ミッドナイトゾンビ ~悪役令嬢遊戯~②
「ハァ……ハァ……! かたじけない、お心遣いに感謝する……!」
ラビリシア王国の鎧を着た兵士は、荒い息をつきながら膝をついた。
銀色の甲冑は、そこここに飛び散った鮮血で汚れていた。
「礼はいい。君、奴らにどこか噛まれたか?」
「当たり前だ……! 覚えていないくらい、あちこちと奴らに噛みつかれた!」
「その割には出血はないようだ。噛まれたのは鎖帷子の上からか?」
「あ、あぁ、そうだ、おかげで死なずに済んだ。だが、噛まれなかっただけだ。他の兵士は奴らに寄ってたかって鎧ごと八つ裂きにされた……信じられない怪力だった」
鍛え上げられた歩兵でも、囲まれれば無力か。
暗澹たる思いで兵士を見ていると、ジークハルトがしゃがみこんで兵士の顔を覗き込んだ。
「君は近衛兵だと言ったね? 何故重装備の近衛兵がここにいる?」
兵士はジークハルトの顔を見て血相を変えた。
「お、御身は――!」と慌てて居住まいを正そうとした兵士を右手で制して、ジークハルトは王太子の声と表情で訊ねた。
「落ち着け、他の生存者が動揺するから平易な言葉遣いでいい。――君は僕を救助しに来た人間か?」
「そ、その通りです。自分はリストランテ学院にいる御身……いや、貴方様と、貴族の子息たちの救助を命じられた近衛兵団の人間です」
「救助? 王都にも奴らが出たという連絡が行ったのか?」
「はい。学園に突如化け物が現れ、人を喰い殺していると、本日の昼過ぎに早馬が。聞いたときはわけがわかりませんでしたが、とにかく救助に向かうようにと」
ミセス・メランコリアが王都に走らせた使いが役に立ったのだろう。
ジークハルトは苦い顔をした。
「君の王国への忠義と献身には痛み入る。だが、リストランテ学院は既に奴らによって壊滅した。生き残りは――この場には僕たちだけだ」
ある程度予測していた言葉だったのだろうが――。
兵士は無念そうに顔を俯けた。
「恥ずかしながら――我が救助隊も壊滅しました。この村に入る前から一人減り、二人やられ――気がついたときには隊は散り散りになっていました。奴らを蹴散らし蹴散らしどこをどう走ったものか――そこで不意に、この教会の灯りが目に入ったのです」
「そうか――ご苦労だった、今夜はしっかりと休んでくれ。クラウス司祭、彼をお願いできるかい?」
「あぁ、もちろんだ。みんな、彼を頼む」
そう言ってクラウス司祭は、ちらほら起き出してきていた村人たちに兵士を任せた。
兵士は足を引きずりながら奥へと案内されていった。
「さて、どうする司祭。救助隊は壊滅した。おそらくもうここに救助は来ないぞ」
コンラッドの言葉に、司祭は眉間に皺を寄せた。
救助隊の壊滅――それは唯一の希望が絶たれたことを意味していた。
いくら不意打ちだったとはいえ、重装備の近衛兵までもが壊滅したのだ。
感染が王都の一部にも広がっているとすれば、ただでさえ救助隊に人員を割いた近衛兵、そしてその城塞を守る守備兵には、救助隊を再編する余裕など当分ないだろう。
場に重い沈黙が流れた。
それでも、知恵者である司祭なら何か――。
私はクラウス司祭の横顔を盗み見た。
ああ、ダメそうだ。司祭の眉間の皺が深い。
状況が状況だけに、さすがの彼にも妙案は浮かばないようだ。
そんな場合ではもちろんないのだけど――。
私はクラウス司祭の顔を穴が空くほど見つめた。
今までバタバタしていてよく見ていなかったが、さすが乙女ゲーのメイン攻略キャラクターと言える、いい男だった。
こんなことにならなければ、と私は思った。
こんなことにならなければ、今頃彼は学院でアンリエッタと知り合っている頃だろう。
ゲーム中での彼らは、白魔法の才能を話題に接近し、以後お互いに親交を深めていくのだ。
十六の娘と二十五歳の教授がお忍び校外デート……。
現代日本ならスキャンダルになるだろうイベントには違いないが、クラウス司祭の大人なエスコートは、コンラッドやジークハルトのそれとは全く違った大人の趣があって、実に素敵なものだった。
だがその楽しい時間も午前中だけ。
正午の十二時には、クラウス司祭は仕事をしに教会へ帰らねばならない。
そこで二人の魔法の時間は終わり。
二人は名残惜しそうに、また次のデートの約束をして別れてゆく。
明らかにシンデレラをコスったお耽美なイベントだったが、デートイベントの終わりを告げる鐘の音はこれ以上なく印象的だったっけ――。
鐘――鐘か。
街中に響き渡る鐘の音。
私は顔を上げた。
そうだ。私たちにも武器がある。街中に響き渡る鐘の音が――!
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