう付き合うつもりはない。
男が男としてのプライドとやらを傷つけられた時に見せるらしい、傍目には不貞腐れているとしか見えない、その醜悪な態度。
その態度には――私はもう懲り懲りだった。
ふん、と、私は鼻を鳴らした。
私はリオンに近寄ると、無言で腕を掴み、リオンを立たせようとした。
リオンがぎょっと私を見た。
「っ――! 何すんだよ!?」
「とっとと立て、クソガキ。あんたはこれから私と一緒に武器を探すの。アンタのひんネジ曲がったわがままに付き合う余裕も暇も、今はないんだよ」
私はリオンの鼻先に顔を近づけ、呪いの言葉を吐くように言った。
「とっとと武器探して、脱出までそこで腐ってろ」
「は……離せよ! なんであんたにそんなこと言われなきゃなんねぇんだよ!」
「馬鹿ガキには言ってもわからないからでしょうが。構ってちゃんのくせにこれじゃ不満なの? いいから武器を――!」
「離せってんだろうが!!」
リオンが私の腕を力任せに振り払った。
あくまでワガママに付き合う気はない私は、無言でリオンを見下ろした。
そんな屈辱に耐えられなかったのか、リオンがとうとう、言わなくてもいい口を開いた。
「周りを見てみろ! ほとんど全員戦いについては素人なんだぞ! こんな奴らじゃ全員無傷で脱出なんかできっこねぇだろ!」
ざ、と、その場にいた生存者たちが一斉にリオンを見た。
ほうほうそれで? 私も無言で続きを促した。
多数の目に睨まれたリオンは、しどろもどろに口を開いた。
「どいつもこいつも捨てられねぇ希望ごっこしやがって……もうウンザリなんだよ! 何が作戦だよ! どう考えたって失敗するに決まってる! 違うか!?」
違わないかもしれない。だが、作戦の見通しが不確かなのはとっくにみんな了解済みだ。
こいつは一体、何にこんなにイラついているというのだ?
「あんたのせいだぞ、お嬢様……みんなあんたのせいで死ぬ。あんたが俺たちをここに連れてきたんだからな!」
リオンはヒステリックに怒鳴った。
「なのに……なのにアイツらはいつだって何も考えちゃいない! 足掻かなければ楽に死ねるんだ! あの貴族のバカ息子どもも、あの平民の娘もだ! 怪我人の治療なんてどうせ無駄なこと、俺たちは全部知って……!」
ブチッ、と、頭の中で音がした。
私の腕が意思とは無関係に動き、恐ろしい力でリオンの胸ぐらを掴んで捻じり上げた。
「な――」
リオンの身体が宙に浮いた。
私はリオンの胸ぐらを掴んだまま、ヒールを鳴らしてツカツカと歩くと、教会の反対側の壁に――思い切りリオンを叩きつけた。
「アンタみたいなクズが――!」
私は腹の底から怒声を張り上げた。
「アンタみたいなクズが、アンリエッタを馬鹿にすんじゃないわよ!!」
ここまでお読みいただきありがとうございました。
現在、このスプラッタ小説は、ポイント・評価共に非常に苦戦しております。
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