名探偵の素性
異世界の街並みは幻想そのもので、摩天楼すら遠くに見える。昼の街道は奇々怪々の人々が右へ左へ、前へ後ろへと行き交う。
「あいつ、人間、じゃないよな?」
一見普通の人間に見えるが耳はまるでフェネックのように尖り、長い。
「エルフ族さ。寿命が約500年と長寿で、しかも美しい容姿を持つ。人間基準ではあるが……」
エルフ。聞きなじみのある言葉に俺は少し興奮した。いつか、美しいエルフの女性と仲良くなってみたいもんだ。
「ああ、あと人間よりエーテルの貯蔵量が多いから、より強力な魔法を何度も行使できる」
くだらない考えに対するシャーリーの言葉に、俺は先ほども思った疑問を彼女に投げかけた。
「そういえば、そのエーテルって何なんだ? 魔法の素みたいなもん?」
「その通り。エーテルはどんな物質にも含まれる精神的なエネルギー。人間やエルフはそのエーテルを体にため込む構造を持ち、そのため込んだエーテルを様々な魔法エネルギーに変換している、というわけさ」
なるほど、つまりはエーテルが石油で、魔法がそれを変換して生まれた熱エネルギーや運動エネルギーみたいなものか。
「なあ、魔法にはどんなもんがあるんだ? 教えてくれよ!」
興奮気味に言い迫る俺に対して、シャーリーは両手で俺を制止する。
「もちろんいいとも。だが急いではいけない。ゆっくりとコーヒーでも飲みながらお互いのことをよく知るとしよう」
シャーリーはそう言って立ち止まり、俺の方を振り向いた。どうやら目的地にたどり着いたようだ。
周りは日本だと言われてもあまり違和感を覚えないほどの閑静な住宅街。ただ住宅街と言っても立ち並んでいるのは3,4階建てのアパートのようなもので、代わり映えがなく機械的な雰囲気を覚える。
「これは、まさかベイカーストリートなんて言わないよな」
「おや、なんで知ってるんだい?」
まじかよ。シャーロック・ホームズがベイカーストリートに住んでいる。しかも魔法のある異世界で。いったいぜんたい何が何やら……。
彼女が立ち止まっているのは221という立札の立てられた建物の前だ。入り口へと続く階段を上りドアを開けると「さあ、ボクの事務所はここの3階、B室だ」とまた俺の方へ振り向いてそう言う。そしてシャーリーは人差し指をクイと動かし俺を招き、また建物の中の階段を上り始めた。
建物の内装も特に不思議なところはなく、全くと言っていいほど異世界の様相は感じられない。木でできた階段はところどころ傷がつき光沢が剥がれ、壁紙は白く階段の途中にある窓からは陽気な光が差し込んでいる。どこにでもあるようなデザインだ。
「なあ、正直俺の思ってた異世界とはだいぶ違うんだけどさ、この世界ってどんな感じなの?」
シャーリーはBという表札のかかった扉を開けながらうーん、と悩むような声を上げた。
「随分と曖昧な質問をするね。なんだろうな、外壁に覆われた街は魔法や科学を謳歌し、その外の集落は魔獣と隣り合わせ。なのに国は領土争いでそういう格差を解決しようとはしない。街とその外とで文明のレベルに大きな差がある世界、とでも言っておこうか」
「なるほどねぇ。この近世的な雰囲気は街の中だけってことか。ってことは外は結構、異世界然とした感じなのか」
「君たちの異世界観は知らないがね」
部屋に入り、まず俺たちを出迎えたのは部屋の中央に置かれた長いテーブルだった。その机上にはシャーロック・ホームズと異世界の言葉で綴られた名札に羽ペン、その他雑多な置物がある。
奥の壁には暖炉が設置され、その中には丸い水晶、おそらくさっき言っていたマテリアルがポツンと置いてある。窓を挟み横の壁にはズラリと本が敷き詰められた本棚がいくつか並べられていて少女が読書家であることを物語っていた。
左右には2つの扉があり左方の部屋には特に目立った装飾はなく簡素なベッドと木製の勉強机のようなものが置いてあり、反対の部屋はホコリまみれで物置部屋の様相を呈していた。
シャーリーは、とりあえず座りたまえ、と言って中央の部屋の椅子に俺を座らせる。そして彼女は左の部屋に入った。自分は暖炉側の大きな椅子に座った。
「さあ、色々と聞きたいことはあるが、まずは正式に自己紹介しよう。僕はシャーロック・ホームズ。ログレス王国の首都、この魔法都市ロンドンのベイカーストリートに住んでいる探偵だ」
机に肘をつきながらシャーロックは尚も話を続ける。
「歳は20歳。数ヶ月前まで教会の孤児院で生活していた」
「孤児院? お前、親はいないのか?」
と、俺は言ったことを後悔した。流石にデリカシーがなく傷つけてしまったかと思ったが、別にシャーリーは何も気にしないような雰囲気で答えた。
「知らないね。僕の記憶がある時にはすでに教会の神父やシスターと生活していた。おおかた死んだか、僕を捨てて別の街へ逃げたりでもしたのだろう」
「……なんかまるで他人事だな?」
「事実他人事さ。親だろうが自分の記憶にすらいない人間のことを考えたって仕方ないからね」
心配して損をした気分だ。彼女の言葉には強がりだったり、心配させまいとする気持ちを感じない。本当に心からどうでもいいと思っているようだ。
「教会を出る時、モリア神父から探偵業を始めるための資金をもらって今こうやって探偵として生活できている。まあ、まだ探偵らしくない仕事しかできていないが」
俺からしてみればかなり波乱、だがこの世界ではこれぐらい普通なのかもしれないと考え、少し恐怖を覚える。
「さ、僕のことは話した、次は君の番だ。君の世界の科学はどのようなものなんだい!? 魔法なしでどこまでできる? 列車は? 飛空艇は? 空間転移や時空転移は可能なのかい!?」
まるで子供のように目を輝かせるシャーリーに俺は少し気圧される。
「列車とか飛行機とかならあるけど、そんなどこでもドアとかタイムマシンはないなあ」
「どこでもドアというのはよくわからんが、でもすごい! 魔法なしで人を運べる物体を浮かせるなんて! やはり揚力とかを活用するのか? しかしそれだけでは流石に無理だろうし相当なエネルギーが必要に……」
ぶつぶつとつぶやくシャーリーの瞳はキラキラと輝き、まるで子供かのようにはしゃぐその様子はなんだかとても微笑ましい。
「おっと、しまった。つい癖でいろいろと考え込んでしまった」
「別にいいよ。見てて面白いし」
「なんだか馬鹿にされたような気がするが、まあいいだろう。それよりも、だ。僕が最も聞きたいのはそんなことではない」
彼女の言葉に俺は眉をひそめた。
「じゃあ何を聞きたいんだ?」
「君が体験した、世界線移動に関してだ」




