悪役令嬢 to the Liberty①
「作戦は以上です。何か質問はありますか?」
クラウス司祭が言うと、集められた生存者たちは不安そうに顔を見合わせた。
昨日、私たちが徹夜で立案した作戦はこうだ。
決行は今日の正午。
街の時計塔が鐘を鳴らし終わり、ゾンビたちの注意が時計塔に逸れた隙を狙って教会を脱出。
追いすがってくるゾンビたちを蹴散らしながら町の外に脱出する――。
だが無論、鐘が鳴るのは正午からの1分間であり、その間にどれほどゾンビたちの注意が逸れてくれるかはわからない。
その上、戦闘の素人である生存者たちがあのゾンビたちの群れに太刀打ちできるものだろうか……。
「ここにお集まりの紳士淑女の皆様、いや……兄弟たちよ」
クラウス司祭が発した朗々とした声に、生存者だけではなく、私たちも顔を上げた。
司祭は私たちひとりひとりの顔を見て、決然と言った。
「不安な気持ちは私や、この作戦の立案に携わってくれた彼らも同じです。我々は今日これから、人生で最も困難な試練に立ち向かうことになるでしょう。――だが、我々は戦わずして、目の前の困難に立ち向かわずして、この身が滅ぶことをよしとするでしょうか」
司祭は私たちに問いかけた。
「答えは否なはずだ。我々には、生きてまた再会を喜びたい者たちがいる。生きてその手を取り合いたい者、笑って酒を酌み交わしたい者たちがいるはずです。彼らに再会するために神に祈っても、今は仕方がない。今我々に必要なのは勇気ある行動なのです」
クラウス司祭の声には不思議な力があった。
まるでその声そのものが自らを励ます神の声であるかのように、私たちは司祭の声を聞いていた。
「我々の健闘は必ずやここにいる女神も照覧あることでしょう。我々は戦わずして滅びはしない。今日の次にも明日が来ることを信じましょう」
司祭は最後に、静かに付け足した。
「――皆様に神の御加護を」
とっておきの言葉で演説が締めくくられた時には、生存者たちの顔には生気が戻っていた。
「正午までまだ時間がある。準備を始めてくれ」との司祭の声に促され、全員が決意とともに立ち上がり、武器を探すために各所へ散らばっていった。
さすがはCV:(○言○)(○言○)、いい声だ……。
私はまるで神の啓示に打たれたように激しく感動していた。
さすがは乙女ゲ声優のプリンスとして知られる(○言○)(○言○)が声優を担当したユージーン・クラウス。
このいい声であんな情熱的なことを言われて、この世に奮い立たないものがいるだろうか。
クラウス司祭に『死ね』と言われたら、この場にいる全員がハイわかりましたと死ぬことだろう。
少なくとも私は……いや、流石に死ぬのはないか。
いやでも、ちょっと考えてはみるかもしれない。
耳元に顔を寄せて『死んでくれ、頼む』なんて言われたら。
その時は流石に死ぬかもしれない――。
「エレーナ様」
私の妄想は、アンリエッタの鈴を転がす声に打ち切られた。
見ると、アンリエッタが沈んだ顔で私の背後に立っていた。
「アンリエッタ、どうしたの?」
「本当に――大丈夫でしょうか」
一瞬、何について問われてるのかわからなかった私は、アンリエッタの手が土で汚れているのを見て、やっと得心した。
あぁ……そういうことか。
今朝、クラウス司祭の口から、昨日アンリエッタが白魔法で治療していた怪我人の死亡が――もちろん真実は伏せられて――伝えられた。
癒し手になるために最低限の医療の知識があるアンリエッタならば、それが普通の死ではないことはわかっていただろう。
だがアンリエッタはそんなことはおくびにも出さずに、その代わり、思いがけないことを言った。
死者を埋葬させてほしい――それがアンリエッタの言葉だった。
そして早朝から始まった簡単な葬儀によって、三人の死者は曲がりなりにも丁重に、ゾンビが入ってくる心配のない、壁で囲まれた教会の裏庭に葬られた。
生存者の男たちに混じって、アンリエッタはずっと死者を葬るための穴を堀り続けていたのだ。
それが彼らにしてやれる最後の事なのだというように、大の男たちに混じって、服を泥に塗れさせ、汗にまみれて。
優しいアンリエッタには、堪えていないはずがなかった。
今の言葉は、明らかに次の死者が出ることを恐れる声だった。
しばらく考えて、私は言った。
「アンリエッタ、辛いでしょう。私もよ。けれど――大丈夫よ、きっと」
アンリエッタが私を見た。
ほんとに? と訊いている潤んだ目を見ながら、私は言った。
「未来のことは誰にもわからない。私にだって、貴方にだって。だから信じるのよ。きっと大丈夫、って」
そう、仕方ないのだ。未来のことは誰にもわからない。
それが私がエレーナに転生して、一番身にしみてわかったことだった。
「でもね、もしアンリエッタが自分の大丈夫を信じなくても、私が貴方の大丈夫を信じるわ。きっと生きてここを出る。アンリエッタが絶対大丈夫だってことを、私が信じるから」
何を言ってるのか自分でもわからなかった。
でも、言いたいことの熱意は伝える気持ちで、私はアンリエッタの髪を撫でた。
「だからアンリエッタは皆が大丈夫だって信じてあげて。コンラッドや殿下、リオンやクラウス司祭、みんなの大丈夫を、貴方が信じるの――できる?」
アンリエッタが力強く頷いた。
そして両目を両手で強くこすり、輝くような笑みを浮かべた。
「私、信じます……みんな大丈夫だって! コンラッド様や殿下、リオンやクラウス司祭も。でも一番、私は……私はエレーナ様の大丈夫を信じます!!」
よし、もう大丈夫だ。
私が微笑みかけると、アンリエッタは「私もなにか武器を探してきます!」と駆けていった。
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