新感染者
「ユージーン……ユージーン・クラウス司祭ですね?」
「あ、あぁ……君は?」
「私はリヴレ公爵が令嬢、エレーナ・シャルロッテ・フォン・リヴレです。リストランテ学院から避難して参りました、私たちの他にあと三人おります。ここへ避難させてください!」
その言葉に、クラウス司祭は広場を見た。
そこでゾンビたちと戦っている三人に向かって、司祭は大声を張り上げた。
「君たち! 教会を開放する! こっちへ走れ!」
よく通るバリトーンボイスに、三人が一斉に顔を上げ、一目散に駆け出した。
その声に反応したのか、わらわらと広場に集結し出していたゾンビたちがわらわらとその後を追いかけ始める。
「君も中に入るんだ!」
そう言って、クラウス司祭が私の手を引いて中に引き込もうとする。
私はその手を振り払い、三人に向かって力の限り叫んだ。
「早く! 走って!」
「おっ、おい――!」
「お願いよ! 早く! 誰も死なないで――!!」
絶叫と共に、私は数人がかりで教会の中に引きずり込まれた。
まず最初にアンリエッタが滑り込み、次にコンラッドが走り込んだ。
最後に駆け込んできたジークハルトの「僕が最後だ!」の声とともに、教会の重厚な扉が閉められ――。
直後に、閂が降ろされた。
「コンラッド、アンリエッタ、殿下……!」
「……ぺっぺっ、くそ、汚いな……! 人生で一番不快な気持ちだよ」
「皆さん、怪我は、怪我はありませんか……?」
「あぁなんとか無事だ。この格好を無事ってんならな……」
四つん這いのまま這い寄ると、三人とも――凄まじい有様だった。
アンリエッタの清楚なドレスは今や血と泥でボロ布同然になり。
コンラッドは汗だくで髪をほつれさせている。
ジークハルトなどは返り血を浴びて頭から血まみれだった。
だがどうやら――三人とも無事のようだ。
よかった。あまりの安堵に、私は床に突っ伏して大声で泣きわめきたかった。
「君たち、リストランテ学院から来たと言ったね? 僕はここの司祭、ユージーン・クラウスだ」
私たちは顔を上げた。
クラウス司祭の後ろで、避難者らしい二十人くらいの町人たちが、私たちを遠巻きにして眺めているのが見えた。
「は、はい……」
「聞きたいことがある。リストランテ学院は今日は入学式だったはずだね? 学院は――学院は無事なのか?」
司祭の声に、私たちは一斉に俯いた。
クラウス司祭は太いため息を吐いた。
「そうか――すまない。つらいことを訊いてしまったな。それと……ええと、エレーナ君だったかな? それと、そこにいる給仕の君」
「は、はい!」
「……」
「我々のしたことを悪く思わないでくれ。我々も、今は自分の身を守るのが精一杯なんだ。わかってくれるね?」
クラウス司祭は言い聞かせるように言った。
どうせこの声でこの表情で言い聞かせられたら、わかってはいけないことまでわかってしまうのに――。
私は緊急事態にも関わらず、どこかで活動を続けている廃人乙女ゲ脳の一部でそう思った。
ユージーン・クラウス、二十五歳(CV:(○言○)( ○言○))、イメージカラーは緑。
ゲーム内での二つ名は《翡翠の賢者》。
攻略キャラクターの中では一番の歳上であるが、リストランテ学院の教授陣の中でも最年少である若き天才だ。
攻略キャラクターの中では一番歳上であることもあり、その紳士的で物静かな物腰と、腰に来る魅惑の低音ボイスに魅了されたファンは多い。
「ユージーン……クラウス司祭」
私は話題を変える一言を発した。
「私たちがここへ来たのは、クラウス司祭の見識を頼ってのことです。クラウス司祭は、リストランテ学院で破壊魔法学と基礎医学を教えられる予定でしたね?」
「あぁ、そうだが……それがどうかしたか」
