判明
「……というか、実験の助手ってさっきみたいな爆発のお供ってこと?」
「安心したまえ、怪我はするかもしれんが四肢が欠損するようなことにはならないさ」
怪しく光る試験管をじっと見つめながら何事でもないように呟くシャーロックの姿からはその発言が冗談では無いことが窺い知れた。
「不安しかないよ」
「だから言ったろ? 会ってから後悔するなって」
俺の気持ちを察するようにスタンフォードがそう呟く。対して、俺はため息を吐いた。勿論、ホームズの助手を務めることができるのかという不安からである。
俺の気持ちをよそには両手を大きく広げた彼女は、喜ぶようにこう言った。
「まあとりあえず一緒に来てくれワトソン君! 早く君の使える魔法を知りたい!」
興奮する彼女に、俺はスタンフォードの時と同じように言い訳をした。記憶喪失で魔法のことを覚えていない、と。すると彼女は驚き、少し悲しそうな顔を見せてから、気を取り直したように顎に手を当て、こう俺に問いかけた。
「なるほど。じゃあ、記憶喪失の原因は覚えているかな?」
「いや、戦地のこともほとんど覚えてない」
「ほとんど、というと何か覚えていることがあるのかい?」
鋭い目つきがまるで俺を刺さんとばかりに突く。この少女に対して嘘をつくのは容易ではない。その瞳を見て俺はそう思った。慎重に言葉を選ばなくてはいけない。
「ええと、その場所の景色、とか」
「……なるほどねぇ」
彼女は視線を少し落としてそう呟く。この探偵が何を考えているのか俺にはさっぱりわからない。
「ちなみに魔法についてはどれぐらい知っている?」
俺はその言葉に少し違和感を覚えた。記憶喪失と言っているのだから聞くなら知っている、ではなく覚えているになるはずだからだ。
だが、それが何かといえば別に何も思い浮かばない。とりあえず俺は正直に何も覚えていないと答えた。すると彼女は意外だというような顔をして俺を見た。
「……おい、そろそろいいだろう? せっかく久しぶりにワトソンに再会できたんだ、2人でいろいろ……」
スタンフォードがそう言いかけたところ、突然彼の後ろの扉がバン、と音を立てて開く。
「ここにいたか、スタンフォード! ちょっと来てくれ、重要な案件だ」
白衣を着た、男がスタンフォードの方を見ながらそう叫ぶ。その男は言葉の通り表情は緊張の色が濃く、足を鳴らしていてかなり急いでいることが動きからも見てとれた。
「くそ、こんな時に」
小さくそう呟くスタンフォード。それから彼は俺の方を向き、少し笑ってこう言った。
「すまん、ワトソン。俺が言っておいて先に出なきゃならなくなるとは。とりあえず、ホームズの家で住み込みの話は了承してくれるか?」
彼の言葉に俺は少し迷ったが、隣でほほ笑む彼女の姿を見て、意思を固める。
「ああ! 大丈夫だ!」
「オッケー、じゃあまた暇ができたらコイツの家を訪ねるから、その時ゆっくり話そう。それじゃあまた!」
彼はそう言うとドアを開けた男について行った。足音が少しずつ遠のき、ついには静寂に包まれる。
いい奴だったな。だけど、それゆえに心が痛む。彼が知っているワトソンは俺ではない。彼の親友はもういないのだ。
だが、それと俺が異世界へ来てしまったこととは話が別だ。来ちまった以上、この世界で生きていく、もしくは元の世界へ戻らなくちゃいけない。そのために利用できるものは、何でも利用してやる。
そんなことを考えていると、横にいた彼女が俺の顔をじっと見つめる。そして、部屋の中の静けさを打ち破る衝撃の言葉を口にする。
「実に理にかなった嘘だ」
その言葉に俺の心拍は急激に速度が上がった。体中から火が出るのではないかと錯覚するほどの熱が放たれ、対照的に額からは冷たい汗が1滴、2滴としたたる。
恐る恐る、俺は彼女に対し言葉の意味を問うた。
「ど、どういう、ことだ?」
「記憶喪失となれば魔法や、この世界の常識について知らないことを正当化できるし、さらにはスタンフォードとの親交も忘れたとなれば彼との会話がよそよそしいのも説明できる」
