契約
「それは、一体どういう……」
シャーリーの言葉の意味を図りかねた俺は戸惑いながらそう言う。
「確かに君がいた元の魔法のない世界というのは魅力的だ。是非とも話を聞きたい。だが、それよりも重要なのは君がなぜ、どのようにこの世界へ来たのかという事さ」
シャーリーは椅子からガバリと立ち上がり、窓の外を見やる。
「確かに僕はおとぎの話で別世界からの死者の話を聞いたと君に言った。だけど、それはしょせんおとぎの話。この魔法世界においても転生なんてものは奇跡のような話なんだ。
そして君の話を聞く限り、どうやらそちらの世界でも転生なんて話はフィクションの話のようだ。となれば君がこの世界へと来たのはなんだ? 奇跡なのか? 僕はそうは思わない。だから話を聞きたいんだ」
確かに。俺は彼女の話を聞いてそう思った。
なんでもなかった、普通の医大生だった俺が爆発に巻き込まれて魔法世界へ転生する。ラノベでありがちな展開だからあまり気にしていなかったが、冷静に考えればばかげた話だ。
それにその転生は俺の想像していた転生ではない。ジョン・ワトソンという名探偵の助手の名を冠した男の体に乗り移っているのだから。
更にはその世界にはシャーロック・ホームズがいて、ベイカーストリートが存在する。ついでに自然過ぎて気づかなかったが、この街の名前もロンドンときた。元の世界と、この世界がつながっている、そんな疑念。
俺は考えたことをシャーリーにそのまま伝えた。すると彼女は机の上に置いてあった羽ペンをおもむろに取り出すと、突然そのペンを宙に突き立てた。
俺は彼女の行動に首をかしげるが、驚くことにそのペンは宙に輝く文字を描き出す。つらつらと俺の語った話が宙に映し出され、見る見るうちに俺の目の前の空間は空飛ぶホワイトボードと化した。
「おい、それなんだよ」
少々興奮気味にシャーリーに尋ねる。
「エーテルを利用して空気中に文字を書き出せる魔道具さ。どこにでも書けるし、簡単に消せる。メモを書きだして考えにまとめるのに最適だ」
彼女はそう言うとペンを持ちながら、宙に浮く文字をまじまじと見つめる。
「うーん、君の世界では転移技術はないんだよね?」
「ああ、完全にラノベや漫画みたいなフィクションの世界だ。魔法世界の技術と言われた方がまだ納得できる」
「なるほど、技術のかけらすらないか。となれば確かに大賢者の秘術と言われた方がまだ納得できる。既に存在している人間の体に魂を移すというのもいかにも闇魔法らしい」
「そこだよ。この、ジョン・ワトソンは何者なんだ? 彼の精神はどこにある? 俺の体の中に閉じ込められているのか? それとも元の世界の俺の体にあるのか?」
俺の問いかけに対してシャーリーはうなり声をあげた。
「うーん、一番考えやすいのは既に彼が死んでしまっている、だね」
「何?」
「実は、人の精神を骸に移す魂転という魔法は存在するのさ」
「それじゃあ、それで決まりじゃないか!」
大声で叫ぶ俺にシャーリーは冷静にこう返す。
「いや、あくまで可能性が高いだけだよ。ソウルシフトはあくまでこの世界の中で完結する話だ。というかすべての魔法がそうだ。異世界というのがおとぎの世界なんだから。
しかも、ソウルシフトは超高度な闇魔法で禁術だ。つまり、君がソウルシフトでワトソン君の体に移されたのだとしたら、それを実行した人物は大賢者クラスの魔法使いという事になる」
「それが何なんだよ……」
俺はそう問いかけるが、彼女はそれに応えない。「いや、まさか……、そんなわけはない」とブツブツとつぶやくのみだ。
だが、シャーリーはそんな様子から一転、突然机をバンと叩いて俺に顔を近づけてきた。
「とにかくだ! 大事なのは君が不本意にこの世界に来てしまったという事だ! 君だって、元の世界に戻りたいだろう!?」
彼女の言葉に俺は正直、悩んでいた。元の世界に戻ってやることがあるのか? 普通の医大生に戻って、その先どうするというのか。
俯きながら俺はそんなことを考える。だがその時、頭の中である声が響いた。
『親友、だろ?』
蒼士郎。そうだ、あいつとの約束が残ってる。あいつのラノベ、考えるの手伝ってやらねえと。ん? ちょっと待て? 異世界の名探偵……、ってまんまこの状況じゃねえか!? この状況をそのままあいつに伝えれば、すごい作品ができるんじゃないか!?
「どうやら、決まったようだね」
笑いがこぼれたか、俺の考えを読み取ったようにシャーリーはそう言った。
「ああ、元の世界でやり残したことがある!」
「よし、じゃあそこでだ、先ほどの契約、少々変えさせてもらう」
「は? ちょっと待……」
「僕は君に仕事と住まいを与え、更に君の転生の謎を解き明かして必ずや元の世界に返してやろう! その代わり、君は僕の助手として働き、君が持っている元の世界についての知識を教えてくれ!」
いったいどんな条件をつきつけられるのかと少々怖くなったが、彼女が満面の笑みとともに放った言葉は俺の口角も釣り上げた。
「分かった、協力してやるさ」
差し出された彼女の右手を、今度は確固たる意志を持って握り返す。
名探偵、シャーロック・ホームズと共に自身の転生の謎を探る。その過程で起こる様々な難事件、怪事件の数々。
こうして俺はその旅路の一歩目を踏み出すのだった。