「この怪物どもがどこから来たのか、原因はなんであるのか、碩学である司祭ならばなにかわかるのではないかと考えております。私たちはあなたを王都にお連れし、奴らへの対策に加わっていただくために参りました」
そう言うと、司祭は眉間に皺を寄せ、叱るような声を出した。
「私一人のためにこんな危険を冒してまで……何故真っ直ぐに王都に向かわなかった? 君たち全員死ぬところだったんだぞ!」
「そんなこと、ってのはいくらなんでも失礼だよ、クラウス司祭。エレーナは国民を救うために貴方が必要だって言ったんだ。そうでなきゃ、僕だってこんなに血まみれにならないよ」
口をとがらせたのはジークハルトである。
その一言に、クラウス司祭は「そうだな……すまない」と顔を俯けた。
だがそれも一瞬のことだった。
クラウス司祭は固い決意を潜ませた顔を上げた。
「だが、私はしばらくここを動くつもりはない」
「司祭……!」
「正確にはここを動けない。理由はあれだ」
そう言って、司祭は祭壇の横を顎でしゃくった。
そこには、苦しそうに呻き声を上げる男性が肩から血を流し、呻き声を上げながら別室に連れて行かれるところだった。
とても――嫌な予感がした。
クラウス司祭は硬い声で言った。
「この教会には怪我人が多数いる。ここにいる中で医学的知識があるのは私だけだ。救援が来るまではな彼らの面倒を見るつもりだ」
「おい、そいつは――!」
思わず声を上げかけたコンラッドを、私は視線だけで制した。
コンラッドは、はっ、と口を噤んだ。
「希望的観測だが、もうこの惨事は王宮にも報告されているはずだ。いずれ救援は来る。それに、まだここにやってくる要救助者がいるかも知れない。いずれにせよ、そのときまで私はここを動くつもりはない」
彼らしい、理路整然とした言葉に、私たちは不穏な視線を交錯させた。
あそこで処置を受けている数名の怪我人は、間違いなくゾンビたちに噛まれた者たちだろう。
となれば、彼らはいつか死に、そして必ず動き出す。
だが、どうやってそれをクラウス司祭に伝える?
今の所、ゾンビが死んでから動き出すというのは経験則に過ぎない。
それに、彼らは今はまだ生きているし、まだ人間だ。
「――とにかく、君たちも疲れただろう。最低限だが食糧はある。今日はゆっくり休んでくれ。みんな、彼らに食糧と毛布を」
話は終わりだ、というように、クラウス司祭は立ち上がった。
その横顔がひどく疲れたように見えたのは気のせいだっただろうか。
避難者たちは私たちを敵意と恐怖の入り混じった目で見たが、やがて三々五々と散っていった。
「あっ、あのっ、クラウス司祭!」
そう言って司祭を呼び止めたのはアンリエッタだった。
「私、まだ見習いですけれど、白の治癒魔法が使えます。彼ら怪我人の治療のお手伝いをさせていただけませんか?」
「何? 白の治癒魔法……!?」
司祭は驚いた表情を浮かべたが、アンリエッタの一途な瞳に、嘘はない、と理解したらしい。
「あぁ、それならば是非お願いしたい。こっちだ」
歩き出したクラウス司祭の背中に、アンリエッタは駆け寄っていった。
「おい、いいのかよ……?」
私たちだけに聞こえる声で呟いたコンラッドに、「いいだろ、ほっとけよ」と投げやりな声で応じたのはリオンだった。
リオンは誰とも視線を合わせないまま、吐き捨てるように言った。
「どうせ今にわかる。――したいようにやらせときゃいいさ」
理由のわからない、深い苛立ちがこもった声だった。
でも事実、私たちはその言葉に反駁するだけの証拠を持っているわけではなかった。
私たちはただ、無言で教会の床に座り込み続けた。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
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