「言ってる意味が分からない」
無駄だと分かっていても、俺は何とかこの状況を逃れるための痴れ言をつらつらと述べる。
だが、彼女はそれをあざ笑うかのように、容赦なく、的確に俺の状況を言い当てていった。
「君、嘘をつくときに手で髪をいじる癖があるね? こう、人差し指でくるくると髪を巻くような」
俺は驚きを隠せなかった。俺ですら無意識のうちに気付かずやっていた癖を、この少女は会って十数分で見つけ出したからだ。
「気づいたのは君が傷病兵であると嘘をついたからだ。傷病兵として戦地から帰還するためには戦線で役に立たなくなるほどの重大な怪我や病気をしなければならない。若い兵などなおさらね。
だが見たところ君は大きなけがをしている様子も、エーテル中毒のような病気にかかっている様子もない。一瞬、帰ってから時間が立っているのかとも思ったがどうやら帰ってきたのは今日らしいじゃないか。
君が国の高官の息子とかであれば少しのけがで帰れることもあるだろうがさっき言ったように君はただの貧しい一市民だ。となればもう君が嘘をついているという結論以外ありえないわけさ」
「……」
「そこで嘘をついている確証が欲しかった。そこでさっきから記憶喪失に関する話題の時にその癖を見つけたのさ。そこから記憶喪失というのは嘘ということが分かるわけだ」
口の中が乾き、反論もできず、俺はただ彼女が喋るのを黙って聞いているのみだ。
「ただ奇妙なのは魔法を全く知らないということに嘘はないという点だ。正直生まれてから魔法を知らないなんて奴を見たことは一度もない。ただこういう話を聞いたことはある」
魔法のない別の世界からきた人間。
さっきの質問の違和感がわかった。俺が何者かを紐解くためにわざと知っているかと言ったんだ。
「……さすがシャーロック・ホームズってことか」
顔が引きつり、もはや失笑ともいえるべき笑いがこぼれる。現実とは思えない彼女の言葉に俺はただただ驚愕することしかできなかった。
「やはり別世界の住人なのか。まさか実在するとは……。何かの魔法か、それともそちらの世界の技術か……」
「さあね、元の世界で死んでこっちに来たんだ。そんなのわからない」
「死んで? 転生か……。だがどういうことだ。ジョン・ワトソンは生まれた時から君なのか?」
「いや、気づいたらこの体に」
「となるとジョン・ワトソンの精神はどうなる。君の体の中に入ったか、それともどこかに消え去ったか、はたまた全く別の人間の体に入ったか。ううん、疑問が絶え間なく湧き出てくるねえ」
彼女は顎に手を当てて俺の周りをくるくると回る。
「それでどうするつもりだい? ワトソンとしてこれから生きていくつもりかい?」
彼女の質問に少し悩む。正直、この体に縛られるのは本意ではない。だが、スタンフォードのことを考えるとどうにも気が引ける。
「うーん、まあ、そうするしかないかな」
俺がそう返すと彼女は意味ありげな笑みを浮かべた。
「となるといろいろ問題が出てくるねえ。まず、この世界の知識のない君はどう生きる? 魔法も知らない君ができる仕事なんてないぞ? それにいつまでもスタンフォード君を騙し通せる確証は?」
「何が言いたい?」
「魔法の知識、それに仕事、住む場所、すべてを与えられる人間が目の前にいるということさ」
そういう彼女の顔は子供らしい笑顔ともマッドサイエンティストの不気味な笑みとも取れるような顔をした。
「君はこの世界で生きる上で最良のパートナーを得る。ボクは実験対象、もとい仕事の助手を得る。winwinじゃないか?」
「……実験対象というのは気になるが、お前の言ってることは確かに正しい。お前と一緒にいればこの世界のことや魔法のことについていろいろ知れそうだしな」
俺の返答に彼女は右手を出す。
「改めてよろしく、ワトソン君。気軽にシャーリーとでも呼んでくれ」
「ああ。俺もシャーロック、ホームズなんて言うとむずがゆい。よろしくな、シャーリー」
握手を交わすと彼女は楽し気に歩き出す。
「さあ、早速行こうじゃないか、僕の事務所へ!」




